暗殺任務失敗したのが組織にバレて、処女なのにハニトラさせられることになりました。密かに思ってた先輩がHの指導役とか聞いてません!

甘酒ぬぬ

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第2章 指導編 一週目

2-8 賞味期限切れてても毒は毒ですし

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「さっきのなんなんですかあれ!」

 周囲に人がいないことを確認してから、リヤーナは非難の声を上げた。

「意外とこのコーヒーも美味いな。経理のノエルさんが淹れてくれたやつと香りが似てるけど、同じ産地の豆でも使ってんのかな」

 路地裏に乱雑に置かれた木箱に座っているフォウは、白々しくカップを揺らしている。

「なんで公衆の面前であんなことするんですか! 私たち見かけ上は女同士ですよ! それともこれも指導の一環だとでも言うんですか!」

 リヤーナは肩を怒らせ、フォウの鼻先に指を突きつけた。

「男の俺の方が良かった?」

 フォウはにやっと歯を見せる。美女らしくない、いつもの意地悪なフォウの笑い方だった。

「そうやって矛先ずらして煙に巻く気でしょう。さすがにわかりますよ」

 リヤーナはジト目でフォウをにらみつつ、顔にクリームがつかないように注意深くパイをかじる。

 これまで何度も似たような論法ではぐらかされてきた。いい加減やられっぱなしというのも癇に障る。

「それじゃあ新しい言い訳を考えないとな」

 フォウはまったく動じることなくうそぶく。

「……私のことからかって楽しいですか」

 リヤーナはフォウの隣に腰を下ろし、膝を抱え込んだ。

「ええ、とっても」

 フォウは綺麗な三日月形に唇を吊り上げた。
 リヤーナは眉根を寄せ、やけくそ気味にパイを咀嚼する。

「そんな食い方して喉に詰まらせんなよ」

 フォウはドリンクホルダーからカップをはずし、リヤーナに差し出す。

「お気遣いありがとうございます大丈夫ですいただきます」

 抑揚なく礼を言い、リヤーナは受け取ったコーヒーに口を付けた。
 苦味と酸味のバランスが良く、クセのないコーヒーは、確かに甘いクリームのパイによく合った。フルーティでナッツにも似た香りが鼻から抜け、波立ったリヤーナの心を慰撫してくれる。

「はー、おいし」

 ひと息つくと、勝手に顔が綻んだ。
 フォウがこっそりと肩を震わせているのがリヤーナの視界の端に入る。

「あ、『食べ物で機嫌が治るなんて子供っぽいな』って思ったでしょう」
「リィは可愛いよ」

 フォウの声が不規則に揺れる。隠すつもりがないのか、笑いをかみ殺しきれていない。

「そうです。今日の私は先輩のおかげで可愛いんです」

 リヤーナは顎をしゃくり、横柄な態度を取ってみせた。
 フォウは一瞬だけ目を見開き、すぐに破顔した。

「ああ、そうだな。まだまだ、夫を腹上死させる未亡人には見えないけどな」
「そんなの見た目でわかったら怖いし嫌ですよ」
「それもそうか」

 肩をすくめると、フォウは胸元に手をやった。すぐに何かを思い出したかのように手を下ろす。
 煙草を探していたのだと、リヤーナは仕草でわかった。たいてい胸か腰のポケットにしまっている。

 商業区の大通りから少し離れ、路地に入っただけで喧騒が遠い。人通りもなく、二人だけで取り残されている錯覚に陥る。
 心細さから、リヤーナは座り直すついでにわずかにフォウとの距離を詰めた。

 フォウはカップの底に残ったコーヒーの水面を見つめている。
 いつもよりまつ毛の長い横顔は物憂げで、頬に落ちる影すら計算されている気がした。夫を腹上死させたかどうかは別として、薄幸の未亡人感はある。

(こういう感じを目指さないといけないのかぁ)

「真剣に俺の顔を見ているようだが、穴でもあけるつもりか」

 フォウは金茶の瞳だけを動かしてリヤーナを見た。
 お手本になるくらい色っぽい流し目だった。
 やましいことなど何ひとつないはずなのに、リヤーナはどきっとしてしまう。

「えっと、その、先輩から未亡人感を学ぼうと思って」

 リヤーナは作り笑いでごまかす。
 ただ先輩のこと見つめてました、と素直に言えるほど強心臓ではなかった。

「勉強熱心でよろしい」

 フォウは芝居がかった口調で言い、リヤーナの頭にぽんと手を置く。
 今日のフォウは手袋をはめているため、撫でられた感覚が少しだけ冷たく、遠かった。

「ずっと気になってたんだが、前の任務で何をやらかしたんだ」

 リヤーナの頭に手を乗せたまま、フォウはおもむろに尋ねた。

「あー……それ、聞いちゃいます?」

 気まずさから、リヤーナの目が勝手に泳いでしまう。

「罰という形で別の任務を宛がわれた、なんて今まで聞いたことがない。しかもボスから直々のお達しだ」
「まぁ、気になりますよね」

 リヤーナ自身、最初は「いつもの失敗の内の一つ」くらいに考えていた。失敗による減給は何度も経験している。今回も同程度の罰則だと軽んじるところがあった。

 その侮りを見透かされていたのかもしれない。

『先の失態の罰としてある任務につかせる。内容については追って沙汰する。それまでは第八セーフハウスで待機しているように』と告げられた時の絶望は記憶に新しい。
 どんな僻地に飛ばされ、どんな過酷な任務に従事しなければならないのか――一人で心細くセーフハウスで待っている所に現れたのがフォウだった。

「実は……」
「実は?」

「ターゲットを毒殺する予定だったんですが、毒薬の賞味期限が切れていたせいか想定外の効果が出てしまったんです。食事に混ぜた毒をターゲットが摂取した直後、突然服を脱ぎ始めて、近くにいた彼の子分と……なんていうかアレなことをし始めちゃって。で、それがよっぽどショックだったのか、結果としてターゲットは寝込んで再起不能になりました」

 リヤーナは当時のことを思い出し、目頭を押さえた。まさに目を覆うような光景で、とても見ていられなかった。

「でも再起不能にしたことは評価してもらえました。あと、実は子分さんがターゲットに密かに思いを寄せていて、思わぬ形で本懐を遂げられたと喜んでました! 『失敗はともかく、オチとしてはそこそこ面白い』ってハサン様も言ってましたし」
「もう一回孤児院からやり直せ」

 フォウは人差し指をぐりぐりとリヤーナの額に押し付けた。

「うぅ、それ地味に痛いです先輩……」
「ツッコミどころが多すぎる。賞味期限が切れた毒ってなんなんだよ」
「賞味期限切れてても毒は毒ですし、身体に悪いことには変わりないかなーと」

 リヤーナは手を擦り合わせ、フォウの顔色を窺いながら答える。

 効果が変質した毒については、「これはこれで利用価値がある」と組織の薬品化学部門から褒められ、保存状況の詳細なレポートの提出を求められた。

「そもそも食いモンじゃねえんだから『賞味』期限じゃないだろ」
「でも経口摂取で効果を発揮する毒ですよ。ほぼ食べ物じゃないですか」
「お前そんな感じでよく今までやってこれたな……」
「悪運は強いので!」
「そんなことで威張るな」

 リヤーナは再び額をつつかれた。

「だが、そうか。話を聞く限り完全に失敗ってわけでもなさそうだな。とすると、やっぱり俺のせいか――」

 フォウは腕組みをし、何事かを独り言ちながらうつむく。後半の方はほとんどリヤーナには聞き取れなかった。
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