薔薇と黒蛇

しっくん

文字の大きさ
24 / 24
第5章 再会せぬままの想いと未来

最終話:ふたりの言葉で、未来を

しおりを挟む

和平会議は、王都北の議政庁にて行われた。


貴族、軍将、宰相、そして帝国の使節団――


両国の“決定権”を持つ者たちが一堂に会する、緊張の場。



その壇上に、アスタナとレオンが立っていた。


場内は静まり返り、全員が、ふたりの次の言葉を待っていた。







アスタナが一歩、前に出る。



「私は、アスタナ・アルトリア。

この国の王女として生まれ、

一度は国を離れ、

そして今――“人間”としてここに立っています」



会場にざわめきが広がる。


彼女の言葉は、王女の公式挨拶ではなかった。


あくまで、彼女“自身”の声だった。



「この国は長く、憎しみで動いてきました。

正義の名のもとに、疑念と恐れを育て、

その果てに残ったのは、いくつもの失われた命と、癒えぬ痛みだけ」



「けれど、私は知ったのです。

“敵”と呼ばれた男が、

私を傷つけるのではなく、

私を見つめてくれたことを」



その言葉に、レオンがわずかに息を呑む。

アスタナは静かに続ける。



「彼は私を“王女”として扱いませんでした。

一人の人間として、私の声に耳を傾け、

共に逃げ、共に笑い、共に選びました。

私は、その人となら――国も、運命も、変えていけると信じたのです」




「どうか、今ここで問わせてください」




彼女の声が、空気を振るわせる。



「国とは、何ですか。

戦とは、何ですか。

そして――未来とは、誰が選ぶべきものなのですか?」




その問いかけに、誰も答えなかった。

だが、その沈黙が――アスタナの言葉の重みを認めていた。








続いて、レオンが壇上に立つ。

かつて、あらゆる“情報”を人の裏から盗み取ってきた男が、

今、正面からすべての目を受け止める。



「私は、ヴァレンティア帝国の諜報員でした。

この国の秘密を奪い、外交の隙を突くのが任務でした。

そしてその任を果たす中で、私はこの国に――“命を預けたくなる人”を見つけてしまった」




「任務に感情は不要。

そう教えられて生きてきました。

けれど、感情があったからこそ、私は任務を捨てたのです」




「この国にいた日々の中で、

私は、“敵国”ではなく、“この国の人々”を知りました。

畑を耕す老人も、歌う子どもも、

そして――真実のために立ち上がった王女も」



彼は、一度言葉を止める。



そして、はっきりと会場を見渡してから、語った。




「私は“赦し”を求めに来たのではありません。

“過去を超える未来”が、ただの理想で終わらぬよう、

この場に立ちたかったのです」




「どうか、互いの罪を数えるのではなく、

これから分かち合うべき希望に、目を向けてください」









静寂のあと、王の重い声が響く。



「……このふたりの言葉は、

決して“免罪符”ではない。

だが、彼らが歩いてきた道が“国のため”であったことは、

私がこの目で見て、心で感じた」




「ここにいる者たちよ。

我々はこれまで、正義と正義をぶつけて、

互いの傷を重ねてきた。

ならば今度は――赦しと赦しをぶつけてみるとしよう」




王が立ち上がる。




「この日をもって、和平の合意を宣言する。

それは、国と国の和解であると同時に、

一人ひとりの“選択の尊重”によって成された奇跡である」



会場に、拍手が起こった。




最初は一人、二人。

やがてそれは、大きな波となって広がっていった。










外へ出たふたりを迎えたのは、夕暮れの空だった。

光が雲間から差し、王都を静かに照らしていた。



「……終わったの?」


アスタナがぽつりと呟く。


レオンは彼女の手を握り、少し笑った。



「いいや。始まったんだ。

これは、ようやく“ふたりで生きていく未来”の、最初の一日だ」



その手は、もう離れなかった。



[完]



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

氷の王と生贄姫

つきみ かのん
恋愛
敗戦寸前の祖国を守るため、北の大国へ嫁いだセフィラを待っていたのは「血も涙もない化け物」と恐れられる若き美貌の王、ディオラスだった。 ※ストーリーの展開上、一部性的な描写を含む場面があります。 苦手な方はタイトルの「*」で判断して回避してください。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

番など、今さら不要である

池家乃あひる
恋愛
前作「番など、御免こうむる」の後日談です。 任務を終え、無事に国に戻ってきたセリカ。愛しいダーリンと再会し、屋敷でお茶をしている平和な一時。 その和やかな光景を壊したのは、他でもないセリカ自身であった。 「そういえば、私の番に会ったぞ」 ※バカップルならぬバカ夫婦が、ただイチャイチャしているだけの話になります。 ※前回は恋愛要素が低かったのでヒューマンドラマで設定いたしましたが、今回はイチャついているだけなので恋愛ジャンルで登録しております。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...