暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第2章 指導編 一週目

2-9 ちゃんとできるところを、見せないと

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「フォウ先輩のほうこそ、どうして指導役を引き受けたんですか」

 リヤーナはずっと聞きそびれていたことを尋ねた。
 正確には聞く勇気がなかったことだ。
 もちろん「上から命令されたから」だというのは想像がつくが、気持ちの部分を知りたかった。

「……適性があって、ちょうど身体があいていたのが俺だった。それだけだろう」

 フォウは視線を逸らし、空のカップを指先で弄ぶ。

「私が知りたいのは、任務が下された理由ではなくて、どうして先輩が引き受けたかです」

 リヤーナは気持ち強めに問い詰める。フォウが答えた時の不自然な間が気になった。

「……守秘義務に抵触する」

 フォウは組織内でのお決まりの文言を口にした。
 ようするに言いたくない、もしくは詮索されたくないようだ。守秘義務を持ちだされてはそれ以上詰められない。

「すまない。今は、言えない」

 絞り出したような声だった。うつむいているせいでフォウの表情は窺えない。

(そこまで言いにくい理由ってなんだろう)

 尋ねたことで余計に謎が深まってしまった。

(実は単発の任務じゃなくて、他にも連動する任務があるとか? それなら本当に守秘義務に抵触しそう。でもそういう風には見えない……まぁ、私の勘なんて当てになんないか)

 指導の合間を縫って、フォウが人を使って何かを調べさせているのは知っている。組織のエース級くらいになると、任務をいくつか掛け持ちすることもあるのかもしれない。

(私なんかの私情で、先輩に負担かけちゃダメだよね)

 セーフハウスでの指導生活が始まってからやや太ったリヤーナとは対照的に、フォウは少しずつやつれているようだった。疲労が顔に出ている。隈が濃い日も多い。実技指導の都合上、ほぼ毎日ベッドを共にしているせいで、よく眠れていないのかもしれない。

(もしかして先輩が言わないだけで、寝相悪かったりイビキがうるさかったりするのかな……)

 リヤーナは急に不安に襲われた。眠っている時の自分は確認もコントロールもできない。

(いっそ実技は昼にしてもらう? そうすれば夜寝る時は別々に……でも昼からあんなことするの!?)

 薄暗い照明の中だから耐えられている部分はおおいにある。フォウが最中にどんな顔をしているのか興味はあるが、それ以上に自分の顔を見られたくない。

「……頭抱えて何してんだ?」

 フォウに指摘され、リヤーナは思い悩むあまり態度にまで出てしまっていたことに気付く。

「えー……最近太っちゃったなーと思って」

 リヤーナは苦笑いを浮かべて取り繕う。

「太るような食生活を強いているからな。それを抜きにしても、腹の肉がつまめるくらいでちょうど良いよ。こっちのプレーンも美味いぞ。食べるか」

 フォウは食べかけのパイを差し出した。

「太ったって話してるのに……いただきまーす」

 リヤーナは不機嫌な顔をしてみせ、パイにかぶりついた。オレンジピール入りのクリームとは違い、こちらのほうがチーズの風味が強く、甘さが控えめでさっぱりとしている。

「餌付けしてるみたいだな」

 フォウは楽しげに目を細めた。

「しつけがなってないので、噛みつくかもしれませんよ」
「ウサギに噛まれたところで、どうということもないな」
「ウサギですか私? 大陸北部に住むヴォーパルバニーは人の首を前歯で切り落とすって話ですよ」

 リヤーナはウサギの耳に見立てて頭の上に手を置き、ぴょこぴょこと動かす。

「魔物とウサギを同列に語るやつがあるか」

 フォウは呆れた笑みを浮かべ、リヤーナの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「非合法な組織に与してるんですから、危険度としては似たようなものです」
「物騒なウサギだな。俺も寝首を掻かれないよう気を付けないと」
「先輩に危害を加えたりなんかしませんよ。よっぽどのことでもない限り」

「よっぽど、ね」

 引っかかる物言いだった。
 フォウには何か心当たりでもあるのか。
 リヤーナの目では、フォウの心の中は読み解けない。

「……やましいことでもありそうな雰囲気を感じるので、とりあえず先にひと噛みしておきましょうか?」
「お前は数秒前に自分が言ったことも覚えてられないのか」
「なんか言いましたっけ?」
「よっぽどのことがない限り俺に危害を加えない」
「『疑わしきは罰せよ』って孤児院で教わりました」
「同じ所で育ってんだから俺だって教わってるわ」

「じゃあ噛みますね」
「何が『じゃあ』なんだよ! 人の話聞いてたか!?」
「だって先輩、隠し事が多いんですもん」

 リヤーナは目線を下げ、足をぶらぶらと揺らす。
 フォウは押し黙り、自身の髪を撫でつけた。

(冗談っぽくでも、あんまり言わないほうがよかったかな)

 リヤーナは間を持たせるために、残っていたコーヒーに口を付ける。

「……リヤーナ」

 突然、愛称ではなく名前で呼ばれ、リヤーナは口に含んだコーヒーを吐き出しそうになった。

「な、なんですか」

 リヤーナは急いでコーヒーを飲み下し、平静を装う。

「今までに、組織から逃げようと思ったことはあるか」

 意図のわからない質問だった。
 フォウ相手といえど、うかつなことは言えない。

「一度でも思わなかった人はいないと思いますよ」

 リヤーナは慎重に言葉を選んだ。

 孤児院にいた時は、世界のすべてが孤児院内で完結していたが、組織に所属してからは違う。任務で外の世界を見る機会が増え、自分がいかに「普通」とかけ離れているかを思い知る。組織に残り続けているのは、基本的に「普通」を諦めた人間だ。

 リヤーナが組織に残っているのは、ひとえにフォウの存在があるからだ。
 普通よりもフォウがいるほうがいい。フォウがいないなら、普通はいらない。

「大丈夫ですよ、先輩。私逃げませんって。だって私が逃げたら、先輩が責任を取らされちゃうでしょ」

 リヤーナは笑顔を作り、できるだけ明るい声を出した。

(フォウ先輩は、私が不安定なのをなんとなく察してくれたのかも。もう一歩踏み込んで、私の気持ちまで見透かしてくれてたらよかったんだけど)

 おそらく、さっきの質問は任務に対する意欲の確認だった、とリヤーナは結論付ける。他に適切な理由がない。
 変装してまで外に連れ出してくれたりと、指導以外にもメンタルケアまでさせてしまって申し訳なくなった。

 リヤーナの返答に納得がいっていないのか、フォウは唇を引き結んでいる。視線は斜め下へと向けられ、リヤーナを見てはくれない。

「うまくやります。意外と要領は良いほうですよ、私」

 リヤーナは座ったまま進み寄り、フォウの胸元に手を置いた。たっぷりと時間をかけてフォウの顔を見上げる。

(ちゃんとできるところを、見せないと)

 フォウの髪を耳にかけ、そのまま流れで顎のラインに手を添えた。
 ぎりぎりまで相手の瞳をしっかりと見つめ、唇が触れる直前でゆっくりと目蓋を伏せる。

 いつもとは違い、コーヒーと香水の匂いがした。
 口紅で彩られた唇はしっとりとしており、フォウではない誰かとキスをしている錯覚に陥る。

(任務が終わった後も、フォウ先輩は今まで通り接してくれるかな)

 唇を舌先でなぞって誘い、開いた隙間にそっと忍び込ませる――リヤーナは手順を一つ一つ思い出しながら、昨晩のフォウの模倣をした。

(キスも、色んなこともしてるのに、先輩以外とも、するのに……『今まで通り』なんて、変なの)

 ため息が出てしまい、模倣が途切れる。

「考え事しながらだなんて、ずいぶん余裕だな」

 ぞっとするような低い声だった。
 リヤーナは思わず逃げ出したくなる。
 しかし、首の後ろを押さえつけられ、顔すら満足に動かせなかった。

「ご、ごめんなさい。ちょっと気になることがあって……」

 リヤーナは完全に委縮してしまう。

「目の前の俺よりも?」

 フォウは無表情で詰めてくる。声に抑揚がないのも恐ろしさに拍車をかける。

(目の前の俺よりもっていうか、目の前のフォウ先輩のことで考え事してたんですけど)

 正直に話せないのがもどかしかった。

「こんな生半可じゃなく、やるんだったらちゃんとやれよ」

 フォウは口を使って手袋を脱ぎ、爪の先をリヤーナの唇に押し当てる。

「今日は少し早いが、教えてやる――いえ、みっちり教えてあげるわ」

 濡れて鮮やかさの増したフォウの唇には、美しく酷薄な笑みが浮かんでいた。
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