2 / 27
第1章 指導編 初日
1-2 私が、先輩? 先輩が私?
しおりを挟む
「……なんですかその加齢臭漂うしょうもないダジャレは」
リヤーナは空気を読まずにつっこんだ。真面目な話をしている最中に「殺す」と「転がす」を掛けるのはお粗末が過ぎる。
「ボスがそう言ってたんだ! 文句なら直接ボスに言え!」
顔を赤くしたフォウは飛びのくようにリヤーナから離れ、おぼつかない手つきで煙草を取り出した。火をつけるの三度失敗し、やっとついたかと思えば煙を吸い込みすぎてゴホゴホとむせる。
「そんなに動揺しなくても。お水持って来ましょうか」
さすがに申し訳なくなったリヤーナは席を立つ。
「いい、大丈夫だ。ありがとう」
フォウはいがらっぽい咳をしながら手振りでリヤーナを制止した。
「挽回のためにお前に課せられたのは、バクラム伯の篭絡だ。架空の経歴を作るため、任務開始まではひと月の猶予がある。その間、俺が指導役としてつくことになった」
改めて任務内容を告げると、フォウはゆっくりと煙を吸い込んだ。煙草の先端がかすかに爆ぜて赤く発光する。
(篭絡する、だけ?)
先の任務で失態を演じた罰だ、と聞かされていたリヤーナは肩透かしを食らった気分になる。僻地に送られ、寝る間もないほど過酷な任務をさせられるのだと思っていた。
(でも色仕掛けなんてどうやってやるの? さっきの動画みたいなこと? あんなことを私がやるの? 私が?)
見知らぬ男の上に全裸でまたがる自分の姿を想像してしまい、リヤーナは急速に血がのぼるのがわかった。ずきずきと頭が痛む。
「……先輩、その、質問というか、相談なんですが」
リヤーナは左手でこめかみを押さえ、右手を控えめに挙げた。
「なんだ?」
「本当は死ぬほど言いたくないんですけど、このままだと任務にとてつもなく支障があるのでお伝えするんですが……」
続く言葉をなかなか発することができず、リヤーナは手のひらを擦り合わせたり組んだりしてしまう。
ちらりとフォウの方を窺うと、人差し指で軽く煙草を叩き、灰皿に灰を落としてた。
なんてことない動きなのに、つぶさに見入ってしまう。全体的に節の目立たない女性的でしなやかな指だが、手首は骨っぽくしっかりとしている。
「リィ?」
フォウが顔を上げ、促すように名前を呼んだ。
「あっ、ごめんなさい……えっと、私……その手の経験が、あまりなくて……いや、あまりっていうか、ほとんどっていうか、全然っていうか……」
「知ってる」
フォウは事もなさげに紫煙を細長く吐き出した。
「なんで知ってるんですか!?」
リヤーナは自分の身体を掻き抱く。
恥を忍んで伝えたことが一蹴されたうえに、すでに筒抜けだった。軽い怒りすら覚える。
「別にお前のプライベートを覗き見たわけじゃねえよ。お前みたいな間の抜けたやつに男作ってる余裕なんてないだろ」
ほぼ100%フォウの言った通りであるため、リヤーナに反論の余地はなかった。しかし事実とはいえ腹は立つ。
「じゃあ、とても仕事のできる先輩にはいくらでも女を作ってる余裕があるんですね」
可愛げのない自分に嫌気が差しつつ、リヤーナは嫌味をぶつけた。
なんとか生き残ってはいるもののうだつの上がらない自分とは違い、フォウは組織内でも指折りの暗殺者だ。変装を得意とし、老若男女問わず姿を変えられるため標的を問わない。
「トゲのある言い方すんなって」
「否定しないんですね」
「上から慣らせって言われてるんだから仕方ないだろ。暗殺者がハニトラに引っかかったら目も当てられない」
フォウは前髪を掻きあげ、視線を逸らした。
言外に意味するところを感じ取ってしまい、リヤーナは胸のあたりがもやもやとする。
あんなこと言わなければよかった。感情を言葉や顔にすぐ出してしまうなんて、子供っぽいと思われても仕方ない。
「私はそんなの言われたことないです」
リヤーナは拗ねたような言い方をしてしまった。
頭でわかっていても、態度はなかなか改められない。
「童貞に利用価値はほぼないが、女はそうじゃないってこった」
「はぁ」
「ま、経験の有無は気にすんな。言ったろ、俺が指導役だって。ちゃんとひと月で仕上げてやるよ」
フォウは不自然に明るく言い、親指で自分を指し示した。
「しどう、しあげる……?」
リヤーナは噛んで含めるように一文字一文字しっかりと発音する。何か薄い膜のようなものが邪魔をして、フォウの発言の意味をうまく理解できなかった。
しかし、突如として天啓のごとくリヤーナの脳裏にある映像が浮かぶ。
水晶パネルに映っていた動画だ。見知らぬ男女だったものが、フォウとリヤーナにすり替わる。
「は……えっ……私、先輩、先輩と私が、私が、先輩? 先輩が私?」
じんじんと腫れあがったように頬が熱くなった。リヤーナはたまらず手のひらを押し付ける。冷たかったのは一瞬で、あっという間に手にも熱が移ってしまう。
「何言ってんだ。大丈夫か?」
フォウは訝しげな顔をし、リヤーナの目の前で手を振った。
(早く答えないと、変なところだけ勘の良い先輩に悟られる)
とリヤーナは思えど、口も舌も上手くまわらない。音にならなかった言葉で唇がわなわなと震える。
せいぜい妹くらいにしか見られていなかった自分が、フォウと触れ合えるのは正直なところ嬉しい。フォウにとってあくまでも仕事としての行為であり、そこになんの感情もなかったとしても。
だが準備期間が終われば、任務のためにバクラム伯のもとに赴かなければならない。身も蓋もない言い方をすれば抱かれに行くのだ。
(どうして指導役なんて引き受けたんですか? どんな気持ちで他の男のところに送り出すんですか? 先輩にとって、ただの仕事の一つに過ぎませんか……?)
リヤーナの視界が滲んだ。鼻の奥がつんと痛む。涙が出るのは熱に由来するものだと思いたかった。
僻地での重労働のほうがまだマシだったかもしれない。リヤーナの気持ちを知ったうえでこんな任務を課すなんて最低な組織だ。罰として充分すぎる。
「リィ! 本当にどうした? 具合悪いのか?」
異変を察したフォウはリヤーナの額に手を当てた。触診をするように首や顎下にも触れる。
リヤーナは嗚咽を飲み込み、首を横に振る。これ以上情けないところを見られないように、フォウの胸に顔をうずめた。
リヤーナは空気を読まずにつっこんだ。真面目な話をしている最中に「殺す」と「転がす」を掛けるのはお粗末が過ぎる。
「ボスがそう言ってたんだ! 文句なら直接ボスに言え!」
顔を赤くしたフォウは飛びのくようにリヤーナから離れ、おぼつかない手つきで煙草を取り出した。火をつけるの三度失敗し、やっとついたかと思えば煙を吸い込みすぎてゴホゴホとむせる。
「そんなに動揺しなくても。お水持って来ましょうか」
さすがに申し訳なくなったリヤーナは席を立つ。
「いい、大丈夫だ。ありがとう」
フォウはいがらっぽい咳をしながら手振りでリヤーナを制止した。
「挽回のためにお前に課せられたのは、バクラム伯の篭絡だ。架空の経歴を作るため、任務開始まではひと月の猶予がある。その間、俺が指導役としてつくことになった」
改めて任務内容を告げると、フォウはゆっくりと煙を吸い込んだ。煙草の先端がかすかに爆ぜて赤く発光する。
(篭絡する、だけ?)
先の任務で失態を演じた罰だ、と聞かされていたリヤーナは肩透かしを食らった気分になる。僻地に送られ、寝る間もないほど過酷な任務をさせられるのだと思っていた。
(でも色仕掛けなんてどうやってやるの? さっきの動画みたいなこと? あんなことを私がやるの? 私が?)
見知らぬ男の上に全裸でまたがる自分の姿を想像してしまい、リヤーナは急速に血がのぼるのがわかった。ずきずきと頭が痛む。
「……先輩、その、質問というか、相談なんですが」
リヤーナは左手でこめかみを押さえ、右手を控えめに挙げた。
「なんだ?」
「本当は死ぬほど言いたくないんですけど、このままだと任務にとてつもなく支障があるのでお伝えするんですが……」
続く言葉をなかなか発することができず、リヤーナは手のひらを擦り合わせたり組んだりしてしまう。
ちらりとフォウの方を窺うと、人差し指で軽く煙草を叩き、灰皿に灰を落としてた。
なんてことない動きなのに、つぶさに見入ってしまう。全体的に節の目立たない女性的でしなやかな指だが、手首は骨っぽくしっかりとしている。
「リィ?」
フォウが顔を上げ、促すように名前を呼んだ。
「あっ、ごめんなさい……えっと、私……その手の経験が、あまりなくて……いや、あまりっていうか、ほとんどっていうか、全然っていうか……」
「知ってる」
フォウは事もなさげに紫煙を細長く吐き出した。
「なんで知ってるんですか!?」
リヤーナは自分の身体を掻き抱く。
恥を忍んで伝えたことが一蹴されたうえに、すでに筒抜けだった。軽い怒りすら覚える。
「別にお前のプライベートを覗き見たわけじゃねえよ。お前みたいな間の抜けたやつに男作ってる余裕なんてないだろ」
ほぼ100%フォウの言った通りであるため、リヤーナに反論の余地はなかった。しかし事実とはいえ腹は立つ。
「じゃあ、とても仕事のできる先輩にはいくらでも女を作ってる余裕があるんですね」
可愛げのない自分に嫌気が差しつつ、リヤーナは嫌味をぶつけた。
なんとか生き残ってはいるもののうだつの上がらない自分とは違い、フォウは組織内でも指折りの暗殺者だ。変装を得意とし、老若男女問わず姿を変えられるため標的を問わない。
「トゲのある言い方すんなって」
「否定しないんですね」
「上から慣らせって言われてるんだから仕方ないだろ。暗殺者がハニトラに引っかかったら目も当てられない」
フォウは前髪を掻きあげ、視線を逸らした。
言外に意味するところを感じ取ってしまい、リヤーナは胸のあたりがもやもやとする。
あんなこと言わなければよかった。感情を言葉や顔にすぐ出してしまうなんて、子供っぽいと思われても仕方ない。
「私はそんなの言われたことないです」
リヤーナは拗ねたような言い方をしてしまった。
頭でわかっていても、態度はなかなか改められない。
「童貞に利用価値はほぼないが、女はそうじゃないってこった」
「はぁ」
「ま、経験の有無は気にすんな。言ったろ、俺が指導役だって。ちゃんとひと月で仕上げてやるよ」
フォウは不自然に明るく言い、親指で自分を指し示した。
「しどう、しあげる……?」
リヤーナは噛んで含めるように一文字一文字しっかりと発音する。何か薄い膜のようなものが邪魔をして、フォウの発言の意味をうまく理解できなかった。
しかし、突如として天啓のごとくリヤーナの脳裏にある映像が浮かぶ。
水晶パネルに映っていた動画だ。見知らぬ男女だったものが、フォウとリヤーナにすり替わる。
「は……えっ……私、先輩、先輩と私が、私が、先輩? 先輩が私?」
じんじんと腫れあがったように頬が熱くなった。リヤーナはたまらず手のひらを押し付ける。冷たかったのは一瞬で、あっという間に手にも熱が移ってしまう。
「何言ってんだ。大丈夫か?」
フォウは訝しげな顔をし、リヤーナの目の前で手を振った。
(早く答えないと、変なところだけ勘の良い先輩に悟られる)
とリヤーナは思えど、口も舌も上手くまわらない。音にならなかった言葉で唇がわなわなと震える。
せいぜい妹くらいにしか見られていなかった自分が、フォウと触れ合えるのは正直なところ嬉しい。フォウにとってあくまでも仕事としての行為であり、そこになんの感情もなかったとしても。
だが準備期間が終われば、任務のためにバクラム伯のもとに赴かなければならない。身も蓋もない言い方をすれば抱かれに行くのだ。
(どうして指導役なんて引き受けたんですか? どんな気持ちで他の男のところに送り出すんですか? 先輩にとって、ただの仕事の一つに過ぎませんか……?)
リヤーナの視界が滲んだ。鼻の奥がつんと痛む。涙が出るのは熱に由来するものだと思いたかった。
僻地での重労働のほうがまだマシだったかもしれない。リヤーナの気持ちを知ったうえでこんな任務を課すなんて最低な組織だ。罰として充分すぎる。
「リィ! 本当にどうした? 具合悪いのか?」
異変を察したフォウはリヤーナの額に手を当てた。触診をするように首や顎下にも触れる。
リヤーナは嗚咽を飲み込み、首を横に振る。これ以上情けないところを見られないように、フォウの胸に顔をうずめた。
0
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
最強魔術師の歪んだ初恋
黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。
けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?
世話焼き幼馴染と離れるのが辛いので自分から離れることにしました
小村辰馬
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、エリス・カーマインに転生した。
幼馴染であるアーロンの傍にに居続けると、追放エンドを迎えてしまうのに、原作では俺様だった彼の世話焼きな一面を開花させてしまい、居心地の良い彼のそばを離れるのが辛くなってしまう。
ならば彼の代わりに男友達を作ろうと画策するがーー
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる