ヤケクソ結婚相談所

夢 餡子

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第1話

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土曜日の朝。
彩は自宅のキッチンで、少し緊張を覚えながら、牛丼とうどんとカレーライスを食べていた。
いつもの朝食なら、これにデザートのバナナもつけるところだが……今日は大事な結婚相談所の初訪問日。控えておこう。

「あら、彩。今日は小食ね」

彩と同様に、かなり太った母親の恵子けいこが怪訝な目を向けた。
太るのは遺伝のせいなんだ。だからどうしようもない。そう、彩は思っている。

「うん。今日はこれから、結婚相談所へ行くんだ」

彩がそう言うと、母親は目を丸くする。

「えっ! 結婚相談所!? あんた、やっと結婚する気になったの!?」
「うん、まあね」
「ちょっと大変! お父さん、お父さん!」

母親が大声で呼ぶと、隣のリビングでテレビを観ていた父親であるたかしが、ふらふらとやってきた。
彩の父親は、彩や母親とは違い、かなり痩せこけている。まるで一家全ての栄養を、吸い取られてしまったかのようだ。

「何だ、母さん」
「彩が、結婚相談所に行くんだって!」
「ふうん、そうか」

父親は、あまり興味なさそうに返事する。
いつもこんな感じだ。家では口数が少なく、家族のことに、いや世の全てに対して興味がないように見える。

「ちょっと、お父さん! もう少し驚いたら? 彩がやっと家を出る決心をしたの! 重い腰を上げたのよ!」
「……そりゃ、太ってるから腰も重いだろうよ(ボソッ)」
「えっ、なんか言いました?」
「いや、なんでもない……まあ、彩。頑張りなさい」

それだけ言うと、ふたたびリビングに戻っていく。

「まったくもう、お父さんたら! もっと彩の幸せを考えてあげてもいいのに!」
「まあまあ、母さん。そうガミガミしないでよ」
「彩! 絶対にいい男を見つけるのよ! あんたも来年で40なんだからね! これが最後のチャンスなんだよ!」
「はいはい、わかってるって。大丈夫だから」
「お洒落して行くのよ! 最初が肝心なんだからね!」
「うん、今日は暑いから、とっておきのウニクロのワンピを着ていくよ」
「他に忘れ物はないかい。母さん、なんでも用意するから言いな」
「そうだね……じゃあ、やっぱりバナナ3本もらえる?」





「ええと、この先か……」

真夏の陽の光が照りつける中、彩は流れ出る大量の汗をハンカチで拭う。
そしてスマホの地図と見比べながら、細い路地に目を向けた。
ここは下町の駅から寂れた商店街を抜けた先である。
路地は薄暗く、古ぼけたスナックが建ち並んでおり、なんだか不安になる。
こんな場所に結婚相談所があるのだろうか。とりあえず、行ってみるしかない。

路地を入って少し行くと、電話の担当者から聞いたその建物はすぐに見つかった。
築50年はゆうに超えていると思われる、今にも倒れてしまいそうな4階建ての雑居ビル。
1階は居酒屋のようだが、つぶれたみたいだ。
外された看板が、店の入り口に立てかけられてある。その名も、「居酒屋ヤケクソ」。

ヤケクソ……?

結婚相談所と同じ名前なのが、ちょっと気になるが……まあ、いいか。
ビルに入ってエレベーターを見ると、故障中の貼り紙が。
仕方なく3階にあるヤケクソ結婚相談所まで、階段で向かう。

3階も階段を上るなんて、普段運動なんかしないせいか、きつくてぜいぜいしてしまう。
これで、かなり痩せるだろう。
頑張るんだ私。苦難に耐えて栄光をつかみ取れ。

3階にようやく辿り着くと、目の前に扉があった。
磨りガラスの窓に、『ヤケクソ結婚相談所』と手書きで書かれた紙が貼られてある。
なんだか、テキトーな感じもするが、ここは大目に見よう。
なんせ安いんだし。

「しつれいします」

扉を開けて中に入ると、そこは6畳ほどの大きさの小部屋だった。
部屋の真ん中に事務用のテーブルと2脚のパイプ椅子が対面で置かれている。

テーブルの中央に、申し訳程度に小さい招き猫の置物があるが……。
それ以外に目立った物はなく、ずいぶん殺風景な雰囲気だ。
受付すらも、ありゃしない。そして、誰もいない。しかも妙にカビ臭い。

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