Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依

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女神選抜試験

第1話 女神候補

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「……様、お嬢様」

 月穂は気持ちよく眠っていたところを誰かに揺り起こされた。

「お嬢様、早くお起きになってくださいませんと、大切な儀式に間に合わなくなってしまいます」

 それはいけない、と月穂は慌てて飛び起きた。
 するとメイドのノーラがびっくりしたように月穂、いやクリスティアナを見た。
 それでようやくクリスティアナは現実に立ち返った。

 今の自分は桂木月穂ではない。
 桂木月穂はあの時トラックにひかれて死んだ。
 クリスティアナ・ド・セレスティア。それが今現在の彼女の名だった。

「おはようございます、お嬢様」
「……おはよう、ノーラ」

 茶髪に灰色の瞳の四十代後半の女性にクリスティアナは挨拶をする。……彼女付きのメイドだ。

「……顔を洗ってくるわ」

 そう言うと、クリスティアナはベッドから降りた。
 そして洗面所へと向かうと蛇口を捻って水を出し、顔を洗う。
 それからクリスティアナは鏡に映った自分の姿をじっくりと観察した。

 長い銀髪に青灰色の瞳。その顔はうぬぼれでもなんでもなく、はっきり美貌と言っていいだろう。
 自分はWヒロインの乙女ゲーム「女神育成~魔術師様とご一緒に~」に似た世界のキャラクター──デフォルトでは主人公のライバルキャラの立ち位置にいるのだ。


「お嬢様……?」

 自分の顔を見つめたまま動かないクリスティアナを心配したのか、ノーラが声をかけてくる。

「……ああ、なんでもないわ。とうとう今日という日が来たのかと感慨に耽っていたの」
「そうでございますわねえ」

 対するノーラも感慨深そうにクリスティアナにタオルを手渡しながら言った。
 クリスティアナは顔を拭くと、ノーラに少し手伝ってもらいながら丈がやや長めのワンピースドレスに着替えた。
 それから鏡台へ向かいスツールに腰を下ろす。
 これからこの長い髪を縦ロールにされるという作業が待っているのだ。
 ノーラは慣れたもので、クリスティアナの波打つ銀髪をこてで次々に巻いていった。
 するとだんだん古典的なライバルキャラができあがっていく。

 これからクリスティアナはゲームの進行通り、女神選抜の顔見せの儀に出るのだ。
 それにしても、とクリスティアナは顔を変えずに月穂の意識で考える。


 転生先がゲームの元ライバルキャラなのは意外だったけれど……。
 でも、この人生はちょっとおもしろいかも。クリスはデフォのヒロインよりも好きだし。いや、ひいきする勢いでかなり好きだし。
 それに、さんざん攻略したあんな男性キャラやこんな男性キャラとウハウハ(死語)できるんだよ!
 ……なんていうのは冗談だけどね。運命の人は一人で充分だし。
 それにとっかえひっかえ男性とつきあうなんて物理的に無理だ。


「それでは朝食に致しましょう」

 ノーラはクリスティアナの髪を完璧に巻きあげると、鏡越しににっこり笑って言った。
 それで、クリスティアナは月穂の意識からはっと我に返る。

「ええ、そうね」

 それにしても、どれほど月穂の意識が鮮明であろうとも、口調や所作はクリスティアナのままだ。
 伊達に十七年間大貴族のお嬢様をしていないということだろう。
 クリスティアナは寮付きの料理人が作った朝食を取り、身支度をした。
 これから女神選抜の顔見せの儀があるのだ。

 あああ、あの魔術師様やこの魔術師様に会える。
 きっとすごい美形揃いなんだろうなあ。

 クリスティアナはわくわくしながら、神殿からの連絡を待った。
 それからしばらくして、神殿からの使者がやってきた。
 クリスティアナはノーラに見送られながら寮を出た。



 使者に連れられて神殿の謁見の間の控えにやってきたクリスティアナは、もう一人の女神候補に出会った。……正規のヒロインだ。栗色の髪に、明るい緑の瞳。全体的に可愛らしい印象だ。

 ──うっ、可愛い。男の人はこういうタイプ好きだろうなあ。

 そんなことを思いながら見ていると、彼女と目があった。
 すると彼女は積極的に声をかけてきた。

「ねえ、あなたがもう一人の候補?」
「ええ、そうよ」

 クリスティアナが頷くと、彼女はわあ、と歓声をあげる。
 そして嬉々として名乗ってきた。

「わたしはマリー・コートネイ。よろしくね」
「ええ、よろしく。わたしはクリスティアナ・ド・セレスティアよ」

 クリスティアナがにっこりと受け応えると、マリーも嬉しそうににこにこする。

「よろしくね、クリスティアナ。……ああ、長いからクリスって呼んでいいかな」
「ええ、もちろん」

 そう呼ばれることには抵抗はないのでクリスは頷いた。

「わたしのことはマリーって呼んでね。仲良くしようね」
「ええ」

 それでも女神の座をめぐるライバル同士なんだけどね、とクリスは思った。
 するとマリーは嬉しそうにクリスの右手を取ると、両手でぎゅっと握った。

「クリスに会えて嬉しい。こんなことになって、本当にどうなるかと思ってたけど、会えて良かった。それにすごい美人だし自慢できそう」
「……そ、そう?」

 無視もおかしくない状況で、会って早々子犬のように懐かれて、クリスは面食らう。

「ああ、でも人に見せるのがもったいない。家でずーっと見ていたい感じ」

 マリーちゃん、それはちょっと危ない感じの人だよとクリスは心の中でつっこんだ。

「まあ、大袈裟ねえ」
「だって、本当に綺麗なんだもん。まるで女神様みたい」

 半ばうっとりとした顔でマリーは言った。
 そこまで言われれば、クリスも悪い気はしない。

「まあ、ありがとう。嬉しいわ」

 思わず高笑いが出そうになったが、すぐ傍に謁見の間があるので、クリスは慌ててそれを呑み込んだ。
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