Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依

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女神選抜試験

第11話 忘却の流星群

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 次の日の朝、高かった熱も引き、クリスは起きだそうとしたのをノーラに止められた。
 育成は一日たりとも休めないとクリスが主張しても、彼女は首を縦に振らなかった。
 結局クリスは今日一日はベッドに縛り付けられることになったのである。
 マリーが見舞いに来て、一日中ついていたいと主張したが、ありがたく辞退した。
 彼女の中身がヤンデレさんなのもあるが、マリーの育成が滞るのを心配したためだ。
 心情的には水をあけられて焦る気持ちはあるが、仕方がなかった。
 クリスはハーヴェイからもらった本を読みながら休養していると、昼過ぎにルーカスが訪問してきた。

「やあ、気分はどうだい」

 対するクリスは、ノーラに肩にショールを掛けてもらいながら、枕を背にして体を起こした。

「はい、だいぶよいのです。明日にはたぶん復帰できると思いますわ」

 クリスが微笑みながら言うと、ルーカスも微笑んだ。

「それは良かった。だが、くれぐれも無理はいけないよ」
「はい、ありがとうございます」

 クリスが頭を下げ終わると、ルーカスは興味深そうにクリスの髪の毛を見てきた。

「こうしてみると君の髪は随分と長いのだね」
「今は、髪を巻いていませんから……」

 普段は縦ロールにして背中の中程まである髪は、今は膝くらいに波打っていた。
 そしてルーカスは雑談を終えると、本題に入ってきた。

「昨日の話だが……」

 これはわたしがハーヴェイ様が好きだと言った話だろうか、それともルーカス様がわたしに告白してきた話だろうか。

 クリスが身を堅くすると、ルーカスは苦笑した。

「いや、そんなに堅くならないでほしいね。例の話をクライドにしたのだがね。話はきちんと聞いてもらえたよ」
「あ……、そうなのですか」

 とりあえずクリスはほっとした。だがしかし、次にルーカスが言った言葉は厳しかった。

「ただ、クライドはマリーの件を周知徹底させることは反対だと言っていた。マリーにも彼女の人生があるからとね」

 そう言われて、初めてクリスはマリーの件を魔術師達に周知徹底させた後、彼女がどんな扱いをされるかということに思い至った。

「……確かにそうですわね。もしかしたらこの試験の間にも彼女の前世の記憶がなくなるかもしれないですものね」

 だが、それは希望的観測でしかない。
 しかし、ルーカスはこんなことを言ってきた。

「……そのことなのだが、魔術師達がある程度揃えば、マリーの前世の記憶は消えるかもしれないとのことだった。……もしかして、君はマリーのことをハーヴェイに話したかい?」
「は、はい。話しましたわ。話の流れでつい……」

 すると、ルーカスが嫉妬の目で見てきて、クリスは小さくなった。

「まあ、いい。これで事情を知る魔術師達は三名になった。本当は五名が好ましいが、やって出来ないことはないそうだ。……ただ、この場合君もその魔術を受けないといけない」
「え……」

 意外な話の展開にクリスは呆然となった。
 それでは今までの記憶だけでなく、ハーヴェイを好きな気持ちまでなくしてしまいかねない。

「確かにわたくしも前世の記憶を持っていますわ。ですが、どうにかならないのですか」

 そう言いながら、クリスは無理だなと半ば諦めていた。どう考えても、マリーだけその魔術を受けるのは不公平だからだ。

「残念だが、クライドは不平等はいけないとの一点張りだ。わたしも今の君を失いたくはないが……」

 すると、ルーカスがクリスを抱きしめてきた。
 ああ、できれば彼がハーヴェイ様だったら良かったのに。
 そう考えながら、クリスはルーカスの抱擁をただ受けていた。

「……嫌がらないのかい?」

 ルーカスに問われて、クリスははっとした。
 彼はルーカスで、ハーヴェイではない。
 クリスはルーカスの胸を押し返した。

「……失礼いたしました。少し取り乱してしまったようですわ」

 クリスが下を向いて言うと、ルーカスが苦笑する気配がした。

「それでは今夜、君とマリーに魔術を送る。特別なことはせずに普段通りにしていればいい。そうすれば君達の前世の記憶はなくなる」
「はい」

 クリスは前を向いて、しっかりとルーカスの美麗な顔を見つめた。
 ただ一点を除いて、月穂の意識を忘れる覚悟が出来たのだ。

「それでは、また神殿で会おう。もしかしたら、記憶に障害が残っているかもしれないからその時はわたしかクライドを訪ねればいい」
「はい。分かりました」

 もしそうなった時のために、後でメモしておこうとクリスは思った。

「ルーカス様、まことにありがとうございました」

 そう言って、クリスは深々と頭を下げる。

「いや、君は気にしなくていいよ。むしろ、クライドを説得できなくて悪かったね」
「そんなことはございませんわ。ルーカス様はわたくしどものために尽力してくださいました。……それから、今夜の魔術のこと、よろしくお願いいたします」

 するとルーカスはたまらないといったような顔をした。けれど、彼は持ち直して言った。

「それではね。養生するんだよ」
「はい、ありがとうございました」

 そして、ルーカスが去った後、ノーラから手紙を渡された。
 それは愛しいハーヴェイからの手紙だった。

『クリスティアナ。
 人づてに聞いたが、高熱を出して寝込んでいるとのことだが、大丈夫か。
 あのことならそなたが気に病むことはないのだから、病状が良くなったら是非顔を出してほしい。
 ハーヴェイ』

 ハーヴェイのその心遣いにクリスは胸を打たれた。

 ──ああ、こんなことされたら、ハーヴェイ様のこと、もっともっと好きになっちゃうよ。

 だがそれも今夜までのことだろう。
 クリスはハーヴェイの手紙にいくつも涙を零してインクを滲ませてしまった。
 ハーヴェイの手紙をクリスは何度も読み返していたが、しばらくして彼に返事を書いた。

『ハーヴェイ様
 お気遣いありがとうございます。
 おかげさまで熱も下がり、明日には神殿に参ることができそうです。
 再び伺った際にはご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。
 クリスティアナ』

 わざとハーヴェイが好きだということには触れなかった。
 今夜で彼への想いを忘れてしまうことが予想されたからだ。
 クリスは再び浮かんでくる涙を拭うと、ノーラにこの手紙を金の魔術師ハーヴェイに届けてくれるように頼んだ。



 それからクリスは熱が上がってきたようで、また眠ることにした。
 この眠っている間にすべてが終わってしまえばいい、とクリスは思った。

 ──この想いを忘れてしまうのは、せつなくて、苦しい。
 だが、これからクリスとマリーが前進するには必要なことなのだ。



 ──その日の夜、夜空にたくさんの星が流れた。
 それは三人の魔術師の術によるものだったが、街の住民達は季節外れの流星群を心の底から楽しんだ。
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