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2.手に入るであろうものを捨て去ることになったとしても……⑤
しおりを挟む敵うはずがないのは分かっていた。
分かってはいたが、やはり、それでも………
「実際、現実突きつけられると……こんなに辛いんだ」
乾いた笑いしか出てこない。
ラキティスがあの場所から引き離してくれた。
父親から庇ってもくれた。
謂れない侮蔑の盾にもなってくれた。
どこまで続くか分からない闇と孤独から掬い上げてくれて、自分の領域に入れてくれた事で、その周りの者達にも少しは受け入れてもらえたと勘違いしていたようだ。
『エリィとアヤは違うわ。エリィじゃ、アヤと比べるべくもないわよ』
ファランの言葉が頭の中に甦り、目の前が真っ暗になる感覚に襲われ、思わず壁に凭れ掛かり体を支えた。
繋いだと思っていた手は幻で、伸ばした手は何も掴めず空を切る。
失うのが怖い………
「失う?……………………」
思わず笑ってしまう。
失う筈がない。だって……………………ーーーーー
「最初から手に入れてもないんだから………」
手に入れただなんて、思い違いも甚だしい。
やはり、自分の資質は変わらない。
宰相様の下にいた頃と変わらず……
高慢で。
自惚れ屋で。
身勝手で。
自信過剰で……
「本当………嫌ンなるよね、この性格」
この場所は自分のものにはならない。
最後通牒のように、言葉を頭の中に落とし込んだ瞬間、パリンと何かが割れるような音と痛みを覚え、思わず、ギュッと胸を手で押さえる。
「は、は……何、やってんだろ?今までと、一緒でしょ?同じ事ばっかり繰り返して!ほぉんと……」
情けない。
いい加減、目を覚ませという気分だ。
現実を見ろ。自分の立つ場所を見ろ。
僕は決して………
「同じ場所には立っていない……」
口にした瞬間、心にできた亀裂から赤いものがドロリと流れ出す錯覚を覚えた。
もう、痛みは感じない。
麻痺したかのようだ。流れ続けるそれももはや気にならない。
大丈夫。
元に戻るだけ。
流れていると感じるものも………
「侍従どの?」
不意に声がかり、ハッと考えから引き戻された。
内心慌ててサッと視線を巡らす。
見知った回廊が目にとまる。気付かぬ内に城に着き、書室のある回廊を歩いていたようだ。
寄るはずのファンガス様の私室にも行かず、返す筈の書物も持たず……
内心舌打ちし、同じく、頭の中で自分に平手打ちを喰らわす。
ボケっとするにも程がある!
「エリシュオ殿でしたね?どうなさいました、このようなところで」
呼吸を落ち着かせ、一旦目を閉じて開けてから、声の方へ向き直る。
白髪に深い碧色の瞳、サラタータの使者が、柔和な笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「大変失礼いたしました、サラタータの使者様」
「ナヴィラスと、名でお呼びください」
「い、え……ですが」
「サラタータの使者様は、些か堅苦しい。どうぞ」
「かし、こまりました。では、ナヴィラス様、と」
フワリと微笑まれ、若干戸惑いながらも了承した。
妙にザワザワしたものを感じる。ただただ笑みを向けられているだけなのに、不可思議な違和感を感じて落ち着かない。
何なんだろう?
「退城なさったとお伺いしましたが、何かお忘れでお戻りですか?」
「ぁ……はい。諸用思い出しまして」
落ち着かない何かに戸惑う僕を知ってか知らずか、相変わらずフワリと柔らかな笑みを浮かべたまま、使者、ナヴィラスが話を続ける。
「そうですか。そういえば、思い出したのです」
「え?」
「お伺いしたい事。先程、お伺いしたい事があると言いました」
「ぁ……あぁ、、、はい」
最初に会った時の会話だ。
が、あれはもう大丈夫的な事言ってなかっただろうか?
「よろしければ、部屋へいらっしゃいませんか?そこで話したいのですが」
「ぇ……いえ、ぼ、、、私は、一介の侍従です。ご使者様のお部屋へ伺うなど不敬です。お叱りを受けます」
「私から上役の方へは執り成します」
「諸用ありますし……そちらが急ぎ……」
「それほど、お手間はかけませんよ」
正直、ナヴィラスには意味不明な違和感しか感じておらず、ついていくのは御免被りたい。やんわり、尤もらしく断わるが、フワリと微笑まれ、が、やや強引に却下された。
「ラキティス様」
「え?」
「事は、ラキティス様に関わる話なのです」
ナヴィラスの口から出たその名に、心臓がドキと鳴る。
が、同時に警戒心も募る。
「なぜ……ラキティス様の話を私に?」
クレイドルに来たばかりのサラタータの使者であるナヴィラスが、なぜ、一介の侍従である僕に、ラキティスの話を振るのか……
訝しみ、やや引き気味に聞く僕の様子に、ナヴィラスが不自然なほど穏やかな笑みを浮かべた。
「失礼ながら、少しだけ調べさせていただきました。サラタータ公子であるラキティス様は、現在、皇太子グレインバルド様の側の人間。宰相、レズモンド候とは対極にあります。2人の側の人間であり、且つ、そうではない者……貴方にしか出来ない話なのです」
「あなたは……一体、なにを…」
益々もって意味が分からない。
警戒心強めつつ、戸惑い揺れる僕に向かい、ナヴィラスがフワリと匂い立つような柔らかな笑みを向けてきた。
「来て、、、頂けますね?」
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