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第2話
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コマダを出た亀吉は、深いため息をついた。
はあ。なんで私は安請け合いしちゃったんでしょうね~。
すぐ情に絆されてしまう単純な性格を、何とか直せないものでしょうか。
またかあちゃんに、こっぴどくどやされるなあ。はあ、いやだいやだ。
自己嫌悪の気持ちで一杯である。
「じゃあ……帰りますか」
「はい」
亀吉と菊奈は肩を並べて、駅のほうへと向かう。
歩きながら、ふと亀吉は重要なことに気がついた。
残金250円。
帰りの電車賃、270円。
すっかり忘れてたけど、これじゃあ家に帰れないじゃないですか!
ああ、どうしよう。
ここは恥を忍んで、冥府さんにお借りするしか……。
おどおどしながら菊奈の顔を見やると……菊奈は再び目に涙を浮かべていた。
「あ、あの冥府さん、どうかされましたか?」
「いえ……さっきはあのようにお願いしましたが……私のせいでまたお相手の方が亡くなってしまうのではないかと思うと、いたたまれなくなって……」
菊奈は立ち止まると、ハンカチを目に当てて嗚咽する。
「やっぱり死神女の私なんて、この世から消えちゃったほうがいいのかも……!」
ああ、どうしましょう。
こんな時は、なんとか励ましてあげないと。
……そう言えば、さっき駅前で演説してた爺さんが、良いことを言っていたような。
ええと、なんだっけ。確か……。
こうでしたっけ。
「わ、私のタネを、あなたに注ぎましょう!」
脳ミソから、必死に記憶を辿って出たセリフがこれである。
菊奈は思わず顔を上げて、腫れた目で怪訝そうに亀吉を見つめた。
「えっ?」
しまった。違う、違うぞ。
なんだかとっても誤解を招く発言をしてしまった。これじゃあ、セクハラじゃないですか。
「ままま間違えました。そ、そうだ。誰だって輝く花を咲かすタネを持っている、でした」
これで、合ってますよね?
「だから、冥府さんも勇気を出して、そのタネを撒き水を注ぐんです。そ、そうすれば……きっと幸せの花が咲くことでしょう!」
なんとかそう言い切ったとたん、菊奈はぽかんと亀吉を見つめる。
やがてその頬は、ぱあっと赤く染まり、瞳孔がみるみるうちに開いていった。
「……鶴田さん」
「は、はい」
「なんだか私……鶴田さんの言葉にじーんときちゃって……!」
「えっ?」
呆然とする亀吉、そしてどこか、うっとりしている菊奈。
時が止まったかのように思われた、その刹那。
亀吉の視界に入ったのは、こちらに向かって一直線に突っ込んでくる一台の車だった。
「あ、危ないっ!」
思わず、菊奈を突き飛ばす。
そのまま車はスピードを上げて、亀吉に激しく衝突した。
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