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外伝 まっすぐで、静かな君へ
第三章:それでも、君の隣がいい
しおりを挟む「ねえ、今日ちょっとだけ寄り道しない?」
その言葉が自然と口から出たのは、ある放課後のことだった。
特に何かを考えていたわけじゃない。ただ、彼女が帰り支度をしているのを見て、咄嗟に声をかけていた。
「どこに?」
「屋上。実はね、鍵、開いてる日があるんだ」
そんなの、他の誰かには言ったことなかった。
内緒にしてる場所なんて、たくさんあったけど――
「君と共有したい」って、思ったのは初めてだった。
日向は少しだけ考えて、それから静かにうなずいた。
「……いいよ」
その一言だけで、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
*
屋上のドアを開けると、夕暮れの風がふたりの頬を撫でた。
教室では聞こえなかった風の音、どこか遠くで鳴く鳥の声、そして沈みかけた太陽が空を静かに染めていた。
「ここ、たまに来るんだ。誰もいなくて、静かだから」
そう言うと、日向は「へえ」と短く相槌を打った。
無言のまま、ふたり並んで金網越しに空を眺める。
話さなくても、沈黙が怖くなかった。
むしろその静けさが、心地よかった。
「日向ってさ、本当は強いよね」
不意に、そんな言葉がこぼれた。
日向はきょとんとしたように、横目で俺を見た。
「……どうしてそう思うの?」
「誰にも合わせようとしないじゃん。誰かに好かれるために、自分を変えたりしない。俺は……ずっとそれができ
なくて」
初めてだった。
こんなふうに、自分の“弱さ”を誰かに話すのは。
でも、彼女の前だと、不思議とそれができた。
「人に期待されるのって、楽しいよ。でも、しんどい。どんどん“本当の自分”がわかんなくなる。……でも君は、
最初からそういうの持ってないみたいで、少しうらやましいって思った」
日向は少しだけ目を伏せて、それからぽつりとつぶやいた。
「……私、たぶん“期待されること”から逃げてるだけなんだと思うよ」
「逃げてる?」
「うん。期待されたら、応えたくなる。でも応えられないと、すごく苦しくなるから。最初から、誰にも期待され
ないようにしてるの。……ずるいでしょ?」
「ずるくなんかないよ」
思わず、声が強くなった。
「それって、自分をちゃんと守れてるってことじゃん。俺、ずっと“いい人”でいようとして、自分のこと守るの忘
れてたからさ」
日向は少しだけ笑った。
ふわりと、風に乗るみたいな、あたたかい笑顔だった。
その笑顔に、胸がぎゅっと締めつけられた。
──ああ、ダメだ。
こんなにちゃんと“誰かのこと”を見たのは、初めてかもしれない。
誰かの言葉に、本気で救われたと思ったのも。
「……ねえ、俺、君のこともっと知りたい」
「え?」
「なんでもいい。好きな食べ物でも、好きな作家でも。君がどんなときに笑って、どんなときに黙るのか、もっと
知りたいって思ってる」
日向はしばらく黙って、目を細めて空を見た。
「……そんなこと、言われたの初めて」
「俺も、そんなこと言ったの初めて」
顔を見合わせて、ふたりして小さく笑った。
その瞬間、たしかに何かが変わった気がした。
たぶん、心の距離が、少しだけ近づいた。
──でも。
そのあと教室に戻ったとき、日向の机の上に置かれていたのは、一冊の文庫本だった。
小さな付箋がついていて、そこにはきれいな字でこう書かれていた。
「この前話してた本の続編。たぶん、気に入ると思う」
名前は書かれていなかった。
でも、俺にはわかった。
それが、佐伯涼真のものだってこと。
俺より先に、君の“好き”を探そうとした人間がいる。
その事実に、また胸の奥がざらついた。
でも、それでも思った。
──俺は、君の隣がいい。
誰に先を越されても、選ばれなくても、
君の心にまっすぐ触れられる日が来るなら――
俺は、それまで待ちたいと思った。
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