Wヒロインの乙女ゲームの元ライバルキャラに転生したけれど、ヤンデレにタゲられました。

舘野寧依

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女神選抜試験

第23話 記憶の跡

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 クリスはレイフと別れた後、ギルバートの部屋をノックした。
 すると侍従が応対に出て、彼は今留守だが少しすれば戻るとのことだった。

「部屋でお待ちになりますか?」

 クリスは逡巡した後、待たせて貰うことにした。

「そうですわね。それではお言葉に甘えて待たせていただきますわ」

 クリスは侍従に応接セットのソファを勧められたので、そこに座った。
 カーテンの開いた窓から暖かな日差しが差し込んできて、クリスはよく眠れなかったのもあってか、なんだか眠くなってきた。

 ──わたくし、寝ては駄目よ。
 ああ、でもなんて日差しが気持ちいいの……。
 ……。
 ……。
 ……。

 襲ってくる眠気にクリスは抗えずに、だんだん瞼が落ちてくる。
 そしてとうとうクリスは眠気の前に陥落した。



 クリスがはっと目覚めた時には目の前に赤毛の男性が立っていた。
 なぜか既に親密度と愛情度が三分の一くらい上がっている。

「起きたか。男の部屋で無防備に寝るのはやめておいた方がいいぞ」

 ギルバートにそう言われて、クリスはかーっと真っ赤になる。すると彼の愛情度が上がった。

「申し訳ございません。大変失礼いたしました」

 クリスはソファから立ち上がって赤い顔のまま、頭を下げる。

「いや、別に怒ってはいないから安心しろ」

 ギルバートのむしろ楽しそうな様子に、クリスはほっと息をつく。──だが、失態は失態だ。

「今日はご挨拶に参りました」
「そうか。まあ、座ってくれ。……コーヒーでいいか?」
「はい」

 眠気覚ましにコーヒーはちょうどいい。
 クリスは一も二もなく頷いてから再びソファに座った。それを見てから、ギルバートも対面に座った。

「楽園は火の属性の魔物がはびこっているんだったな。俺の出番はあまりなさそうだな」
「魔物討伐を済ませたら、育成をお願いいたしますわ。その時はよろしくお願いいたします」

 再びクリスはギルバートに頭を下げた。

「ああ。……それよりもレイフに聞いたが、今あんたの魔物討伐はなんだかややこしいことになっているようだな」

 思ってもいなかった彼の言葉にクリスは赤くなる。すると彼の愛情度が上がった。
 ──この方も愛情度が上がりやすい方のようだわ。それにしても、会っていきなり随分と数値が上がっていたけれど、どうしたのかしら。
 クリスはギルバートが彼女の寝顔に見とれていたのを気づかなかった。

「……ルーカス様のことをお聞きになられたのですか」
「ああ、あんたが襲われそうになったことも聞いた。珍しくあいつに余裕がないのに驚いたところだ」
「そ、そうなのですか。なんだか気恥ずかしいですわ」

 この調子だと、ハーヴェイにも知られることになるだろう。
 そう考えて、クリスは真っ赤になった。

「そんな顔を見ると、なんだかルーカスの気持ちも少しは分かる気もするな」

 今度は親密度が上がった。

「分からないでください。わたくし、困ってますのよ。結局クライド様のお手を煩わせる形になってしまってますし」
「ああ、無神経なことを言って悪かった。……クリスティアナ、大変だったな」

 すると、クリスも意図もせず、涙が一粒頬を転がっていった。

「ああ、泣かないでくれ。どうしていいか分からなくなる」

 確かにいきなり泣かれてはギルバートも困るだろう。

「申し訳ございません、ギルバート様。わたくし、修行が足りないようですわ」

 クリスはハンカチを取り出して目元に当てる。
 そしてまたギルバートの数値が上がった。

「……ルーカスが目に余るようだったら、俺を頼って来てくれ。俺は討伐に出かけるわけでもないから余裕があるしな」
「はい、ありがとうございます」

 クリスはギルバートの気遣いが嬉しく、微笑んだ。また、グラフの数値が上がった。
 ──あまり長居をしてまた数値が上がりすぎるのもよくないわ。ルーカス様の例もあるし。
 そしてクリスはコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。

「それでは、わたくしはこの辺りでおいとましますわ。ギルバート様のお言葉嬉しかったです」
「ああ、大変だろうが頑張ってくれ。俺も応援している」
「はい、ありがとうございます」

 ギルバートも立ち上がって、クリスをドアの前まで送っていった。

「それでは失礼いたしました」

 クリスがドレスをつまんで挨拶すると、ギルバートが頷いた。

「ああ。また来てくれ」
「はい」

 クリスは笑顔で頷いて、ギルバートの部屋を退室した。
 ──次はハーヴェイ様に会いに行こうかしら。お聞きしたいこともあるし。
 クリスはハーヴェイの部屋のドアをノックして言った。

「ハーヴェイ様、クリスティアナです」

 すると、彼の侍従がすぐさま取り次いでくれた。

「今日はお話に参りました」

 ドレスをつまんでお辞儀し終わった途端に、ハーヴェイに手を取られ、クリスは彼に抱きしめられてしまった。

「そなたが無事でよかった……!」

 おそらく彼にもルーカスの所業が伝わったのだろう。
 こうしてハーヴェイに心配されたことが嬉しく、クリスは涙ぐんだ。

「ハーヴェイ様……」

 ──本当に無事で済んでよかった。レイフ様には感謝しないと。
 クリスはハーヴェイの腕の中で安堵の息をついていた。

「どなたかにお聞きになられたのですか?」

 すると、ハーヴェイはクリスから離れた。

「ああ、レイフに聞いた。そなたがルーカスに狙われているから気をつけた方がいいと言っていた」
「レイフ様が……」

 ──皆様に周知徹底されているのかしら。ありがたいのですけど、なんだか恥ずかしいわ。

「わたしもレイフのように街へ出て行くのだった。そうすればむざむざルーカスにそなたを連れ去られなかったものを」
「ハーヴェイ様……」

 どうやら彼は本気で憤っているようだ。
 それがクリスには嬉しく、頬を染めて微笑んだ。
 クリスはハーヴェイに手を取られて応接セットのソファに座るように促された。そして、ハーヴェイもその対面に座る。

「ルーカスがそなたの魔物討伐の担当だというのが痛いな。クライドがついてるから大丈夫だとは思うが。出来るならわたしがついて行きたいが火属性とは相性が悪いから仕方ない」
「ハーヴェイ様のそのお気持ちだけでわたくし嬉しいですわ」

 クリスが穏やかに微笑むと、ハーヴェイが目元を赤く染めた。

「……ところで、そなたの話とはなんだ」

 照れ隠しか、わざとぶっきらぼうにハーヴェイは尋ねた。
 クリスはそこで当初の目的を思い出した。

「レイフ様に伺ったのですけれど、わたくしとマリーが記憶をなくす前日に、あなた様とクライド様とルーカス様が集まってなにかされていたというのは本当ですかしら」

 するとハーヴェイが少し目を見開いた。

「レイフは目ざといな。……確かにそれは本当だ。だが、転移門の術式を組み替え直しただけだ」
「そう、なのですか?」

 なにか他の理由がありそうな気がしていて、クリスはなんとなく納得できない。

「そうだ」

 だがそう言いきられてしまっては納得せざるをえないだろう。

「……わたくし、この記憶障害でとても重要なことを忘れてしまった気がしておりますの。胸の奥にぽっかり穴が開いてしまったようなそんな感じです」
「……そうか」

 すると、ハーヴェイがクリスの手を握ってきた。

「記憶が抜け落ちて不安なのだな。だが、我々できちんと育成をサポートするから、そなたは安心しろ」
「はい……」

 育成が不安だからこんな気持ちになるのだろうか。
 だが忘れてしまったはずの記憶の跡は、なぜか切ない。

「クリスティアナ……」

 ハーヴェイが驚いたようにクリスを見る。
 クリスはいつの間にか涙を流していた。
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