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心の変化
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さざ波は嵐の前兆だった。
やがて海は荒れ狂う。水面は幾重にもうねりが重なり、それは巨大な波となって砂浜へと叩きつけた。
それはなにもかも、すべて壊してしまうような巨大な力で。
どこまで逃げても、波はその勢いを増しながら私を飲み込んでしまおうと牙をむく。幾度となく波にさらわれ、激しい水流でからだをもみくちゃにされた。息ができなくて苦しい。からだが引き裂かれてしまいそうに痛い。ただただ、それに耐えるだけーー
そうして何時間経っただろう。ふと気づくと、真っ白な砂浜に倒れていた。
海は凪となりすっかり穏やかで、あれほど私を苦しめた大波はすっかり消え去っている。嵐は去った。柔らかな太陽の光がそっと辺りを照らし、海は優しくきらきらと輝いていた。
……それは、昨日の夜から今朝にかけての私の心に起きたこと。
◇
テーブルに置かれたランチに手もつけず、瑠美子は私の顔をしげしげと見つめていた。
「なに? 私の顔になんかついてる?」
「優里。あんたヤリました、って顔をしてるよ」
瑠美子は大勢の人がいる食堂であっけらかんとそう言い放つ。私は慌ててあたりを見渡し、瑠美子を牽制するように睨んで声を潜めた。言い方にもほどってものがある。
「そ、そんな顔してないってば」
「オンナはね。ヤッた翌日は下唇が少しだけ弛むの」
「嘘。聞いたことがないよ」
「私みたいに人間観察を極めちゃうとさあ、すぐにわかるんだよね。さて、誰とヤッたのかな? 浮気してる旦那が相手とは考えにくいし。とすれば、まさか……」
はっとしたように、わざとらしく目をまん丸にして開けた口に手を当てる。そんな見えすいた演技にイラッとしながらも、心の中を見通されている気持ちがして落ち着かなかった。
「ついに、『電話』したんだね」
「してません」
「で、どんな相手だった? セックスは気持ちよかった?」
「だから、してないってば。もうやめてよ、瑠美子」
少し強い口調で抗議つもりだったが、瑠美子は動じることなく、にやにやしながらふうんと何度も頷く。全てわかってるますよと言わんばかりに。
「なんかさあ。優里、昨日と全然違う。別人みたい」
「別人って、どういう風に? ふだんと変わらないけど」
「そうねえ。前はおどおどしたチワワだったのが、今じゃすっかり吹っ切れて、堂々としたハスキー犬みたい。私に対しても、なーんか反抗的だし」
「そんなの、瑠美子の気のせい」
「ほら、その突っぱねたような言い方。どうして急に、こんな悪い子になっちゃったんでしょうねえ。瑠美子、悲しいわあ」
瑠美子と話をするのが面倒になっていた。どんなに詮索されようが、昨夜エムと会ったことは絶対に言わない。
夫の行為への怒りが爆発して感情の歯止めが効かなくなり、あと先考えず衝動的にクラブに電話してエムと寝てしまった。それは所謂、ゆきずりの関係だ。話には聞くが、まさか自分がそんなことをするなんて思ってもいなかった。
だけど、終わってみたら……なぜか後悔はしなかった。だけどそれから心は大きく揺れ動いた。悲しさと苦しさで昨夜はほとんど寝れなかったが、朝を迎えると嘘のように落ち着いていた。そんな自分を愛おしくさえ思える。最低なことをしてしまっても、人の心は失っていなかったんだなって。だからこそ、もう二度とクラブには電話しない。
昨日のことは過ちだ。でもその過ちのおかげで、結果的に心に安定をもたらした。サーカスの綱渡りで、綱から危うく落ちそうになりながらも、棒でうまくバランスを取って体勢を持ち直したように。でも、もうバランスを取る必要はない。演技は終わり、拍手喝采の只中にいる。もう、全ては終わったことなんだ。
瑠美子はランチを食べながら忙しなく辺りをきょろきょろと見渡し、あっ見なよ、あそこのケバそうな若いオンナさあ、昨日、めちゃくちゃ何度もヤッたに違いないよ。だって下唇がすっごく弛みまくってるもん、などと相変わらず下品な言葉を振り撒いていた。
これからも瑠美子は、ずっと変わらないんだろう。だけど、私はきっと変わっていく。
昼食が終わり食堂を出ると、私は瑠美子と別れてビルの地下にあるコンビニに向かった。
確か今日は、ドリンクコーナーに紅茶の新製品が並んでいるはず。それを飲むのが楽しみだった。
下りのエスカレーターに乗っていると、スマホが鳴った。
取り出して画面を見ると非通知だ。なぜか嫌な予感がした。迷ったが、私はスマホを耳に当てた。
やがて海は荒れ狂う。水面は幾重にもうねりが重なり、それは巨大な波となって砂浜へと叩きつけた。
それはなにもかも、すべて壊してしまうような巨大な力で。
どこまで逃げても、波はその勢いを増しながら私を飲み込んでしまおうと牙をむく。幾度となく波にさらわれ、激しい水流でからだをもみくちゃにされた。息ができなくて苦しい。からだが引き裂かれてしまいそうに痛い。ただただ、それに耐えるだけーー
そうして何時間経っただろう。ふと気づくと、真っ白な砂浜に倒れていた。
海は凪となりすっかり穏やかで、あれほど私を苦しめた大波はすっかり消え去っている。嵐は去った。柔らかな太陽の光がそっと辺りを照らし、海は優しくきらきらと輝いていた。
……それは、昨日の夜から今朝にかけての私の心に起きたこと。
◇
テーブルに置かれたランチに手もつけず、瑠美子は私の顔をしげしげと見つめていた。
「なに? 私の顔になんかついてる?」
「優里。あんたヤリました、って顔をしてるよ」
瑠美子は大勢の人がいる食堂であっけらかんとそう言い放つ。私は慌ててあたりを見渡し、瑠美子を牽制するように睨んで声を潜めた。言い方にもほどってものがある。
「そ、そんな顔してないってば」
「オンナはね。ヤッた翌日は下唇が少しだけ弛むの」
「嘘。聞いたことがないよ」
「私みたいに人間観察を極めちゃうとさあ、すぐにわかるんだよね。さて、誰とヤッたのかな? 浮気してる旦那が相手とは考えにくいし。とすれば、まさか……」
はっとしたように、わざとらしく目をまん丸にして開けた口に手を当てる。そんな見えすいた演技にイラッとしながらも、心の中を見通されている気持ちがして落ち着かなかった。
「ついに、『電話』したんだね」
「してません」
「で、どんな相手だった? セックスは気持ちよかった?」
「だから、してないってば。もうやめてよ、瑠美子」
少し強い口調で抗議つもりだったが、瑠美子は動じることなく、にやにやしながらふうんと何度も頷く。全てわかってるますよと言わんばかりに。
「なんかさあ。優里、昨日と全然違う。別人みたい」
「別人って、どういう風に? ふだんと変わらないけど」
「そうねえ。前はおどおどしたチワワだったのが、今じゃすっかり吹っ切れて、堂々としたハスキー犬みたい。私に対しても、なーんか反抗的だし」
「そんなの、瑠美子の気のせい」
「ほら、その突っぱねたような言い方。どうして急に、こんな悪い子になっちゃったんでしょうねえ。瑠美子、悲しいわあ」
瑠美子と話をするのが面倒になっていた。どんなに詮索されようが、昨夜エムと会ったことは絶対に言わない。
夫の行為への怒りが爆発して感情の歯止めが効かなくなり、あと先考えず衝動的にクラブに電話してエムと寝てしまった。それは所謂、ゆきずりの関係だ。話には聞くが、まさか自分がそんなことをするなんて思ってもいなかった。
だけど、終わってみたら……なぜか後悔はしなかった。だけどそれから心は大きく揺れ動いた。悲しさと苦しさで昨夜はほとんど寝れなかったが、朝を迎えると嘘のように落ち着いていた。そんな自分を愛おしくさえ思える。最低なことをしてしまっても、人の心は失っていなかったんだなって。だからこそ、もう二度とクラブには電話しない。
昨日のことは過ちだ。でもその過ちのおかげで、結果的に心に安定をもたらした。サーカスの綱渡りで、綱から危うく落ちそうになりながらも、棒でうまくバランスを取って体勢を持ち直したように。でも、もうバランスを取る必要はない。演技は終わり、拍手喝采の只中にいる。もう、全ては終わったことなんだ。
瑠美子はランチを食べながら忙しなく辺りをきょろきょろと見渡し、あっ見なよ、あそこのケバそうな若いオンナさあ、昨日、めちゃくちゃ何度もヤッたに違いないよ。だって下唇がすっごく弛みまくってるもん、などと相変わらず下品な言葉を振り撒いていた。
これからも瑠美子は、ずっと変わらないんだろう。だけど、私はきっと変わっていく。
昼食が終わり食堂を出ると、私は瑠美子と別れてビルの地下にあるコンビニに向かった。
確か今日は、ドリンクコーナーに紅茶の新製品が並んでいるはず。それを飲むのが楽しみだった。
下りのエスカレーターに乗っていると、スマホが鳴った。
取り出して画面を見ると非通知だ。なぜか嫌な予感がした。迷ったが、私はスマホを耳に当てた。
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