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第5章 再会せぬままの想いと未来
最終話:ふたりの言葉で、未来を
しおりを挟む和平会議は、王都北の議政庁にて行われた。
貴族、軍将、宰相、そして帝国の使節団――
両国の“決定権”を持つ者たちが一堂に会する、緊張の場。
その壇上に、アスタナとレオンが立っていた。
場内は静まり返り、全員が、ふたりの次の言葉を待っていた。
⸻
アスタナが一歩、前に出る。
「私は、アスタナ・アルトリア。
この国の王女として生まれ、
一度は国を離れ、
そして今――“人間”としてここに立っています」
会場にざわめきが広がる。
彼女の言葉は、王女の公式挨拶ではなかった。
あくまで、彼女“自身”の声だった。
「この国は長く、憎しみで動いてきました。
正義の名のもとに、疑念と恐れを育て、
その果てに残ったのは、いくつもの失われた命と、癒えぬ痛みだけ」
「けれど、私は知ったのです。
“敵”と呼ばれた男が、
私を傷つけるのではなく、
私を見つめてくれたことを」
その言葉に、レオンがわずかに息を呑む。
アスタナは静かに続ける。
「彼は私を“王女”として扱いませんでした。
一人の人間として、私の声に耳を傾け、
共に逃げ、共に笑い、共に選びました。
私は、その人となら――国も、運命も、変えていけると信じたのです」
「どうか、今ここで問わせてください」
彼女の声が、空気を振るわせる。
「国とは、何ですか。
戦とは、何ですか。
そして――未来とは、誰が選ぶべきものなのですか?」
その問いかけに、誰も答えなかった。
だが、その沈黙が――アスタナの言葉の重みを認めていた。
⸻
続いて、レオンが壇上に立つ。
かつて、あらゆる“情報”を人の裏から盗み取ってきた男が、
今、正面からすべての目を受け止める。
「私は、ヴァレンティア帝国の諜報員でした。
この国の秘密を奪い、外交の隙を突くのが任務でした。
そしてその任を果たす中で、私はこの国に――“命を預けたくなる人”を見つけてしまった」
「任務に感情は不要。
そう教えられて生きてきました。
けれど、感情があったからこそ、私は任務を捨てたのです」
「この国にいた日々の中で、
私は、“敵国”ではなく、“この国の人々”を知りました。
畑を耕す老人も、歌う子どもも、
そして――真実のために立ち上がった王女も」
彼は、一度言葉を止める。
そして、はっきりと会場を見渡してから、語った。
「私は“赦し”を求めに来たのではありません。
“過去を超える未来”が、ただの理想で終わらぬよう、
この場に立ちたかったのです」
「どうか、互いの罪を数えるのではなく、
これから分かち合うべき希望に、目を向けてください」
⸻
静寂のあと、王の重い声が響く。
「……このふたりの言葉は、
決して“免罪符”ではない。
だが、彼らが歩いてきた道が“国のため”であったことは、
私がこの目で見て、心で感じた」
「ここにいる者たちよ。
我々はこれまで、正義と正義をぶつけて、
互いの傷を重ねてきた。
ならば今度は――赦しと赦しをぶつけてみるとしよう」
王が立ち上がる。
「この日をもって、和平の合意を宣言する。
それは、国と国の和解であると同時に、
一人ひとりの“選択の尊重”によって成された奇跡である」
会場に、拍手が起こった。
最初は一人、二人。
やがてそれは、大きな波となって広がっていった。
⸻
外へ出たふたりを迎えたのは、夕暮れの空だった。
光が雲間から差し、王都を静かに照らしていた。
「……終わったの?」
アスタナがぽつりと呟く。
レオンは彼女の手を握り、少し笑った。
「いいや。始まったんだ。
これは、ようやく“ふたりで生きていく未来”の、最初の一日だ」
その手は、もう離れなかった。
[完]
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