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記憶喪失ですが、夫に復讐いたします 13 記憶の断片

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夜も更けて、城内のざわつきも少しずつ落ち着いてきた。



エレオノーラは、夜会に出席しないので、おとなしく自室にいる。

普段ならもう休んでいる時間だが、なんだか寝付けなかった。



読みかけの本を閉じて、テラスへでると、

風に乗って、楽団の音楽が切れ切れに聞こえてくる。



(まだ、夜会を楽しんでいる人々がいるんだ…。)



その音楽に耳を澄ませていると、何とも言えないざわざわとした、嫌な感覚が胸の底に生まれてくるのだ。



(私の過去に、何かあったのかしら…)

しかし、考えても、思い出せるわけではない。



(何か、飲み物でも貰いに行こう)



今夜、ハンナは夜会に駆り出されているため、自分で取りに行くほかない。



ドアからのぞくと、人気はまったくなかった。

使用人のだれも、この辺りにはいないようだ。それだけ夜会が大規模だということか。



王族のために用意された厨房は明かりが消え、今日は使われた様子がなかった。

同じ棟の一階にある使用人の厨房も誰もいない。



(ここも、ダメか…)



勝手に使うわけにもいかず、執務棟なら誰かいるかもしれない、とそちらへ向かうことにした。



執務棟へたどり着くためには、中央に来賓などを迎える区域を通らねばならない。



今日の夜会も、そこで行われている。

夜会の喧騒が、近づくにつれ大きくなった。



二階のテラス部分から、そっと会場を覗くと、

優雅なワルツの調べに乗せて盛装した人々が躍っている。



周辺諸国からのお客様も多いのか、様々な装いだ。

国王夫妻は、賓客をもてなすのに忙しそう。



一方アンナマリーはというと、いろいろな人々の話の輪に入り、談笑している。

社交的な彼女らしい。



なかでもひと際目を引く人物がいた。

一人の長身の男性のもとへ、若い女性が何人も訪ねていくのだ。

ついには囲まれてしまった。



(…有名な、人?)



その男性は、流れるような金髪で、少し前髪が長く眉にかかっていて、時々邪魔そうに前髪をかき上げる癖がある。

すっと通った鼻梁に、優しそうなブラウンの瞳には、影を作るほどのまつげ。

女性たちに囲まれ、はにかむように、くしゃっと笑う笑顔に特徴がある。



その笑顔を見た途端、エレオノーラの胸の中で、ざわざわと嫌なざわめきが起こった。



(何?何なの?すごく、嫌な感じがする…)



落ち着かせようと、ドレスの胸元を右手でぎゅうっとつかむ。

動いてもいないのに、息が上がる。

胸の中で、嫌な動悸が止まらない。



(……あの笑顔、なぜか見たことがある!)





頭の中で必死に、記憶の断片を探す。

あの、金色の髪、優しそうなまなざし、髪をかき上げる癖……

見ている、どこかで必ず見ているのだ。





─ 私は、彼を知っている ─

これは、確信だ。





走馬灯のように、忘れていた記憶が映像となって頭の中になだれ込んでくる。

「ああっ……!」

小さなうめき声をあげて、その場にしゃがみこんだ。







─(……エレオノーラ……)



記憶の中の彼が、自分の名前を呼ぶ

その声は、こだまとなって頭の中に響く。



「エレオノーラ……」

そう、確かに自分の名前はエレオノーラ……

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