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第2章
第8話 追憶
しおりを挟む巨人族──気性は荒いが、仲間意識が高く普段は温厚な部族。殆どが親戚や遠縁だが、特に血の繋がりが濃い者同士で群れを成して、生活をする。
ガズダは、兄が六人と姉が三人、弟が二人と妹が一人と大家族だった。
「お前、ちっちぇな。」
親や親族、友人たちに言われる言葉が大嫌いだった。惨めで、何故自分なのかと行く宛のない苛立ちだけが胸に渦巻いていた少年時代。
体が大きくならないことへの疑念ばかりが頭を占める。
「アンタはなんで小さいままなんだろね?」
「本当に俺との子なんかい?」
「そりゃそうさ。顔はそっくりさね。」
「恥ずかしいから、外に出るんじゃなかよ。」
小さい頃は、他の子供と変わらない背丈だった。しかし、いつの日からか変化は目に見えて分かるようになった。人間よりは大きいが、巨人の中では小人と侮辱された日々。
大きくならないことは、決してガズダのせいでもない。ガズダなりに出来ることは試した。しかし、その努力が実ることはなかった。
───何故、自分なのか。
「兄ちゃんはなんで小さいの?」
「俺が知るか!」
「病気なんじゃなか?」
弟と妹たちにも背丈を抜かされることに、一人涙を流していた。
───何故、自分だけなのか。
そんなガズダに人生を変える出来事が訪れたのは20の時。嫁が来ないガズダは、家族から疎まれていた。
「お前と血が繋がっていると言うことで、俺たちが色々言われるんだ。」
───俺のせいじゃない。
やり場のない苛立ちと歯痒さが膨らむばかりで、それが薄れることはなく濃く……濃密に色を黒くしていった。
「アンタのせいで、旦那の両親から嫌味を言われるのよ。なんで私が言われなきゃなんないの?本当に最悪。恥さらし。それでよく今まで生きてこられたさね。」
───俺が悪いわけじゃない。
───何故、自分だけが。
───消えてしまえ、消えてしまいたい。
ガズダの怒りと哀しみが爆発し、群れの住み家を破壊して回る程の惨状が、正気に戻ったガズダにどう見えただろう。
仲間からの突き刺さる視線。憎悪と哀しみ。気の済むまで、自身の欲求を満たすために暴れたのにも関わらず、空しさは増すばかり。
自業自得、と呼べることだった。ガズダは群れに見捨てられ、一人置き去りにされたのだ。
群れで生活する巨人族が他の魔族たちと交われるはずもなく、ガズダは孤立するばかりだった。
それから月日は流れ、酒場を経営していたが、客は荒くれ者の魔人族ばかりだった。孤独は増すばかりだったガズダの耳には、荒くれ者たちが話す表に出ない“裏”の情報がまとわり付くようになる。
「王族は、獣を──。」
「老臣の──が──。」
独自の情報ルートも築き、ガズダは情報屋として名を広めた。
そんなガズダに、ある日古びたローブを身に纏い、フードで目深に被った長身細身の客がやって来た。店にいた魔族の客たちが、やって来た新しい客を観察するために視線だけで様子を伺っている。
「マスターのお薦めを頼む。」
「ここは人間が来るような、柔な場所じゃねぇぞ。帰んな。」
ガズダは客の注文をはね除け、背を向けて新聞を広げる。声からして、男だろうとガズダは客の動向を伺う。
「人間は出入り禁止だと店の看板にも店内にも、注意を呼び掛ける貼り紙などのおぼしきものは見当たらない。」
「ここは俺の店だ。俺が言うなら、それがルールだ。」
「困った。今はとてつもなく喉が渇いているんだ。ここの酒は旨いと聞いてきたが……もしや、今日は良いのが入っていないのか。」
しつこく話し掛けてくる男が鬱陶しく、机をガンッと殴るつけると、机がバキッと音を立てて壊れる。ガヤガヤと騒がしかった店内が一瞬で静まり返る。しかし男は微動だにせず、フードの下から口許だけ見える。その口が、ゆっくりと弧を描くのと同時に、ガズダの眉が吊り上げる。
「俺に喧嘩売ってんのか!?」
「そうだと言ったら?」
「いいだろう。てめぇみたいな糞ったれは山ほど見てきた。相手になってやるから、表に出やがれ。」
男の胸ぐらを掴み上げ、壁に投げ付けるが、空中で体勢を整えた男は壁を蹴って静かに着地する。その動きが、ガズダには“小さいお前の力じゃ敵わない”と馬鹿にされているかのように感じた。
「マスター、ここは酒場だ。ならば、勝負もそれに乗っ取ろう。どちらが多くの酒を飲めるか……勝負しようじゃないか。もしも俺が勝ったなら、マスターのお薦めを飲みたい。」
「ほお……まあ退屈しのぎくらいにはなるか。もしも、てめぇが負けたら?」
「煮るなり焼くなり好きにすればいい。そして、二度とここには来ないと誓おう。」
ガズダは男の言葉に肩眉を吊り上げ、そして上機嫌に了承した。ただの暇潰し。自分を下に見る男に勝利し、自分の存在を誇示したいだけの闘い。
二人がけの机と、小さな背凭れのある椅子と、ガズダ用の大きな椅子。大きな樽状のジョッキが机の上に乗せられる。
暇をもて余していた他の客が、ヤジを飛ばし、その内の一人が審判となった。店の奥からガズダの使い魔が巨大なワイン樽を転がし、二人の周りを囲う。
「止めるなら、今だぞ?」
「結構だ。暇潰し、マスターも暇を弄んでいただろ?」
可笑しな野郎だ、とガズダも見物客も物珍しげに男を見る。人間が魔族に囲まれていても、何故余裕の笑みを浮かべていられるのか。魔族を毛嫌いするのが普通の人間だろう。異形を受け入れず、弾いて貶める。ガズダたち荒くれ者が見てきた人間とは、その男は別に見えた。
「よーい、始め!!」
審判役合図で勝負の幕が開け、二人は一斉にジョッキを手に持つと、ワインを煽り始めた。賭けを始める野次馬も出始め、酒場はかつてない盛り上がりを見せる。
小さな体の人間の体に入る量など、巨人のそれに敵うはずがないと誰もがガズダに賭ける。
「これが最後の酒になること、悔いるんだな。」
「マスター、美味しいよ。やはり誰かと飲む酒は旨い。」
「……。」
───勝敗は、ガズダが六樽目のワインを飲み干したところで決した。
男は八樽目のワインを飲み干したところで、ケロリと次のワインを欲していた。野次馬たちも、自身の目を見張る。
「嘘……だろ。」
「あのガズダがっ……!?」
「アイツ……化け物だっ!」
歓喜と驚嘆の声が店内を満たし、ガズダは項垂れて一人鈍った思考が覚醒していく。自分が負けたことへの屈辱よりも、何かが欠けた焦燥感が増す。
「負け……た。」
「マスター、俺に薦めの酒を出してくれるだろ?」
「……ああ。」
立ち上がった男を見上げると、フードの下の端正な顔と視線が交わる。その表情は、無邪気に遊ぶ子供のような笑みを浮かべている。それまで自分の中に渦巻いていた空しさが疼く。しかしそれは、嫌なものじゃなくて寧ろ、心地が良い。
男は壊れたカウンター席に座り、ガズダはその前で酒を作り、それを男の前にドンッと乱暴に置く。
「綺麗な色だな。」
「俺の特別配合で、何が入っているかは企業秘密だ。」
「ありがとう。いただくよ。」
ありがとう、と言われて擽ったさとむず痒さに身を捩る。生まれて初めて聞く他者から自分に対する感謝の言葉に、ふっ、と笑みが溢れた。
男が一人酒を飲みながら新聞を広げている間、ガズダは店の仕事をしていた。まるで、さっきまでのことがなかったかのように。しかし、他の客は男を取り囲んで興味津々で話し掛けてくる。
「アンタ人間だろ。何処から来た。」
「ここから少し離れたところだ。君たちは此処らの住人か?」
「ああ、そうさ。」
「何処か、安くて安全な宿はないだろうか。」
「それなら、店を出て左に五つ通りを渡ったところの宿屋がお勧めだぜ。」
ニシシッと、客たちが男に不敵な笑みを浮かべて可笑しな情報を渡して帰っていった。
「マスター、金はいくらか?」
「アンタ、アイツらの言う宿は止めときな。彼処は人身売買に加担している宿だ。旅人を売り捌くんで、まだ知られてねぇだろうが事実だ。旅の客人さんよ、魔族に用心するように人間は気を付けるもんだ。」
「そうだったか、命拾いしたよありがとう。どうしようか……野宿も危ないだろうな。」
男は魔族に抵抗や嫌悪感は感じられず、寧ろ好んで見えるのは見間違いか。掴み所のない男に、ガズダは興味が湧いてきていた。
「はぁ……来い。店の二階の酒蔵なら一晩くらい貸してやらんこともない。」
「本当か!マスター、頼んでもいいか。」
「ガズダだ。」
「ガズダ、俺はノワだ。」
ノワは、それから月に一回店に来て、夜が明けるまでガズダと酒を飲み談笑するようになった。いつの日からか、ガズダもノワが店を訪ねて来る日を心待にするようになった。一年程すると、ガズダはある相談をノワに持ち掛けた。
「一階の酒場を拡張して、二階と三階を宿屋にしようと思ってるんだ。」
「良いんじゃないか?ガズダは頭も良いし、世話好きだ。宿屋は、君にぴったりじゃないか。応援する。」
「俺が世話好き?馬鹿を言うな。」
「君が酔っ払って眠りに着いた客に布をかけてやる姿や、会ったばかりの俺の命を救い、泊まらせてくれた。それだけで、君の人となりは分かるよ。」
「他人の俺のことを、そんなに考えて……相変わらず変な野郎だ。それに、あれは命を救ったわけじゃねぇ。ただの気まぐれだって言ってるだろ。」
「他人?俺はガズダと友人のつもりだった。図々しかっただろうか。」
カチッ、とガズダの中で音がした。自分の空しさが疼いた理由が、胸にぽっかりと空いた隙間にノワが入ったからだとその時納得がいった。らしくない金にならない宿屋の情報を言ったのも、ノワを泊めたことも、全て自分が無意識に求めていたものをノワなら埋めてくれると分かっていたからじゃないか。
ノワとの勝負が楽しかったのは、幼少期に友人と呼べる存在が居なかったことと、他者と遊ぶことが出来なかったことを思い出させた。しかし、ノワはガズダを友人と呼び、理由もなく現れては語り合い、時に勝負をする。
───ただ、誰かと対等の友と呼べる存在が欲しかった。
「……ありがと、な。」
「ん?なんか言った?ガズダ。」
ガズダの口から溢れ出た言葉はあまりにも小さくて、ノワの耳には届かなかったらしい。笑いが汲み上げてきて、ガズダはガハハッと腹を抱えながらノワの華奢な肩を叩く。
「ガズダ、痛い。」
「お前は丈夫だから大丈夫だろ。そんな弱音を吐いていたら、俺の友人は勤まらんぞ。」
「ああ、それもそうだな。」
月日がどれだけ経とう月に一度、欠かすことなく来ていた。
────半年前から、ノワが来なくなった。
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