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後始末
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見れば首が転がっているし、体が土にまみれて埋まっていたりもする。折れた刀に所々に散らばる弓矢、敗残兵が脱ぎ捨てた胴丸、戦が終わった戦場には様々な物が落ちている。その中から金目のものを奪うのが、足軽である鴨助の楽しみ。それこそ、戦で命懸けで首を取ることよりも拾ったものを売って金儲けする方がそれなりにやりやすいのだ。だから彼は鼠のように戦場を漁るのだ。
その日はそこそこ大きな合戦だった。兵はどちらの軍も二万は超えている。こういう戦いこそ拾い時である。鴨助は戦場の物陰に隠れ、時に虚をついて敵を殺し、時に傍観しつつその合戦が終わるのを待つ。合戦は何日も続く時がある。その時は勝ちそうな軍に紛れ込む。狡猾だった、金儲けのためには。しかし、当時としては珍しくはないとも言える。室町期の足軽は統一性が全くなかったからだ。
さて、戦いはまだまだ続く。混戦が連鎖するように広がりつつあった。鴨助はうまいこと死体の中に隠れて自身も死体だという振りをした。腐臭がまとわりつくが、このようなものは慣れっこになっていた。覗き見た戦場は業火があがり、散り散りとなった兵どもが見える。断末魔で大地が震える。何度戦場に立っても、この感覚は怖くて、恐れ難いものだ。だからこうして死なないように隠れている。
日が沈みかけ、静かになるのと同時に鴨助は死体の大地からひょこりと抜け出す。見れば万歳と、勝者の軍が歓喜の鯨波をあげている。戦は終結を迎えていた。そして彼らが陣を退いていくの見届ければ、晴れて掻き入れどきだ。懐に持っておいた風呂敷を出し、彼は死が広がる戦場を駆け回る。そうそういい物は見つからないが、そういうもどかしさも彼は一つの楽しみであった。
そんなときだ、鴨助の駆けた後からうがっという呻き声がしたのは。声に反応してか足はぴたりと止まり、おそるおそる声のした方へと体を向ける。一見、死体しかないように思えるが、目を凝らして見れば身を震わせてる者がいた。
「生きてんのか」
鴨助は近づいて、今なお身を震わす者を覗き込む。覗き込んで、彼は見なければよかったと心底思えた。その者は足はすでに無く腸は飛び出し、それでもなお生きていたのだ。素人目に見てももう助からないと確信できた。むしろその状態で生きていることが幸運、いや不運だった。
「うぇ……っうが……」
言葉にならぬ声をあげて、懇願するかのような眼で鴨助を見た。手を鴨助に伸ばそうと、ズッズッと引き摺らせる。鴨助はもう見ていられなくなった。
その手に持った刀を振り上げる。
「悪いな、あの世で幸せに暮らせや」
そして、一思いに男の首を突き抜いた。血は吹き出て鴨助の顔にかかる。そしてやっと男は死んだ。だがその死顔はどこか安らぎに似たものがあって、それが少し気味悪かったのを感じた。
息絶えたのを確認して鴨助は漁りを再開しようと立ち上がった。だが、改めて見た戦場に、漁りなんかできたものではなかった。先程の男のように、死んでもいいほどの傷を負いながらも生きている者が山ほど見えたから。一度そういうものを見てしまうと、ついつい気になってしまうものだった。そしてそいつらが見ている中漁りをするのも嫌であるし、かといって介錯するのもあまり気乗りがしない。それに、先程の男の姿が一層心に刺さっていた。もうあんなものは見たくはなかった。
「……どうなされましたか」
突然の声に驚き、刃を向ける。しかしそこにいたのは他の足軽ではなく、ただの僧侶だった。編笠の中から覗かせた顔は気品のある微笑をしていた。
「な、なんだ坊主か。驚かすなよ……」
向けた刃を下ろす。しかし、僧侶は刀を向けられたというのにずいぶんと平然としている。それが鴨助には妙に見えたのも、確かだ。
「私も突然声をかけてしまってすみませんな。して、貴方様は足軽のように見えますが、ここから去らないのですか?」
「まあ、ここで漁りをしていたからな」
「ほう。けれど私にはそうは見えませんでしたがな。どちらかといえばここから去りたいという気分では?」
的確に人の心を読んでくる僧侶に、やはり気味が悪いのを覚える。しかしその全てを受け止めるかのような微笑をする彼に先程あったことを話してみようと思った。
「実は、先程人を殺した。もう生きていても助からなそうだったから、殺した」
僧侶は黙って話を聞いていた。どうもこの僧侶に話していると気分が多少紛れる気がしていた。不気味な感じがするのは未だに拭いきれないが。
「けれど、ふと見た戦場は殺した人と同じような奴が沢山いたんだ。そんな中で漁りをするなんて、できない。それに俺はあんなことするのは一人で沢山だし、あんなものは見たくはない」
ぎりっと歯ぎしりをたてる。思い出すだけで気分が悪くなった。死体を見るより、苦しみもがく者を見る方が何倍も辛かったのだ。
そんな鴨助の様子を見て、僧侶はうんうんとうなづく。そして次に途方もないことを言ったのだ。
「では、私が代わりに極楽へ旅立たせてあげましょう」
言うなり僧侶は鴨助に被っていた編み笠を預け、戦場に落ちていた刀を拾い上げる。そして死に損ねた者を見つけては次から次へと殺していった。一人、二人、三人……、数えていくのも面倒になる程僧侶は後始末をしていったのだ。それが半刻ほど続いた。鴨助はただその光景を延々と見ているしかできなかった。
鴨助の前に戻ってきた僧侶の法衣はまったく血に汚れていた。鴨助はその奇行に驚愕するしかなかった。
「あんた、よくやるよな……」
そう言われても僧侶は微笑を絶やさない。鴨助に預かってもらっていた編み笠を受け取り深く被る。そして静かに言うのだ。
「私は人を極楽へと招くのが使命。そのためにはこういうこともするんですよ」
一風変わったその僧侶は、宵闇が迫る頃に去っていった。しかし鴨助は未だそこを動くことはできなかった。
その日はそこそこ大きな合戦だった。兵はどちらの軍も二万は超えている。こういう戦いこそ拾い時である。鴨助は戦場の物陰に隠れ、時に虚をついて敵を殺し、時に傍観しつつその合戦が終わるのを待つ。合戦は何日も続く時がある。その時は勝ちそうな軍に紛れ込む。狡猾だった、金儲けのためには。しかし、当時としては珍しくはないとも言える。室町期の足軽は統一性が全くなかったからだ。
さて、戦いはまだまだ続く。混戦が連鎖するように広がりつつあった。鴨助はうまいこと死体の中に隠れて自身も死体だという振りをした。腐臭がまとわりつくが、このようなものは慣れっこになっていた。覗き見た戦場は業火があがり、散り散りとなった兵どもが見える。断末魔で大地が震える。何度戦場に立っても、この感覚は怖くて、恐れ難いものだ。だからこうして死なないように隠れている。
日が沈みかけ、静かになるのと同時に鴨助は死体の大地からひょこりと抜け出す。見れば万歳と、勝者の軍が歓喜の鯨波をあげている。戦は終結を迎えていた。そして彼らが陣を退いていくの見届ければ、晴れて掻き入れどきだ。懐に持っておいた風呂敷を出し、彼は死が広がる戦場を駆け回る。そうそういい物は見つからないが、そういうもどかしさも彼は一つの楽しみであった。
そんなときだ、鴨助の駆けた後からうがっという呻き声がしたのは。声に反応してか足はぴたりと止まり、おそるおそる声のした方へと体を向ける。一見、死体しかないように思えるが、目を凝らして見れば身を震わせてる者がいた。
「生きてんのか」
鴨助は近づいて、今なお身を震わす者を覗き込む。覗き込んで、彼は見なければよかったと心底思えた。その者は足はすでに無く腸は飛び出し、それでもなお生きていたのだ。素人目に見てももう助からないと確信できた。むしろその状態で生きていることが幸運、いや不運だった。
「うぇ……っうが……」
言葉にならぬ声をあげて、懇願するかのような眼で鴨助を見た。手を鴨助に伸ばそうと、ズッズッと引き摺らせる。鴨助はもう見ていられなくなった。
その手に持った刀を振り上げる。
「悪いな、あの世で幸せに暮らせや」
そして、一思いに男の首を突き抜いた。血は吹き出て鴨助の顔にかかる。そしてやっと男は死んだ。だがその死顔はどこか安らぎに似たものがあって、それが少し気味悪かったのを感じた。
息絶えたのを確認して鴨助は漁りを再開しようと立ち上がった。だが、改めて見た戦場に、漁りなんかできたものではなかった。先程の男のように、死んでもいいほどの傷を負いながらも生きている者が山ほど見えたから。一度そういうものを見てしまうと、ついつい気になってしまうものだった。そしてそいつらが見ている中漁りをするのも嫌であるし、かといって介錯するのもあまり気乗りがしない。それに、先程の男の姿が一層心に刺さっていた。もうあんなものは見たくはなかった。
「……どうなされましたか」
突然の声に驚き、刃を向ける。しかしそこにいたのは他の足軽ではなく、ただの僧侶だった。編笠の中から覗かせた顔は気品のある微笑をしていた。
「な、なんだ坊主か。驚かすなよ……」
向けた刃を下ろす。しかし、僧侶は刀を向けられたというのにずいぶんと平然としている。それが鴨助には妙に見えたのも、確かだ。
「私も突然声をかけてしまってすみませんな。して、貴方様は足軽のように見えますが、ここから去らないのですか?」
「まあ、ここで漁りをしていたからな」
「ほう。けれど私にはそうは見えませんでしたがな。どちらかといえばここから去りたいという気分では?」
的確に人の心を読んでくる僧侶に、やはり気味が悪いのを覚える。しかしその全てを受け止めるかのような微笑をする彼に先程あったことを話してみようと思った。
「実は、先程人を殺した。もう生きていても助からなそうだったから、殺した」
僧侶は黙って話を聞いていた。どうもこの僧侶に話していると気分が多少紛れる気がしていた。不気味な感じがするのは未だに拭いきれないが。
「けれど、ふと見た戦場は殺した人と同じような奴が沢山いたんだ。そんな中で漁りをするなんて、できない。それに俺はあんなことするのは一人で沢山だし、あんなものは見たくはない」
ぎりっと歯ぎしりをたてる。思い出すだけで気分が悪くなった。死体を見るより、苦しみもがく者を見る方が何倍も辛かったのだ。
そんな鴨助の様子を見て、僧侶はうんうんとうなづく。そして次に途方もないことを言ったのだ。
「では、私が代わりに極楽へ旅立たせてあげましょう」
言うなり僧侶は鴨助に被っていた編み笠を預け、戦場に落ちていた刀を拾い上げる。そして死に損ねた者を見つけては次から次へと殺していった。一人、二人、三人……、数えていくのも面倒になる程僧侶は後始末をしていったのだ。それが半刻ほど続いた。鴨助はただその光景を延々と見ているしかできなかった。
鴨助の前に戻ってきた僧侶の法衣はまったく血に汚れていた。鴨助はその奇行に驚愕するしかなかった。
「あんた、よくやるよな……」
そう言われても僧侶は微笑を絶やさない。鴨助に預かってもらっていた編み笠を受け取り深く被る。そして静かに言うのだ。
「私は人を極楽へと招くのが使命。そのためにはこういうこともするんですよ」
一風変わったその僧侶は、宵闇が迫る頃に去っていった。しかし鴨助は未だそこを動くことはできなかった。
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