41 / 63
第3章 指導編 最終日
3-7 今日は煙草の匂い、しないですね
寝室でひとり落ち着かないリヤーナは、何度も何度も鏡台を覗き込んだ。
鏡に映る自分を確かめ、髪の乱れを執拗に直す。何回もやりすぎて、もはや髪の毛一本を撫でつけるくらいしかやることがない。
お風呂で髪の染料を落とし、皮膚がふやけるくらい入念に身体を洗い、化粧品で肌を整え、ボディオイルもしっかりと全身に塗り込んだ。
(最初の時くらい緊張する……)
リヤーナは目を伏せ、自分の身体に腕をまわす。
あの夜と違って、今着ているのは常識的なデザインのネグリジェだ。
どうせ脱がされるから大差ないんだけど、と思ってしまうくらい、当時とは考え方が変わった。それくらい、フォウとの行為を重ねてきてしまった。
がちゃっ、と心臓に悪い音を立てて部屋のドアが開かれる。
「待たせたか?」
部屋の中に入ってきたフォウは、これといっていつもと変わらない様子だった。
無造作に束ねられた、艶やかで夜空に似た黒髪。威圧感の中に優しさを隠した切れ長の瞳。余裕と自信をたたえた口元。
ずっと恋焦がれてきた男の顔だ。
「大丈夫です。ちょうど髪の毛乾かしたかったですし」
リヤーナは首を横に振り、髪を持ちあげて見せた。指の間から、さらさらと滞りなく髪が滑り落ちる。
「うん。やっぱりこの色が一番リィに似合うな」
フォウは柔らかく微笑み、リヤーナの亜麻色の髪を撫でた。
大きな手の感触と温かさが気持ち良い。
こうやって、笑って頭を撫でてくれるだけで良かったのに。今はもうそれだけじゃ足りない。
(もう、すぐ感傷的になっちゃう。ダメだな)
性懲りもなく内省をしていると、ふとリヤーナの目にクローゼットが留まった。何の変哲もないクローゼットだ。中身以外は。
リヤーナの中で、ちょっとした悪戯心が芽生える。
元々悪戯は好きだ。
フォウからは「間の抜けた天然」だと思われている節があるが、実際には七割八割くらいは意図的に空気を崩しにいっている。
「あの、先輩……」
リヤーナは遠慮がちにフォウの服の袖を引っ張った。そのままクローゼットの所まで連れていく。
「ん?」
「先輩は……どの衣装が好きですか!」
クローゼットの戸を大きく開け放った。
初めての「指導」の後以降、このクローゼットに触っていないため、収納されている衣服のラインナップは変わっていない。中には相変わらず、眉をひそめたくなるような過激な下着や、ニッチでフェティッシュな衣装がたくさん詰まっていた。
「は?」
という一言で疑問を呈し、フォウは唖然とした表情でリヤーナを見遣る。
「今日は指導抜きなので、恥ずかしがらずに性癖を暴露していいんですよ、先輩!」
リヤーナは真剣な表情を作り、ぐっと拳を握り込んだ。
指導期間の切り上げを聞かされてからというもの、ずっと湿っぽい雰囲気が付きまとっていた。払拭、とまでいかなくとも、少しでも嫌な空気を追い払いたかった。道化を演じることで、緊張を隠したかった。フォウに屈託なく笑ってほしかった。
「どれもこれも俺の趣味じゃねえよ!」
フォウは叩きつけるようにクローゼットを閉める。
「えー」
「全部頭の湧いたボスの趣味だ!」
「とか言って、本当は一、二着くらい自分の趣味を紛れ込ませてるんじゃないんですか?」
リヤーナはにやにやと笑い、フォウの脇腹をつつく。
「お前は俺のことなんだと思ってるんだ!」
「むっつりすけべ」
「俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ。買ってやる」
フォウの目が剣呑に据わる。
「うそうそ! 冗談です!」
リヤーナは手と首を振り、跳ねるようにベッドに逃げた。
フォウは両手を広げて指を曲げ、がおーっと獣を真似て飛びかかる。子供のように他愛なくじゃれ合い、笑い合う。
「ハサン様の趣味ってことは、ノエルさんに着せたりするんですかね、あれ」
リヤーナは仰向けになり、息を整えながら尋ねた。
経理のノエルは、女性から見ても憧れるくらいスタイルの良い美女だ。足の長さを生かせるボディスーツなど、きっと様になる。
「やっぱりあそこ出来てるのか」
寝転んでいるフォウはベッドの上で頬杖をついた。
「だと思いますよ。ハサン様とそれ以外の人を見る目が違いますもん」
「そうなのか? クール系の美人って印象しかないが」
「ハサン様を見ている時は、ちょっとだけ柔らかい雰囲気になりますよ」
好きな人を見つめるノエルの横顔を思い出し、リヤーナは思わず口元が綻ぶ。
いつも慇懃で事務的なノエルの表情の変化を見つけた時は、少し嬉しくなった。優秀でスタイルも良くて、自分と同じ人間だとは思えないくらい違うのに、誰かを恋い慕う気持ちは変わらない。
「ふーん。そういう女の細かいところとか全然わかんないな」
フォウは眉間にしわを寄せ、首を傾ける。
「えー、変装の達人なのに?」
「女装で長期間潜入することはないからな。女装する時は男がターゲットの場合がほとんどだし、男に伝わらない細かい要素まで真似る必要性は低い」
「まぁ先輩くらいメイクが上手だったら、多少のことは見過ごしちゃうかもしれないですね」
以前に見た女装姿のフォウは、本物の女性よりも女性らしかった。下手をすれば、リヤーナでもフォウであることに気付けないかもしれない。
「とはいえ、潜入先で女に怪しまれたり気取られたりしたら終わりだ。女は異物に対して敏感だからな。理論じゃなくて勘で見抜いてくる」
(だから気付いてくれなかったのかな)
小さなトゲくらいの痛みが、ちくりとリヤーナの胸を刺す。
リヤーナは意識して息を吐き出し、フォウに身体を寄せた。
「……今日は煙草の匂い、しないですね」
フォウの首元に顔を近付ける。煙草でも香水でもない、フォウ自身の匂いがした。
「任務に備えないといけないからな」
平坦な声だった。
急に突き放されたように感じるのは、被害妄想だろうか。
フォウにも次の仕事があるのは当然だ。組織内でも指折りの腕利きなのだから、名指しの依頼だって舞い込む。
(この生活に終わりが近いこと、フォウ先輩はどう思ってるんだろう)
リヤーナはじっとフォウを見つめる。
視線に気付いたフォウは、一瞬だけ目を逸らした。しかし、すぐにいつもの余裕のある笑みを浮かべ、リヤーナの頭に長いキスをした。同時に、後頭部をゆったりと撫で下ろす。
目蓋を閉じると、うっかり眠りに落ちてしまいそうなほど心地良く、穏やかだ。
「……これじゃ本当に、抱いてるだけ、ですよ」
リヤーナは強がってみせようとしたが、声が震えてしまった。
「言うようになったな」
感心半分呆れ半分といった言い方をし、フォウはリヤーナの手を取った。手のひらを重ね合わせ、指を絡めて握り込む。
「小さな手だ」
フォウはどこか寂しげに呟き、握ったままの手を自分の口元に運んだ。指先から手首まで、手の形をなぞるように唇を落としていく。
これまでのような、欲望を掻き立てる触れ方ではなかった。
それなのに、リヤーナはうっとりとため息をついてしまう。心が切なく締め付けられて、甘くもどかしい。
(『指導役としてじゃなく』ってお願いしたのは私だけど、なんの感情もない相手に、こんな、慈しむような触り方できるんですか……?)
リヤーナの胸に疑問が浮かぶ。
もう何個目だろう。
フォウの真意が、気持ちがわからなくて、吐き出せなかった疑問が心の中に数えきれないほど堆積している。
聞きたいけど怖い。
納得したいけど傷付きたくない。
けれど、全部なかったことにして終わるのは、やっぱり嫌だ。
鏡に映る自分を確かめ、髪の乱れを執拗に直す。何回もやりすぎて、もはや髪の毛一本を撫でつけるくらいしかやることがない。
お風呂で髪の染料を落とし、皮膚がふやけるくらい入念に身体を洗い、化粧品で肌を整え、ボディオイルもしっかりと全身に塗り込んだ。
(最初の時くらい緊張する……)
リヤーナは目を伏せ、自分の身体に腕をまわす。
あの夜と違って、今着ているのは常識的なデザインのネグリジェだ。
どうせ脱がされるから大差ないんだけど、と思ってしまうくらい、当時とは考え方が変わった。それくらい、フォウとの行為を重ねてきてしまった。
がちゃっ、と心臓に悪い音を立てて部屋のドアが開かれる。
「待たせたか?」
部屋の中に入ってきたフォウは、これといっていつもと変わらない様子だった。
無造作に束ねられた、艶やかで夜空に似た黒髪。威圧感の中に優しさを隠した切れ長の瞳。余裕と自信をたたえた口元。
ずっと恋焦がれてきた男の顔だ。
「大丈夫です。ちょうど髪の毛乾かしたかったですし」
リヤーナは首を横に振り、髪を持ちあげて見せた。指の間から、さらさらと滞りなく髪が滑り落ちる。
「うん。やっぱりこの色が一番リィに似合うな」
フォウは柔らかく微笑み、リヤーナの亜麻色の髪を撫でた。
大きな手の感触と温かさが気持ち良い。
こうやって、笑って頭を撫でてくれるだけで良かったのに。今はもうそれだけじゃ足りない。
(もう、すぐ感傷的になっちゃう。ダメだな)
性懲りもなく内省をしていると、ふとリヤーナの目にクローゼットが留まった。何の変哲もないクローゼットだ。中身以外は。
リヤーナの中で、ちょっとした悪戯心が芽生える。
元々悪戯は好きだ。
フォウからは「間の抜けた天然」だと思われている節があるが、実際には七割八割くらいは意図的に空気を崩しにいっている。
「あの、先輩……」
リヤーナは遠慮がちにフォウの服の袖を引っ張った。そのままクローゼットの所まで連れていく。
「ん?」
「先輩は……どの衣装が好きですか!」
クローゼットの戸を大きく開け放った。
初めての「指導」の後以降、このクローゼットに触っていないため、収納されている衣服のラインナップは変わっていない。中には相変わらず、眉をひそめたくなるような過激な下着や、ニッチでフェティッシュな衣装がたくさん詰まっていた。
「は?」
という一言で疑問を呈し、フォウは唖然とした表情でリヤーナを見遣る。
「今日は指導抜きなので、恥ずかしがらずに性癖を暴露していいんですよ、先輩!」
リヤーナは真剣な表情を作り、ぐっと拳を握り込んだ。
指導期間の切り上げを聞かされてからというもの、ずっと湿っぽい雰囲気が付きまとっていた。払拭、とまでいかなくとも、少しでも嫌な空気を追い払いたかった。道化を演じることで、緊張を隠したかった。フォウに屈託なく笑ってほしかった。
「どれもこれも俺の趣味じゃねえよ!」
フォウは叩きつけるようにクローゼットを閉める。
「えー」
「全部頭の湧いたボスの趣味だ!」
「とか言って、本当は一、二着くらい自分の趣味を紛れ込ませてるんじゃないんですか?」
リヤーナはにやにやと笑い、フォウの脇腹をつつく。
「お前は俺のことなんだと思ってるんだ!」
「むっつりすけべ」
「俺に喧嘩を売るとはいい度胸だ。買ってやる」
フォウの目が剣呑に据わる。
「うそうそ! 冗談です!」
リヤーナは手と首を振り、跳ねるようにベッドに逃げた。
フォウは両手を広げて指を曲げ、がおーっと獣を真似て飛びかかる。子供のように他愛なくじゃれ合い、笑い合う。
「ハサン様の趣味ってことは、ノエルさんに着せたりするんですかね、あれ」
リヤーナは仰向けになり、息を整えながら尋ねた。
経理のノエルは、女性から見ても憧れるくらいスタイルの良い美女だ。足の長さを生かせるボディスーツなど、きっと様になる。
「やっぱりあそこ出来てるのか」
寝転んでいるフォウはベッドの上で頬杖をついた。
「だと思いますよ。ハサン様とそれ以外の人を見る目が違いますもん」
「そうなのか? クール系の美人って印象しかないが」
「ハサン様を見ている時は、ちょっとだけ柔らかい雰囲気になりますよ」
好きな人を見つめるノエルの横顔を思い出し、リヤーナは思わず口元が綻ぶ。
いつも慇懃で事務的なノエルの表情の変化を見つけた時は、少し嬉しくなった。優秀でスタイルも良くて、自分と同じ人間だとは思えないくらい違うのに、誰かを恋い慕う気持ちは変わらない。
「ふーん。そういう女の細かいところとか全然わかんないな」
フォウは眉間にしわを寄せ、首を傾ける。
「えー、変装の達人なのに?」
「女装で長期間潜入することはないからな。女装する時は男がターゲットの場合がほとんどだし、男に伝わらない細かい要素まで真似る必要性は低い」
「まぁ先輩くらいメイクが上手だったら、多少のことは見過ごしちゃうかもしれないですね」
以前に見た女装姿のフォウは、本物の女性よりも女性らしかった。下手をすれば、リヤーナでもフォウであることに気付けないかもしれない。
「とはいえ、潜入先で女に怪しまれたり気取られたりしたら終わりだ。女は異物に対して敏感だからな。理論じゃなくて勘で見抜いてくる」
(だから気付いてくれなかったのかな)
小さなトゲくらいの痛みが、ちくりとリヤーナの胸を刺す。
リヤーナは意識して息を吐き出し、フォウに身体を寄せた。
「……今日は煙草の匂い、しないですね」
フォウの首元に顔を近付ける。煙草でも香水でもない、フォウ自身の匂いがした。
「任務に備えないといけないからな」
平坦な声だった。
急に突き放されたように感じるのは、被害妄想だろうか。
フォウにも次の仕事があるのは当然だ。組織内でも指折りの腕利きなのだから、名指しの依頼だって舞い込む。
(この生活に終わりが近いこと、フォウ先輩はどう思ってるんだろう)
リヤーナはじっとフォウを見つめる。
視線に気付いたフォウは、一瞬だけ目を逸らした。しかし、すぐにいつもの余裕のある笑みを浮かべ、リヤーナの頭に長いキスをした。同時に、後頭部をゆったりと撫で下ろす。
目蓋を閉じると、うっかり眠りに落ちてしまいそうなほど心地良く、穏やかだ。
「……これじゃ本当に、抱いてるだけ、ですよ」
リヤーナは強がってみせようとしたが、声が震えてしまった。
「言うようになったな」
感心半分呆れ半分といった言い方をし、フォウはリヤーナの手を取った。手のひらを重ね合わせ、指を絡めて握り込む。
「小さな手だ」
フォウはどこか寂しげに呟き、握ったままの手を自分の口元に運んだ。指先から手首まで、手の形をなぞるように唇を落としていく。
これまでのような、欲望を掻き立てる触れ方ではなかった。
それなのに、リヤーナはうっとりとため息をついてしまう。心が切なく締め付けられて、甘くもどかしい。
(『指導役としてじゃなく』ってお願いしたのは私だけど、なんの感情もない相手に、こんな、慈しむような触り方できるんですか……?)
リヤーナの胸に疑問が浮かぶ。
もう何個目だろう。
フォウの真意が、気持ちがわからなくて、吐き出せなかった疑問が心の中に数えきれないほど堆積している。
聞きたいけど怖い。
納得したいけど傷付きたくない。
けれど、全部なかったことにして終わるのは、やっぱり嫌だ。
あなたにおすすめの小説
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった
くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。
血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。
夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。
「……涼介くん」
薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。
逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。
夜、来て。
その一言が——涼介の、全部を壊した。
甘くて、苦しくて、止まれない。
これは、ある夏の、秘密の話。