俺(40歳成人男性)が魔法少女に?!

桃田正介

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17話 end

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 今日は、珍しく新人が赴任する。
 私のような物好きか、他所でいられなくなった弾かれ者か、何かの勘違いをしているか、一身上の都合か。いずれにしても、どこも人手不足の現在だ。私の後釜として、有り難く向かい入れることになった。

「こんな山中の病院にねぇ……。と言っても、こんなとこにしかないか」

 ここのように設備の整った大きい精神科は、そこにくる患者の性質から、だいたいは田舎で人気のないところに病院が建つ。
 無理もない。もう自分の名前も言えないような認知症が進んだ老人から、重篤な精神病患者までくるし、彼らを収容できる設備となればそんな立地にしか作れない。馬券売り場や刑務所と同じ、誰も自分達の家や職場近くに、そんな施設は来てほしくないのだ。

「先生。そろそろ」
「あー、わかった。ありがとう」

 近くには来てほしくないけど、必要な施設。
 皆、自分達がそうなるとは思っていない。ただ、身近に置いておけないようなレベルの患者を閉じ込める場所は、いつの時代にも求められる。
 特に、身体は元気で、中身が病気の人は。例えば、人を殺すような犯罪を犯しておきながら、精神病に患っていることで無罪になってしまった人間とか。

「やぁ、私は樋渡京子(ひわたりきよまうこ)です。よろしくね」
「初めまして。僕は一ノ瀬和樹(いちのせかずき)と言います。よろしくお願いします」

 若い男の子、だった。
 30代前半といったところか。医学部を卒業して間もないだろうに。

「早速だけど、君に担当してもらう患者のとこに行くから、着いてきてもらえるかな」
「あ、はいっ」
「順番にいくけど、最初は訳アリからいこうか。いちおう、教科書通りの症例ではあるんだけどね」
「訳アリ……ですか」

 色々な想像がよぎってか、新人は固唾をのんで、私の説明を待った。

「そう。人を殺しているんだ。当時14歳、中学生の女の子をね」
「え……」

 予想に反した為か、虚をつかれたような顔をしていた。
 そりゃ、そんな顔になるよね。と思った。

「山中に誘拐して……ね。かなり滅多刺しだったらしい。首も絞めてた。当初は怨恨と思われたけど、違ったんだ」

 今私達が向かっている先を察して、新人は話の結末を悟ったようだった。

「彼はアニメに取り憑かれてた。小さな子が見るような、女の子が主人公の魔法少女アニメ。被害者はその主人公と同性、同年齢だった。……ただ、それだけが理由だったんだ。アニメと違う、裏切られた、とか何とかって理由でね」
「……重度の妄想」
「そう。そんなんだから、司法では心神喪失が認められて、無罪になったんだ。そして、この病院に来て、ずっとここにいる」

 それは、独房、とも呼ばれる隔離室。閉鎖病棟とも言われてきた場所。
 さまざまな重症患者がそこにはいて、誰も手が付けられない。彼も、その中の1人だった。
 
「当時25歳だったから、もう40になるか」
「そう、ですか……」
「気乗りしないようだね。まぁ、私もそうだったよ。私の場合、彼には治療が必要なのか、2つの意味で悩まされた。1つは、死刑になるべきじゃないかって国民感情。もう1つは、治らない病気にどうしろって疑問を感じた意味で」

 医者が患者の病と向き合えないのは、プロとして重要な部分が欠けている。患者がどんな人間で、何をしてきたのか、医者には関係ない。ただ病を治すマシーンとして、自分の感情は殺さないといけない。なのに、どうしても私情が入ってしまったのは、私が未熟だった故なのだろう。

「医者失格なんだ。だから、ここを辞めるんだ。ただ、せっかくだから、彼と話をしてみようと思った。ある意味、向き合おうとしたんだ」
「まともに話せるんですか」
「その日のコンディションにもよるかな。しかし、やっぱり妄想がひどくてね。私は彼の母親になってる日もあるし、魔法少女の近くにいる喋る動物になってる日もあって、歩み寄りは少しずつだったよ」

 この手の患者は改善の見込みが薄い。また、患者の家族も病院から出てきて欲しくないから、改善を望んでいない。犯罪を犯した彼にいたっては、世間がそれを許さないかもしれない。

「私も最初は無視しようとしたんだ。日々の作業として、最低限のことさえしていれば良かったのかもしれない。でも、対話を通じて、こんな状態の人でも、自分の罪と向き合うことがあるんじゃないかと思ったんだ」
「それは、間違ったことではないと思います。司法からも期待された役割だと思います」
「ありがとう。でも、よくも悪くも、彼は自分に正直だったよ」
「正直……?」

 私の彼にかけてきた時間全てを無駄にしたと感じたのは、確か、繰り返しているとか何とかって叫び始めた頃だったか。

 「彼は、自分の頭の中では、どこまでいってもアニメの主人公なんだ。それを理解しない周囲が悪いと思っている。病気だから仕方ないと割り切ろうにも、人間の本質的部分が垣間見えるようで、心底嫌気がさしたのを覚えている」

 それは妄想のせいだったのかもしれない。
 病気が悪くて、司法の判断の通り、彼に責任はないのかもしれない。
 しかし、人間としての私が、それを拒絶してならなかった。

「一時かなり改善してた時があってね。閉鎖病棟から出してみたことがあったんだけど、これを待ってたと言わんばかりに暴れだした。彼が被害者を殺害した時のような、魔法少女か何かの妄想と戯言を吐いてね。……もう、コイツは駄目だと思った。心底、残念だったよ」
 
 この手合は脳のリミッターも外れていたりする。
 ひとたび暴れ出すと、数人がかりで抑えつけないとどうにもならない。力ずくで抵抗をねじ伏せ、拘束するしかないから、男性職員には頭が上がらなかった。
 ついつい長話になってしまったが、そうしているうちに、目的地についた。
 鉄柵の向こう側。刑務所よりかは広めの個室。
 彼は部屋の中央にいて、ぼーっと空を眺めていた。

「やぁ、田中大二郎さん。今日は新しい担当医を連れてきたよ。私は、明日からもうここに来ない」
「え? そうなんですか」
「うん。一ノ瀬さんって人だから」
「あぁ、よろしくお願いします。男性の先生はいつぶりかな。なんだかお若く見えますね。って、あはは、見えるんじゃなくて、お若いんですよね。私なんかと違って、髪もフサフサだ」

 ここだけを見たら普通の人と何も変わりない。何故、こんな所に入っているのかも分からない風に見える。流暢に、彼は新人医者に挨拶をした。
 
「……はい。こちらこそ」

 彼の背景を知った為か、新人の顔は引きつっていた。彼の与太話に、あまり付き合いたくなさそうだ。
 
「今日は大人しくしてたんだね。偉いじゃないか。いつもそうしてくれると、助かるんだけど」
「すみません……。悪魔を退治していると、つい……。奴らが悪いんです。でも、気をつけますね」
「また、魔法少女かい?」
「そうですね。僕は宇宙のために、舞ちゃんと頑張っているんですよ。今は魔力を高めるために、修行しています」
「そっか」

 新人が怪訝な表情で、思わず「舞ちゃん……?」と呟いた。

「自分が殺した被害者だよ」
「は……?」

 理解できない、と言いたげなのが分かった。

「彼は、自分が殺した彼女のことをずっと想っている。仲間と言う日もあれば、恋人のように言う日もある。15年間、ずっとこうらしい。……いや、犯行前からこうだったんだろうね」

 そんな妄想に取り憑かれて、勝手に拒絶されたと感じて、被害者に手をかけた。
 理解不能だし、被害者が気の毒でならないが、心神喪失者の本質はそこにある。
 こんな状態の人に刑罰を与えても、それが何を非難されてのことなのか理解できない。だから、罰ではなく療養を与えるべきだ。それが司法の思考回路なのだ。

「先生、僕ね、未来から来たんですよ。何回もやり直してて、舞ちゃんをどうやったら助けられるのか……それだけを繰り返してて。でも、舞ちゃんは僕のことをどう思っているのか、分からないんです。僕は彼女のためにこんなに頑張っているのに、おかしいと思うんですよね」
「そっか」
「でも、舞ちゃんに本当のことを言っても、きっと気持ち悪いと思われてしまうかなって心配なんです。だって、意味分からないですもんね。舞ちゃんには嫌われたくない」
「そっか」
「僕ももっと魔力を高めて、部長みたいにすごい魔法少女にならないと、舞ちゃんを守れないので、もっと頑張るんです。最初は淫獣に騙されたって思ってたけど、女の子になるって夢が叶うかもしれないし、何より舞ちゃんと魔法少女できることが最高なんです」
「そっか」

 新人もこの場にいることに辟易しているのが分かった。そろそろ切り上げ時だと思い、「じゃあ、田中さん」と、彼の会話を遮った。

「用は済んだし、もう帰るね。大人しくしといてね」

 そう言い残して、颯爽と踵を返すことにした。
 後ろでまだ何かを喋っていたが、背中で聞き流す。
 新人も、私と同じく振り返ることもしない。

「彼が自分の罪と向き合う日は、果たして来るのかねえ……」

 私達にできることは、この化物を外に出さないよう、監視することだけなのかもしれない。
 療養という名の無期懲役。
 心神喪失者という犯罪者。
 本人に病気を治すつもりがないのなら、医者ができることは限られる。精神科は詐病含めて、そういう患者が多いのかもしれない。
 ……いや、治さないといけないと、そんな理解すらできないのだと思う。
 もっとも、彼が病気と向き合い始めたところで、誰もそれを望まないし、手を差し伸べようとも思わない。
 誰も彼を信じない。
 彼の家族も、私達も、殺された被害者も。
 彼自身さえ。
 
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