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第六章 棘の魔女
6-9 罠
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一メートルほどの大きなザルが、紐をくくりつけられたつっかえ棒を支えとして立てられていた。ザルの下には、空色の石がはまった銀の指輪が置かれている。
塔の最上階でこの仕掛けを目にした時、サヴィトリは恐ろしいほどの脱力感に襲われた。
カイラシュとヴィクラムも同じだったらしく、それぞれ頭を抱えたりため息をついたりなどしている。
「ねえ二人とも、これってクベラでは最新式の罠?」
サヴィトリは腕組みをし、人差し指で神経質に腕を叩きながら尋ねた。
「古典的にもほどがありますよ。もはや化石と呼んでいいレベルです。しかも、餌に食いついた際に紐を引っ張る役目の者がいませんし」
「カイ、そこは問題じゃない」
「僭越ながら、そのツッコミを期待してボケさせていただきました」
サヴィトリは実力でもってカイラシュを黙らせる。地に伏したカイラシュはあきらかに喜んでいるようにも見えたが、サヴィトリは見ないふりを決めこんだ。
「しかし、どこにも棘の魔女の姿がないな」
ヴィクラムは注意深く周囲を見渡す。
今までのフロアと変わらず、壁は生クリームに覆われ、床はチョコレートだった。ザルとつっかえ棒の罠以外に物はない。
小部屋はいくつかあったが、基本的にはどの階もワンフロアぶち抜きで、今いる最上階まではほとんど一本道のようなものだった。
「あんな巨体見逃すわけがないんだけど……もしかして通路が生クリームで隠されたりしてたのかな?」
サヴィトリはためらいつつ、壁の生クリームに手を突っこんでかきわけた。
かきわけてもかきわけてもかきわけても生クリームが続いている。本来の壁が見えるよりも、サヴィトリが濃密な甘い香りで気持ち悪くなる方が早かった。
「サヴィトリ様」
復帰したカイラシュが神妙な面持ちでサヴィトリの肩を叩いた。
「な、何?」
サヴィトリはなんとなく構えてしまう。鳩尾に拳をねじりこむように叩きこみ、前のめりになったところで無防備な首筋に手刀を入れたのはやりすぎだったかもしれない。
そんなサヴィトリの心配をよそに、カイラシュはサヴィトリの手を取って照れながら進言した。
「せっかくですから、この大量にある生クリームを有効活用してわたくしといかがわしいことをしませんか?」
返事は、微笑みと、決して人体から聞こえてはいけない音だった。
カイラシュは恍惚とした表情を浮かべて地面に崩れ落ちる。
「ヴィクラム、この変態を生クリームに埋めて置いていってもいいかな?」
「俺に意見を求めないでくれ……」
ヴィクラムは喉に手を当て、関わりたくないとでも言いたげに視線をそらした。
「――それにしても」
サヴィトリは腰に手を当て、古典的な罠の方に目をやる。
「なんとなくこれ見てるとイラってしてくる」
ずかずかと罠に近付き、思いっきりザルを蹴り飛ばした。
つっかえ棒はころころと力なく転がり、ザルは乾いた音を立てて二、三度小さくバウンドした。
餌として置いてあったのはサヴィトリの指輪ではなく、お菓子でできた偽物だった。サイズは本物と同じで、サヴィトリの中指にぴったりとはまる。それが余計かつ地味にサヴィトリを苛立たせた。
「おやサヴィトリ様、そんなことでイライラするなんて少し甘い物を摂取したほうがいいですよ。ですから先ほども申しあげたとおり、わたくしと一緒に生クリームを全身に塗りったくって舐めあ――」
空気を読まないカイラシュの発言に制裁を与えようと拳を握りしめた瞬間、サヴィトリは全身が強く下方へと引っ張られるのを感じた。自分の足元に視線をやってみる。
床がない。
代わりに黒い闇がぽっかりと口を開けていた。こちらが本当の罠だったらしい。
「サヴィトリ様!」
「サヴィトリ!」
カイラシュとヴィクラムの手が同時に落ちゆくサヴィトリに伸ばされる。
だが遅すぎた。指先がかすりもしない。
半ば呆然と、サヴィトリは落ちるのに身を任せた。
塔の最上階でこの仕掛けを目にした時、サヴィトリは恐ろしいほどの脱力感に襲われた。
カイラシュとヴィクラムも同じだったらしく、それぞれ頭を抱えたりため息をついたりなどしている。
「ねえ二人とも、これってクベラでは最新式の罠?」
サヴィトリは腕組みをし、人差し指で神経質に腕を叩きながら尋ねた。
「古典的にもほどがありますよ。もはや化石と呼んでいいレベルです。しかも、餌に食いついた際に紐を引っ張る役目の者がいませんし」
「カイ、そこは問題じゃない」
「僭越ながら、そのツッコミを期待してボケさせていただきました」
サヴィトリは実力でもってカイラシュを黙らせる。地に伏したカイラシュはあきらかに喜んでいるようにも見えたが、サヴィトリは見ないふりを決めこんだ。
「しかし、どこにも棘の魔女の姿がないな」
ヴィクラムは注意深く周囲を見渡す。
今までのフロアと変わらず、壁は生クリームに覆われ、床はチョコレートだった。ザルとつっかえ棒の罠以外に物はない。
小部屋はいくつかあったが、基本的にはどの階もワンフロアぶち抜きで、今いる最上階まではほとんど一本道のようなものだった。
「あんな巨体見逃すわけがないんだけど……もしかして通路が生クリームで隠されたりしてたのかな?」
サヴィトリはためらいつつ、壁の生クリームに手を突っこんでかきわけた。
かきわけてもかきわけてもかきわけても生クリームが続いている。本来の壁が見えるよりも、サヴィトリが濃密な甘い香りで気持ち悪くなる方が早かった。
「サヴィトリ様」
復帰したカイラシュが神妙な面持ちでサヴィトリの肩を叩いた。
「な、何?」
サヴィトリはなんとなく構えてしまう。鳩尾に拳をねじりこむように叩きこみ、前のめりになったところで無防備な首筋に手刀を入れたのはやりすぎだったかもしれない。
そんなサヴィトリの心配をよそに、カイラシュはサヴィトリの手を取って照れながら進言した。
「せっかくですから、この大量にある生クリームを有効活用してわたくしといかがわしいことをしませんか?」
返事は、微笑みと、決して人体から聞こえてはいけない音だった。
カイラシュは恍惚とした表情を浮かべて地面に崩れ落ちる。
「ヴィクラム、この変態を生クリームに埋めて置いていってもいいかな?」
「俺に意見を求めないでくれ……」
ヴィクラムは喉に手を当て、関わりたくないとでも言いたげに視線をそらした。
「――それにしても」
サヴィトリは腰に手を当て、古典的な罠の方に目をやる。
「なんとなくこれ見てるとイラってしてくる」
ずかずかと罠に近付き、思いっきりザルを蹴り飛ばした。
つっかえ棒はころころと力なく転がり、ザルは乾いた音を立てて二、三度小さくバウンドした。
餌として置いてあったのはサヴィトリの指輪ではなく、お菓子でできた偽物だった。サイズは本物と同じで、サヴィトリの中指にぴったりとはまる。それが余計かつ地味にサヴィトリを苛立たせた。
「おやサヴィトリ様、そんなことでイライラするなんて少し甘い物を摂取したほうがいいですよ。ですから先ほども申しあげたとおり、わたくしと一緒に生クリームを全身に塗りったくって舐めあ――」
空気を読まないカイラシュの発言に制裁を与えようと拳を握りしめた瞬間、サヴィトリは全身が強く下方へと引っ張られるのを感じた。自分の足元に視線をやってみる。
床がない。
代わりに黒い闇がぽっかりと口を開けていた。こちらが本当の罠だったらしい。
「サヴィトリ様!」
「サヴィトリ!」
カイラシュとヴィクラムの手が同時に落ちゆくサヴィトリに伸ばされる。
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半ば呆然と、サヴィトリは落ちるのに身を任せた。
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