俺(40歳成人男性)が魔法少女に?!

桃田正介

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6話 運命

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 誰かの悲鳴を聞きつけて、俺は急いで駆けつけた。
 人が大勢いる街中。刃物を持った男が、通りすがりの見ず知らずの他人を切りつけたのだ。
 通り魔の出現に、場は騒然としていた。
 そんなパニック状態のなか、しかし冷静な奴が1人だけいた。それは、俺だった。

「観念しろ、悪党め」

 俺には見える。通り魔は取り憑かれていたのだ。人の不幸を喰らい、この宇宙の平和を乱す存在。魔法少女の敵である、悪魔どもに。

「あいつをこのまま放っておけば災厄になる。ここで倒そう、大二郎」
「言われるまでもない」

 会社のビルに地震をおこしたボスキャラと同格かもしれない。サイズは小さいが、禍々しさが凄まじい。

「一撃で仕留める」

 俺は瞬きの間、敵の懐に潜り込み、拳を握りしめた。驚いた敵は、俺に向かって刃物を振り下ろす。
 が、俺のマジカル・ジャケットが、刃物を通さなかった。それどころか、刃物は剛鉄に突き立てられたかのように、へし折れた。
 人間世界の道具が、魔法に敵うはずもない。

「ーーッ!」

 俺の拳が、敵の鳩尾に入った。
 渾身の一撃が、敵を貫く。

「ウォォォーーーー!!」

 悲鳴の後、敵は爆散した。
 抜け殻となった本体の人間は、意識を失い、膝から崩れた。
 事が終わってから間もなく、見知ったおっさんが話しかけてきた。

「いやはや、すごいじゃないか田中君」
「部長……」

 部長はビジネススーツ姿だった。
 敵を察知し、駆けつけてきたのだろう。ただ、人の目があるためか、部長は変身まではしていなかった。

「私の助けはいらなかったようだね」
「部長には家庭がありますから、無理なさらないでください」
「私だって魔法少女だ。いざという時は戦うさ。気を遣ってくれてありがとう」

 二人の会話に割って入るように、それを見物していた若者が冷やかしの言葉を浴びせる。

「なんだあれ! コスプレしたおっさんじゃねぇか!」
「気持ち悪くて笑える!」

 スマートフォンを向け、カシャカシャと写真を撮っている。昔の俺なら耐えれなかったかもしれない。だが、今は違う。
 俺は、魔法少女だ。無敵の美少女だ。夢を叶えるための道のりだ。これくらいなんてことない。

「部長、私から離れてください。あなたも同じだと思われてしまう。世間的に」
「あ、あぁ……」

 俺はSNSをしていないから分からないが、今は写真1つで簡単に世間に広まるらしい。顔も隠さず、魔法少女のコスプレで見えない敵と戦っている様は、さぞSNSの格好の餌食だろう。

「では、また会社で」

 部長を尻目に、俺は帰路を辿る。
 その背中に色々な声が浴びせられるが、俺は気にもとめない。ここで動じることは、俺の魔力の低下につながる。
 魔法少女のまま、公衆の男子トイレに入り、置いていたボストンバックを開く。中にはスーツと、下着用のスポーツブラと女の子用のパンツがある。
 俺はいつものルーティンを崩さない。
 無言のまま、俺はいつもの表向きの格好に着替えた。
 公衆トイレから出ると、見知らぬ女の子が立っていた。なんだかこっちを見ているようだったが、俺には関係ないと思って視線をそらす。そらして、その場から去ろうとした。

「待ってください!」

 周囲には人はいなかった。
 その呼びかけは、俺に向けられていたのだ。
 にわかに信じられず、俺はその子を二度見した。

「あの! 私、見てました! あなたが悪魔を倒すとこ!」
「え、あ、あぁ……」

 真っ直ぐに見つめてくるその子を直視できず、言葉も吃った。
 この子はきっと、先程の通り魔のことを言っているのだろう。魔法少女の敵は魔法少女にしか見えない。

「どうやったら、あんなに強くなれるんですか!」
「い、いやぁ……」

 俺が言いにくそうにしているのが伝わったのか、その子は突然、はっとした顔になった。

「あっ、私も見えてます! 悪魔!」
「え、え、見えて……る?」
「はい! だって私も――」

   ●

 最初はなにかの間違えで声をかけられたのだと思った。
 話を聞くと、彼女は14歳で、塾から帰る途中で俺を見たらしい。
 興奮気味に話す彼女の口調、俺を見る眼差しは、それまでの周りの奴らとは違った。

「いやー、よもやよもや。君も魔法少女だったんだね!」

 久々に奇譚なく部長以外の人と話した。ついつい俺も口調も前のめりになる。

「私も驚きました! 私なんかより全然強くて! それに……」

 彼女は口ごもった。
 言いにくそうな様子を見て、その先は俺が言うことにした。

「男なのに魔法少女だもんね。驚くよね」

 何でもないことのように、俺は笑う。それを見て、彼女の顔も綻んだ。

「驚きました! 男の人でもなれるんですね!」 

 俺達の楽しげな会話に、淫獣が余計な口を挟む。

「男女は関係ないよ。人間世界ではジェンダー? っていうみたいだけど、大二郎のジェンダーは魔法少女だったんだ」
「やめろ! それ以上言うな!」

 俺の必死の制止に、この人外生物は構わず話を続けようとする。それ以上は余計な話だということが分からないらしい。せっかく仲間になれそうなのに、彼女に無駄な偏見を与えることになるだろうが。
 しかし、それは杞憂だったらしい。
 彼女は、それよりも得意げに話す人外生物の方に興味があったようだ。目を見開いて、「やっぱりそうだ!」と会話を遮る。

「モキュちゃん、こんなとこにいたんだ!」
「え? モキュ……?」

 一瞬、俺のことかと思ったが、様子が違うようだった。

「やぁ、舞。契約以来だね」
「いきなりいなくなったから心配したよー!」
「舞……?」

 俺は困惑した。俺の最愛の人と同じ名前。そして魔法少女。そんなことがあるのか。
 そこから先は、二人の話は耳に入ってこなかった。

「僕にも魔法少女を増やすっていう仕事があるからね。突然いなくなったのは謝るよ。でも、こうして再開できたのも何かの運命だ。改めて、よろしく頼むよ」

 何を言っているのか分からないと、あっけらかんとする俺を見て、彼女は言う。

「私、この子と契約したんですよー」

 屈託のない彼女の笑顔。例えそれが彼女にとっては愛想笑いでしかなくても、俺にとっては眩しくて、とても直視できなかった。

「あ、あぁ……そう、なんだね」 

 俺もだよ……舞ちゃん……。
 
 

 

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