その声だけ、まっすぐ届いた

しっくん

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外伝 まっすぐで、静かな君へ

第三章:それでも、君の隣がいい

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「ねえ、今日ちょっとだけ寄り道しない?」



その言葉が自然と口から出たのは、ある放課後のことだった。


特に何かを考えていたわけじゃない。ただ、彼女が帰り支度をしているのを見て、咄嗟に声をかけていた。




「どこに?」



「屋上。実はね、鍵、開いてる日があるんだ」




そんなの、他の誰かには言ったことなかった。


内緒にしてる場所なんて、たくさんあったけど――


「君と共有したい」って、思ったのは初めてだった。



日向は少しだけ考えて、それから静かにうなずいた。



「……いいよ」



その一言だけで、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。









屋上のドアを開けると、夕暮れの風がふたりの頬を撫でた。



教室では聞こえなかった風の音、どこか遠くで鳴く鳥の声、そして沈みかけた太陽が空を静かに染めていた。



「ここ、たまに来るんだ。誰もいなくて、静かだから」



そう言うと、日向は「へえ」と短く相槌を打った。




無言のまま、ふたり並んで金網越しに空を眺める。


話さなくても、沈黙が怖くなかった。


むしろその静けさが、心地よかった。



「日向ってさ、本当は強いよね」



不意に、そんな言葉がこぼれた。


日向はきょとんとしたように、横目で俺を見た。



「……どうしてそう思うの?」



「誰にも合わせようとしないじゃん。誰かに好かれるために、自分を変えたりしない。俺は……ずっとそれができ

なくて」



初めてだった。


こんなふうに、自分の“弱さ”を誰かに話すのは。



でも、彼女の前だと、不思議とそれができた。



「人に期待されるのって、楽しいよ。でも、しんどい。どんどん“本当の自分”がわかんなくなる。……でも君は、

最初からそういうの持ってないみたいで、少しうらやましいって思った」



日向は少しだけ目を伏せて、それからぽつりとつぶやいた。



「……私、たぶん“期待されること”から逃げてるだけなんだと思うよ」



「逃げてる?」



「うん。期待されたら、応えたくなる。でも応えられないと、すごく苦しくなるから。最初から、誰にも期待され

ないようにしてるの。……ずるいでしょ?」



「ずるくなんかないよ」



思わず、声が強くなった。



「それって、自分をちゃんと守れてるってことじゃん。俺、ずっと“いい人”でいようとして、自分のこと守るの忘

れてたからさ」



日向は少しだけ笑った。

ふわりと、風に乗るみたいな、あたたかい笑顔だった。



その笑顔に、胸がぎゅっと締めつけられた。


──ああ、ダメだ。



こんなにちゃんと“誰かのこと”を見たのは、初めてかもしれない。


誰かの言葉に、本気で救われたと思ったのも。



「……ねえ、俺、君のこともっと知りたい」



「え?」



「なんでもいい。好きな食べ物でも、好きな作家でも。君がどんなときに笑って、どんなときに黙るのか、もっと

知りたいって思ってる」



日向はしばらく黙って、目を細めて空を見た。


「……そんなこと、言われたの初めて」



「俺も、そんなこと言ったの初めて」



顔を見合わせて、ふたりして小さく笑った。


その瞬間、たしかに何かが変わった気がした。


たぶん、心の距離が、少しだけ近づいた。


──でも。



そのあと教室に戻ったとき、日向の机の上に置かれていたのは、一冊の文庫本だった。



小さな付箋がついていて、そこにはきれいな字でこう書かれていた。



「この前話してた本の続編。たぶん、気に入ると思う」



名前は書かれていなかった。



でも、俺にはわかった。


それが、佐伯涼真のものだってこと。



俺より先に、君の“好き”を探そうとした人間がいる。


その事実に、また胸の奥がざらついた。



でも、それでも思った。



──俺は、君の隣がいい。



誰に先を越されても、選ばれなくても、


君の心にまっすぐ触れられる日が来るなら――



俺は、それまで待ちたいと思った。


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