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第1話
始まり(7)
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アーチは咄嗟に目を瞑る。しかし予想していた襲撃はやって来なかった。
恐る恐る目を開けるとそこには、
「お父さん!」
デフトンがアーチの前に立っていた。その右腕には魔獣が噛みついていた。牙が深く食い込み、血が止めどなく流れていく。
「アーチ……逃げろっ」
「邪魔だ!」
魔獣が首を振り、デフトンを宙へ放り投げた。受け身を取る余裕もなく砂浜に叩きつけられた。
「ああああああああっ!」
アーチは怒声を上げて跳ね起き、剣を魔獣目掛けて振り下ろした。
しかしヴァンテラは笑う。
「動くな。そのままでいい」
魔獣は動かない。倒すには絶好の機会。そのはずが、切っ先は魔獣を両断する前に鼻の先で止まった。
ヴァンテラが今度は声を上げて笑う。
「やっぱそうか! お前は戦う覚悟はあっても殺す覚悟はねぇんだ。そんな奴がしゃしゃり出てくんじゃねぇ!」
魔獣が動き眼前の聖剣に噛みついた。牙と刀身が擦れ合いギリギリと硬質な音が響く。
ヴァンテラの言う通りだった。痛みに慣れていないのと同様に、たとえ敵の魔獣だとしても殺せる覚悟はなかった。それを見透かされていた。
「どうすれば……」
魔獣が前進しアーチが押される。力比べでは負けるのが目に見えている。戦い慣れていない上に殺すこともできない。このままではやられてしまう──。
「思考を止めるな! すべての答えは〈符律句〉の中にある!」
叫んだのはドルクだった。出血により額に脂汗を滲ませた顔で戦いの行く末を注視していた。
「答えは〈符律句〉の中に……」
百と九つに及ぶ〈符律句〉の中に状況を打開する何かがある。幼い頃から書かされ続けていたのだ。すべて頭の中に焼き付いている。あとは選び取るだけ──。
「これなら、もしかしたらっ」
何かを閃いたアーチは疾風の相を発動。衝撃波で魔獣の噛みつきから離れる。すぐさまある〈符律句〉を魔石に刻みながら魔獣へと突っ込んでいく。
「八つ裂きにしてやれ!」
「うおおおおおおっ!」
飛び掛かってくる魔獣。アーチはそいつに向かって剣を振り抜いた。
両者が交差し、幾許かの静寂が流れる。
「──〈符律句〉第二十五番、浄化の相……!」
「グオオオオオオオオッ!」
魔獣が天を仰いで断末魔の雄たけびを上げる。黒い瘴気が吹き上がり、巨躯を包み込む靄となる。瘴気が晴れると、魔獣の姿は消えていた。
いや、正確にはいる。凶暴な獅子型魔獣の代わりにいたのは、明らかに無害な小さい猫だった。
魔獣とはワーフィーポールから発せられる魔力の影響を受けて変質したものである。ヴァーエイルの浄化の相は、その魔力による悪影響を修正したのだ。
魔獣だった猫はみゃあと鳴くと、トコトコと軽やかな足取りでアーチたちの前から去っていった。
「嘘だろ、あんなこともできんのかよ。あいつが厄介な剣って言ってたのはこういうことか……」
魔獣を失い孤立したヴァンテラが舌打ちしながら独りごちる。
アーチは切っ先を向けて告げる。
「お友達の猫ちゃんどっか行っちゃったみたいだけど、まだ続ける?」
しばし睨み合う二人。ヴァンテラが鼻を鳴らして両手を上げた。
「わかったよ。今日のところはオレの負けにしといてやる」
「ダサい言い訳」
「気に入ったぜお前。オレは強い女が大好物なんだ」
「下品なやつ。あんたモテないっしょ」
「試してみるか?」
「黙れ。あんただけは遠慮なく切れそうな気がするよ」
「おー恐ぇ。切られる前に退散するか」
ヴァンテラは笛を奏でた。
「アーチとか言ったな? また会おうぜ」
上空から大きな鳥が飛来する。鳥型魔獣は鉤爪でヴァンテラの肩を掴むと、空高く飛んで去って行った。
アーチは軟派男が飛んで行った方向を向いて口をへの字に曲げた。
「二度と会うか」
「アーチ! よかった、本当に……」
ロウルが駆け寄り心底安心した様子で胸をなでおろした。ロウルの手の中に座っていたパラァも、アーチに心配そうな眼差しを向けていた。
「そうだお父さん! それにドルクさんも。あたしよりも二人のほう……が……」
アーチは急な目眩に襲われる。平衡感覚を失い立っていられない。戦闘によるダメージがあとになって効いてきたのだ。
倒れてる場合じゃないのに。
お父さんたちのほうがもっと重症なのに。
そう思っても身体は言うことを聞いてくれなかった。力が入らず、世界が一回転した。
空が──。
アーチはいつの間にか青い空を見ていた。
「アーチ!」
誰かの声が遠くに聞こえる。
声の主を判断する余力もなかった。
ふっ──と。
視界が暗転し、
アーチは意識を失った。
恐る恐る目を開けるとそこには、
「お父さん!」
デフトンがアーチの前に立っていた。その右腕には魔獣が噛みついていた。牙が深く食い込み、血が止めどなく流れていく。
「アーチ……逃げろっ」
「邪魔だ!」
魔獣が首を振り、デフトンを宙へ放り投げた。受け身を取る余裕もなく砂浜に叩きつけられた。
「ああああああああっ!」
アーチは怒声を上げて跳ね起き、剣を魔獣目掛けて振り下ろした。
しかしヴァンテラは笑う。
「動くな。そのままでいい」
魔獣は動かない。倒すには絶好の機会。そのはずが、切っ先は魔獣を両断する前に鼻の先で止まった。
ヴァンテラが今度は声を上げて笑う。
「やっぱそうか! お前は戦う覚悟はあっても殺す覚悟はねぇんだ。そんな奴がしゃしゃり出てくんじゃねぇ!」
魔獣が動き眼前の聖剣に噛みついた。牙と刀身が擦れ合いギリギリと硬質な音が響く。
ヴァンテラの言う通りだった。痛みに慣れていないのと同様に、たとえ敵の魔獣だとしても殺せる覚悟はなかった。それを見透かされていた。
「どうすれば……」
魔獣が前進しアーチが押される。力比べでは負けるのが目に見えている。戦い慣れていない上に殺すこともできない。このままではやられてしまう──。
「思考を止めるな! すべての答えは〈符律句〉の中にある!」
叫んだのはドルクだった。出血により額に脂汗を滲ませた顔で戦いの行く末を注視していた。
「答えは〈符律句〉の中に……」
百と九つに及ぶ〈符律句〉の中に状況を打開する何かがある。幼い頃から書かされ続けていたのだ。すべて頭の中に焼き付いている。あとは選び取るだけ──。
「これなら、もしかしたらっ」
何かを閃いたアーチは疾風の相を発動。衝撃波で魔獣の噛みつきから離れる。すぐさまある〈符律句〉を魔石に刻みながら魔獣へと突っ込んでいく。
「八つ裂きにしてやれ!」
「うおおおおおおっ!」
飛び掛かってくる魔獣。アーチはそいつに向かって剣を振り抜いた。
両者が交差し、幾許かの静寂が流れる。
「──〈符律句〉第二十五番、浄化の相……!」
「グオオオオオオオオッ!」
魔獣が天を仰いで断末魔の雄たけびを上げる。黒い瘴気が吹き上がり、巨躯を包み込む靄となる。瘴気が晴れると、魔獣の姿は消えていた。
いや、正確にはいる。凶暴な獅子型魔獣の代わりにいたのは、明らかに無害な小さい猫だった。
魔獣とはワーフィーポールから発せられる魔力の影響を受けて変質したものである。ヴァーエイルの浄化の相は、その魔力による悪影響を修正したのだ。
魔獣だった猫はみゃあと鳴くと、トコトコと軽やかな足取りでアーチたちの前から去っていった。
「嘘だろ、あんなこともできんのかよ。あいつが厄介な剣って言ってたのはこういうことか……」
魔獣を失い孤立したヴァンテラが舌打ちしながら独りごちる。
アーチは切っ先を向けて告げる。
「お友達の猫ちゃんどっか行っちゃったみたいだけど、まだ続ける?」
しばし睨み合う二人。ヴァンテラが鼻を鳴らして両手を上げた。
「わかったよ。今日のところはオレの負けにしといてやる」
「ダサい言い訳」
「気に入ったぜお前。オレは強い女が大好物なんだ」
「下品なやつ。あんたモテないっしょ」
「試してみるか?」
「黙れ。あんただけは遠慮なく切れそうな気がするよ」
「おー恐ぇ。切られる前に退散するか」
ヴァンテラは笛を奏でた。
「アーチとか言ったな? また会おうぜ」
上空から大きな鳥が飛来する。鳥型魔獣は鉤爪でヴァンテラの肩を掴むと、空高く飛んで去って行った。
アーチは軟派男が飛んで行った方向を向いて口をへの字に曲げた。
「二度と会うか」
「アーチ! よかった、本当に……」
ロウルが駆け寄り心底安心した様子で胸をなでおろした。ロウルの手の中に座っていたパラァも、アーチに心配そうな眼差しを向けていた。
「そうだお父さん! それにドルクさんも。あたしよりも二人のほう……が……」
アーチは急な目眩に襲われる。平衡感覚を失い立っていられない。戦闘によるダメージがあとになって効いてきたのだ。
倒れてる場合じゃないのに。
お父さんたちのほうがもっと重症なのに。
そう思っても身体は言うことを聞いてくれなかった。力が入らず、世界が一回転した。
空が──。
アーチはいつの間にか青い空を見ていた。
「アーチ!」
誰かの声が遠くに聞こえる。
声の主を判断する余力もなかった。
ふっ──と。
視界が暗転し、
アーチは意識を失った。
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