Tycoon1-呪われた王女は逆ハーよりも魔女討伐に専念したい-

甘酒ぬぬ

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第四章 蛇神アイゼン

4-10 静寂の朝

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 何かの音が鼓膜を突き抜ける。

 最近、気持ち良く目覚められたことがないなと思いつつ、サヴィトリは上体を起こした。
 打ちつけた背中がまだ痛むが、動作に支障はない。
 サヴィトリは左手中指にしているターコイズの指輪をはずし、もう一度はめなおした。
 ちゃんと呪いは解けている。
 何かが絡みついているような違和感があるが、長く呪いにかかっていたせいだろう。意外と繊細な性質だったのかもしれない。

 外を見てみると若干の霧が立ちこめていた。少し薄暗い。
 時計は五時二十七分をさしていた。二度寝をするべきかどうか迷う。うっかり寝すぎるとカイラシュが起こしにやってくる。
 今日は朝食を取ってからヴァルナ村を出発し、ヴァルナ砦を目指す。
 おそらく、もう二度とヴァルナ村を訪れることはないだろう。また棘の魔女に呪いでもかけられたら別だが。

(見納めに散歩でもしてこよう)

 サヴィトリは軽く伸びをして身体をほぐし、外へとむかった。

 村長の家を出ると、まず肌寒さにぶるりと震えた。何か上着を持ってくるべきだったかもしれない。
 腕をさすりながら息を吸いこむと、冷たく清浄な朝の空気が肺に染みた。それだけで気分が引き締まる。

(王城に戻れば、ゆくゆくは私がクベラの王タイクーン、か。つくづく実感の湧かない話だ)

 足のむくまま、サヴィトリは村の中を散策する。
 見て興味を引くようなものは何もない。それが逆に、取り留めのないことを考えるにはちょうどよかった。

(母は、今の私を見たらどう思うのだろう。私を生んですぐに亡くなった、タイクーンの側室。蛮族と差別されたヴァルナ族。どうして、私は生まれたんだ?)

 思考が出口のない迷路に落ちこみかけた瞬間、嫌な匂いが微風によって運ばれてきた。
 鉄錆、血の匂い。
 サヴィトリはすぐさま指輪にくちづけ、氷の弓を構える。争いの気配はどこにもないが、用心するに越したことはない。
 血の匂いがする方へ、ゆっくりと歩いていく。
 霧のせいで視界が悪く、なかなか足を進められない。

「……ぁ……う、ぅ……か……」

 人のうめき声が聞こえる。
 サヴィトリは思わず声の方に駆け出した。
 もしこれが罠だったら諦めよう。

「大丈夫か!?」

 村の入り口近くに一人の若い男が倒れていた。
 ジェイが身に着けているのと似た軽鎧姿で、いたる所が赤黒く汚れている。
 右手に握られた抜身の剣は、真新しいにもかかわらずひどい刃こぼれで、よほど激しい戦いがあったのだと推測される。
 しかし何よりサヴィトリの目を引いたのは、男の左肩から腕にかけて巻きつく半透明の棘だった。
 生きているかのように脈打ち、今もなお男の腕を締めあげている。

「あ……あ、あなたは、確か……ヴィクラム、さ、ま、の……」

 サヴィトリに気付き、虚ろだった男の瞳に光が宿った。剣を杖代わりにしてふらふらと立ちあがる。

「無理をするな。まずは手当てを。詳しい話はそれからだ」

 サヴィトリは肩を貸し、男を支えるようにして歩く。
 こういう時、自分の非力さに腹が立つ。
 ヴィクラムほど力があれば、もっと早く連れて行けるだろうし、ナーレンダのように回復術を使えれば、早く痛みを取り除いてあげられる。

「どうか、ヴィクラム様に、至急、お取次ぎを……! ヴァルナ、とり、でっ、が……」

 男は咳きこみ、鮮やかな血を吐いた。
 肺をやられているのかもしれない。あまり喋らせないほうがいい。

「無理に喋るな。すぐにヴィクラムを呼ぶ。その時にあなたが喋れなくては意味がないだろう」

 村長の家までがひどく遠い。
 どうしてこういう時に限ってカイラシュは現れないのか。

 男は口の中に残った血を吐き出し、口元をぬぐった。言葉を紡ぐために呼吸を整える。
 サヴィトリの静止など、耳に入っていない。

 男は、しっかりとした口調でこう伝えた。

 ヴァルナ砦が、棘の魔女によって、陥落しました――
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