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2.手に入るであろうものを捨て去ることになったとしても……④
しおりを挟む開けっ放していたそこへ持っていた物を落とし込む。
暫く無言で見つめた後、急に湧いた羞恥にいたたまれなくなり、慌ててバタンと乱暴に引き出しを閉めた。
目に見えなくなり、思わずハァ~ッと長い溜め息が漏れる。
「ほんと、何やってんだよ……自分で自分を殴りたくなる」
口に出した途端に、ズ~ンと襲った脱力感に閉口してしまう。
「一時の気の迷い……そんな事、あるはずないんだから。だから……」
いいよね?これくらい……
まるで言い聞かせているみたいだ。
パシッと両手で両頬を挟むように打ち、フッと短く息を吐いて整える。
「あ!そういえば、書室に戻さなきゃなんない本、まだ戻してない!」
今は世話になっている、マダム・エルザの店。僕、個人に充てられた部屋にいる。
何やかやとあり、仕える魔導士長ファンガス様の用も済ませ戻ってはいたが、ふと、やり残した仕事を思い出してしまう。
時間を見れば、まだ、間に合う感じだ。
仕える者は城への住み込みの形を取る一部の者を除き、登城と退城の時間が決まっている。
今ならまだ戻って書室に行くぐらいはできるだろう。
本を返すだけ。明日でも良いのでは?となりそうだが、そうはいかない。
ファンガス様は読む本の量が多い。そして、借りた時期もかなりバラバラ。返さなきゃならないその本は、期日が今日までだ。
城の書室を管理する文官はかなり細かく、そして神経質で融通がきかない。ちょっとでも遅れたり、過ぎたりすれば、容赦なく数日間の貸し出し禁止を言い渡してくるのだ。
ファンガス様は勉強に夢中になると、時間が疎かになり、期日ギリギリになる事もしばしば。
何度も文官と一悶着起こした事もあり、本の管理だけは僕が徹底的にやっていたのに……
「ボケっとし過ぎ!ファンガス様に迷惑かけちゃうじゃないか!急いで戻んなきゃ!!」
1人浮かれてこんな物手にして……
ちらっと再度視線をやった引き出しの中の物に、自己嫌悪で苦々しい想いが込み上げた。
まぁ、おそらく、この先目にする事もないし、手にする事もない。
想いを振り切るように、半ば強引に視線を外す。
部屋を出て、階下へ向かおうとすると、階段の半ばに人の気配を感じた。
声は2人。
どちらも女の子で……
「実際のところ、どうなの?」
「どうって?」
話の邪魔をしたら悪いし、かといって、別の階段はない。仕方なく、物陰で待つことにする。
話しているのは、ファランとラーシャだ。
ファランはラキティスの妹で、ラーシャはこの店の看板舞い姫。
女の子の会話を盗み聞きはよろしくない。仕方なく、一旦、部屋に戻ろうとして……
「アヤのこと吹っ切れたの?キサと一緒になって欲しがってたじゃない」
聞こえてきた名前に、思わず足が止まる。
「そりゃね。だって、アヤの事大好きだから。大事な兄さんと、大好きアヤに一緒になってもらって、本当の家族になって欲しいわよ?」
「ふん?じゃ、エリィの事は?」
自分の名前が聞こえ、無意識にギクリとなった。
「エリィとアヤは違うわ。エリィじゃ、アヤと比べるべくもないわよ」
ファランの口から出た言葉に、頭が一瞬で真っ白になる。思わずひくつく喉に、口を手で押さえて慌ててその場を離れる。
部屋に戻り扉を閉めた途端、力が抜けて扉に背中からもたれた体が、ズルズルと崩れ落ちた。
ファランの言葉が頭の中に繰り返される。
ギュッと唇を噛み締めたまま、動くことができない。
体の芯から、全てが冷たくなっていくような感覚が続いていた。
一瞬のような永遠のような時間が過ぎ、ふと動くようになった体を動かす。
ふらりと、廊下に出て階段に向かう。
2人はもういない。が、そんな事はもはや気にもならない。
「城………戻んなきゃ」
ポツリと呟く自分の声が遠くに聞こえたーーーーー
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