俺(40歳成人男性)が魔法少女に?!

桃田正介

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3話 魔法少女の初日

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 とりあえず、今日も会社にきた。
 昨晩のことは夢のようだったが、どうやら夢ではなかったらしい。目の前にいる異世界の生物が、嫌でも現実を突きつけてくる。

「俺のデスクで堂々と寝転がるな」
「僕の姿は魔法少女にしか見えないから、大丈夫だよ? 君はお構いなく、いつも通りの生活を営んでくれ」
「違う、そうじゃない。仕事の邪魔なんだよ」

 クソ忙しいのに、暇そうにしてる生物が近くにいると気が散る。
 かと言って、こいつを捨てた所で、俺が困る。こいつがいないと俺は変身できない。そんな状態で敵に狙われたらおしまいだ。
 詳しいが、俺とこいつは一連託生。
 アニメではそうだった。こいつがいない間に、俺の最愛の小鳥遊舞(たかなしまい)ちゃんは、敵にボロボロにされたことがある。
 あの時、こいつは光の国に用事があってとか何とかって言って、舞ちゃんから離れた。そのこともあって、俺は今でもこいつが許せない。

「あ、どこいくの?」
「集中できないから、タバコ吸う」

 俺は同じ轍は踏まない。ただ、そのことが今の俺には無能な部下並にストレスだ。
 せっかく魔法少女になったのに、女の子になれない。それどころか、舞ちゃんもいない。いるのはこの淫獣だけで、何かそのことで文句でも言えば「現実なんだから」と正論をぶつけてくる。
 こいつにだけは、その言葉を言われたくない。

「この部屋、臭いよぉ」
「うるせぇ」

 白いリスのような生き物は、あざとく鼻をつまんで首を振る。

「なぁ、俺以外にも魔法少女はいるのか?」

 これはまだ質問していなかった。
 重要問題だから、今のうちに聞いておこう。 

「ほかの仲間たちもこの星に来ているから、十分あり得るよ! 光の戦士達はお互いに惹かれ合う運命だから、もしかしたら近いうちに共闘したりして!」
「それは……本当に魔法少女なのか?」
「ん? どういうことかな?」

 訳が分からない。と目で分かるリアクションをふる。

「女の子なのかって聞いてる」
「あーこの星の生物学的にってことだね? それはどうかなぁー。僕たちには、君たち人間の見分けがつかないんだ。だから、その者たちの内から放たれる光を見て区別しているんだ」
「どういう光なんだよ」
「自分は魔法少女になるべきだって強く思ってる者のことだよ。昨日、少し話たよね? 自分がそう思っているなら、そうなんだって」
「またジェンダーの話か」
「でも、僕たちの目にはそう映っているんだ。仕方ないよね」

 アニメにはそんな設定はなかった。
 所々、現実とアニメのギャップがある。

「つまり、俺と同じように、貴様どもに騙される男がでないわけではない、ってことか」
「うーん、その言い方はイヤだけど。まぁ、そう感じる人が今後出てくる可能性はあるのかな?」

 どうか、俺のような被害者が生まれないことを願う。俺自身、せめて惹かれ合うなら女の子がいい。この宇宙を救うという大命を背負ったんだから、それくらいの願いは叶ってもいいだろう。
 ようやくニコチンが頭に回って、気持ちが落ち着いてきた頃、タバコ部屋に部長が入ってきた。

「お疲れ様です」
「やぁ、お疲れ様。午前中から大変そうだね」
「いえいえ、まだまだですよ」

 部長は俺より10も年上なのに、俺と違ってハゲてもない。そして、いつもニコニコしててイケメンだ。多趣味で仕事もできて、悩みも聞いてくれて、上司部下の壁を感じさせない。誰も、部長の悪口を言わない。

「頼もしいね。期待してるからね」
「ありがとうございます。では、僕は戻りますね 

「うん。いってらっしゃい」

 これ以上同じ空間にいると、部長から仕事の話をされそうだ。早めに退散しておこう。
 なんてったって俺は課長なんだから。
 タバコ部屋から出たとき、淫獣が叫んだ。

「あ! この感じは……っ?!」
「え! なに!!」

 淫獣が耳を立てて、周囲をキョロキョロしている。

「敵が現れたかも! こっちだ!」
「勘弁してくれ。就業時間中だ」
「そんなことより大事な使命があるでしょう?! 早く!!」

 こいつはいつもそうだ。舞ちゃんは学校で授業中なのに、状況も考えず舞ちゃんを引っ張りまわしていた。おかげで舞ちゃんは皆よりも勉強できなくて、1人苦労していた。
 こいつからすれば、宇宙の問題に比べたらそんなこと、だったんだろう。今なら分かる。
 俺がそう渋っていると、会社ビルが地震のように揺れた。思わず身を伏せた。

「なになに! 地震か?」
「これは敵の攻撃だよ!」
「なんで会社が攻撃されるんだよ!」
「敵は人の負の感情を求めて生きている。災害でも起こせばそのエネルギーも膨大だからね。敵は相当なやり手だよ!」

 それは知っている。だから人にあだなす敵を、舞ちゃんは許せないと言っていた。
 でも、出てくる敵のほとんどは少人数の人に対して、小さな不幸を生む程度だった。こんな災害を起こせるレベルの敵は、まさに物語の後半。ボスキャラくらいだ。

「最初にそんな強いの出てくるのかよ!」
「敵は選べないからね! 仕方ないね!」

 ここまでされたら仕方ない。こいつの言う通り、もう敵を退治するしかないだろう。

「敵は下にいる! 向かおう!」
「わかったわかった」

   ●

 揺れるビルの5階から、階段をつたって1階のエントランスまで降りてきた。
 そこにいたのは、まさにボスキャラだった。
 プロレスラーくらいのガタイをした黒い人型の物体。雄叫びをあげながら、会社ビルの中で暴れていた。そして、今は何やら両手を広げて、魔力をためているようだった。
 その様は、まさにアニメにおいても悪魔と呼ばれるだけあって、禍々しいものだった。

「これはまずい! あの攻撃をされたら、この建物がもたないよ!」
「いや、でも、ちょっと……」
「何を迷っているの?! 早く変身しなきゃ!」
「しかし……」

 躊躇うくらいはさせてほしかった。
 何せ、悪魔は俺以外の人間には見えていない。そして、悪魔は受付嬢のいるカウンター前にいて、そこには社外の人間も大勢いた。
 こんなとこで変身しようもんなら、俺の人生が終わってもおかしくない。

「皆の命がかかっるんだ!」

 お前はいいよ、お前は。皆には見えないんだから。失うものもないんだから。好き勝手に言いやがって。
 でも、俺は違う。俺は人間で、この会社の一員なんだ。失うものがたくさんある。 

「えぇい! うるさい! やればいいんだろ! やればよぉ!!」

 敵の攻撃が発動するのに、そう時間らかからなさそうだった。逡巡する時間さえ与えてもらえない。
 思わず、俺はマジカル・ストーンを片手に、念じていた。
 どうやら、俺にも皆を守りたい、みたいな正義感があったらしい。

「変身!!」

 俺の全身が光る。
 着ていたビジネススーツが爆ぜ、マジカル・ジャケットが俺の身を包む。足元から順に、頭の先まで。
 可愛らしいセーラ服を模したピンクの衣装が出現し、俺は人生で2度目の魔法少女になった。

「やっちまった……」

 案の定、ビル内の全員が俺の方に振り向いて、怪訝な表情を浮かべた。
 無理もない。地震が止んだと思ったら、魔法少女になったおっさんが光を放って、急に出現したんだから。
 皆この場から離れろ、という言葉は不要だった。  
 俺の近くにいた女性から、まずは無言で逃げていった。

「さぁ、これであいつもおしまいだ! あいつが攻撃してくる前に、魔法で攻撃しよう!」

 淫獣の声に反応して、悪魔が俺の方を見た。
 魔法で攻撃って……道具もなしに、どうやってすんだよ。

「魔法の出し方を教えてくれ」

 アニメでは、舞ちゃんはマジカル・ブレードを持っていた。俺はその扱い方しか知らない。
 なんで俺には何も武器がないんだ。

「気持ちだよ! あいつを止めたいって気持ちが力になるんだ! 君は大切な何なを守る時、どうしてた?」
「どうしてたって……そりゃぁ」

 昔、小学校のころ、クラスメイトにアニメキャラがプリントされた下敷きを奪われた。あの時、俺はそれを守りたくって、拳で抵抗した。
 淫獣の言葉に、なぜだかそんな懐かしい記憶が蘇る。どうして今、そんなことを思い出したのだろう。
 しかし、もう疑問を投げかける時間も残されてはいなかった。元気玉のようにためている敵の魔力は、限界を迎えているようだった。

「えぇい! 止めればいいんだろ! とりあえず!!」

 無意識に、俺は敵の懐めがけて飛び込んでいた。
 クラスメイトに殴りかかった時のように、ほとんど衝動的だった。
 あの頃と同じで、なんだか不思議とやれる気がしたんだ。今の俺は悪を許さない魔法少女。そう思うと全能感が身体を支配した。
 ただ、子供の頃と違ったことは、相手が人間ではないってことと、体格差も明らかだってこと。そして、どんな攻撃をしてくるかも分からない相手ってことだった。
 あまりに安易だったかもしれない。
 俺の拳が悪魔の顔面に当たる直前。俺は真横からきた衝撃に吹き飛ばされ、エントランスの柱に激突した。

「だいじろーーーー!!」

 淫獣が叫んでいる。
 俺はあの悪魔に、片手で叩かれたらしい。魔力をチャージしてて両手が使えないんじゃなかったのか。
 柱に刺さった頭を何とか引き抜いて、もう一度敵がいるほうと向き合う。

「大二郎……」

 顔面血だらけになった俺を見て、淫獣は絶句した。淫獣だけではない。受付嬢のお姉ちゃんも、ドン引きしている。

「課長……」

 俺のことを知っている受付嬢のお姉ちゃんが、そう言葉を漏らした。
 彼女から見れば、俺が発光したかと思えば魔法少女に変身して、何かを叫んで受付カウンターまで飛び込んだと思ったら、意味もわからず別方向に吹き飛んだんだから、まぁ無理もない。

「大丈夫……俺が、あいつを、止めるからぁ」
「え、あぁ。いや、課長……」

 精一杯の強がりで、彼女を安心させたかった。しかし、それは裏目に出てしまったらしい。
 彼女に悪魔の姿は見えないのだから。

「誰か! 人を呼んで!!」

 彼女は俺のことを、敵を見る目でそう叫んだ。
 それと同時に、俺を虫のように叩いた悪魔は、追い討ちをかけようとチャージした魔力の矛先を俺に向けていた。
 こいつ、俺を殺そうとしてる。

「誰か助けて!!」

 その悲鳴は俺だった。
 気がついたら敵に背を向けていた。
 圧倒的な力関係。一発で思い知らされた。
 あいつには近寄ってはいけない、関わってはいけない。俺は別に、強くなったわけではなかった。
 ひたすらに後悔した。武器も持たずに、拳で抵抗しようとしたことに。
 人間相手なら謝罪で免れようとしたところだが、相手は言葉の通じない悪魔だ。逃げるしかない。
 足が震えた。一度でも恐怖に支配された人間は、もう立ち直れない。
 俺が敗走しようと後ろを振り向いた、その瞬間、悪魔はチャージした魔力を俺に放った。
 それは光の速さで、俺の全身を撃ち抜いた。
 成すすべもなく、魔力に全身が焼かれる。

「うおおおおおお!!」

 猛烈な魔力の熱と衝撃から、マジカル・ジャケットが俺を守ってくれた。と同時に、その役目を終えてしまった。
 胸のマジカル・ストーンが高速点滅をしたかと思った直後、敵の攻撃に耐えきれず、俺のマジカル・ジャケットは吹き飛んで消えた。
 攻撃が止んだころ、そこに残されたのは、横たわる全裸の俺だけだった。

「キャーーーッ!! 課長がーー!!」

 それは、俺を案じる声だったか。あるいは、俺を変質者とでも思った悲鳴だったのか。
 俺には、分からなかった。 


 
 
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