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16話 行き着く先
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「君が彼女を呼ばないのなら、私が迎えにいく! どこの学校なのかも分かっているからね!」
いやいや、俺が言ってもアウトなんですか。
「そんなのってアリかよ!!」
また、部長室にいた。
解決したと思ったのに、最後の俺の独り言が悪かったのか?
「も――ッ! ちくしょ――!!」
俺はもう1回、部長に先制攻撃を食らわすことにした。
●
やっぱりダメだった。
今度は部屋に流れ込んできた社員に呟かれて、やり直しになってしまった。
何度やっても、何やっても、誰かに「残念」と言われ、またここに戻ってきてしまう。
全然わからない。俺の何がいけないって言うんだ。
何かを犠牲にしないと一方を助けられないのだから、せめて最小限の損害で済むように努力しているんじゃないか。
なのに、元凶の部長を倒してもダメ。舞ちゃんの代わりを用意してもダメ。部長が既遂でも未遂でもダメで、部長を放置して舞ちゃんを助けに行ってもダメ。先制攻撃もダメ。
どうしろって言うんだ。
そもそも、舞ちゃんは服は乱れてても、それ以上何かされたわけじゃない。俺が助けにいかなくてもすぐに警察が来るし、別に良かったんじゃないか?
そう思うと、俺がこんな苦労することになったのは、俺の勘違いから始まったということで、なんだか馬鹿馬鹿しく感じた。
今となっては、どうすればこのループが終わるのかと、それだけを考えている。
「分からねぇ……。これで10数回目か……」
しかし、答えは見つからない。
いっそ何もしなければ良いんじゃないかと思い、全然関係のないパチンコ屋に走ってもみたが、店員から脈絡なく「残念です」とつぶやかれて戻ってきてしまった。
もう何をどうしてもダメだ。
終わらないこの日はいつまで続くのだろうか。
なら……。
「どうせやり直すんだから……思い切っていくか」
5回目の時と同じく、俺は部長を無視して舞ちゃんのいる中学校へ走った。
そして、クラスから舞ちゃんを連れ出す。案の定、舞ちゃんは踏みとどまり、俺の手を振り払った。
知っている。君は、前もそうやって拒絶した。
俺がどんな気持ちでここに来たのか、自分を省みず行動してきたのか、知りもせずに。
「た、田中さん……! ダメです!」
「なにがダメなの」
静かな口調で訊いた。
心底どうしたらいいのか分からなかった。
全部、君のためにやっているのに、君は許してくれない。
「教えてくれ。どうしたらいいのかなぁ」
それは本心だった。
「あ、あの……。私……」
舞ちゃんの目が泳ぐ。
その様子だと、舞ちゃんにも答えはないと察する。
君自身が答えを知らないのなら、俺にはどうしようもないじゃないか。
「ここ、学校ですし……いきなり来られて、その……困ります」
「そう、だよね。こんな格好で、何の説明もなしに来られたら、そうだよね」
でも、詳しく説明したら、もしかしたら答えてくれるかもしれないと思って、話すことにした。
今回がまたダメでも、次に生かすことができるかもしれない。
「部長が君をさらいにくる。君は、部長に酷い目にあうんだ。僕はそれを防ごうと、君を逃がしにきたんだ」
「部長、ですか……?」
明らかな困惑の表情だった。
「田中さん、あの、私。私ね、田中さんには感謝しているんです」
困惑のうえに、作り笑いを浮かべる。
そんな顔さえ可愛らしいが、無理をさせてしまっているのだと覚る。
「う、嘘だとは思ってません。でも、ホント。こういうのは困るんです」
遠慮しながら、しかしきっぱりと、舞ちゃんは断った。まるで痴漢された少女が精一杯の勇気で声を上げるように、言葉を選んで、振り絞るように。
確かに、今の段階では本当に危険が迫ってるのかわからないし、この状況ではおっさん1人が押しかけてきて、騒いでいるだけだもんね。
「そうだよね……君にとっての僕は、ついこの前会ったばかりの、魔法少女だもんね……」
「え……?」
どういうこと? と、その目が言っていた。
「でもダメなんだよ……。これじゃあ、また戻ってしまう」
「……戻る?」
「僕は君のために、何回こんなことやってると思ってるの? こんなに頑張ってるのに、誰も分かってくれない」
不安げな表情をする彼女が、俺の話について行けてないのは理解していた。
しかし、溜め続けてきた気持ちを吐露したら、もう止まらなくなった。
「ぼ、僕ね。未来から来たんだよ。舞ちゃんが部長が襲われないように、それを防ぎにきたの。……はは、何言ってるのかわけ分からないよね。気持ち悪いよね」
彼女は一歩、後ずさった。
なんで距離を置くの。どうして、異物を見るような目をするの。
俺の言ってること、そんなに難しかったかな?
せっかく勇気を出して伝えたのに、そんな引きつった顔で、そんな怯えた目で見られるくらいなら、いっそのこと……。
「どうせやり直すんだから……1回くらい、好きにしたって……いいよね」
「た、田中さん? 大丈夫?」
拒絶しておきながら、そうして心配してくれようとする。
君のそういうところが駄目なんだ。ただでさえ名前も年齢も塾帰りという設定も、アニメの舞ちゃんと同じなのに、俺の名前を呼んで、褒めて……でも、大事なところで俺を信じてくれない。俺の気持ちを分かってくれない。
「わっ! なんですか!」
もうどうなったっていい。俺がループしたら、君にとっては全て無かったことになる。それなら、1回くらい好きにしたって良いだろ。ここまでずっと、君のために頑張ってきたんだから。
そう、これは頑張ってきた俺へのご褒美だ。せめて1回くらい、良い思いをさせてくれたって良いだろう。魔法少女になってから、ずっと苦労ばかりだったんだ。
俺は、舞ちゃんの襟をつかんで、壁際に追いやった。
「舞ちゃん! 俺のこと、どう思ってるの! 俺はね、舞ちゃんのこと、好き――!」
「は、え……! ええ!」
突然の告白に、やはり舞ちゃんは狼狽した。
「ずっと応援してきたんだよ! ここまで、君のために頑張ってきたんだ! チューくらいしてくれたって良いじゃないか!」
覇気迫る俺に、彼女は完全に気圧されていた。
また、そんな顔をする……。
もういい。このまま押し込んで、舞ちゃんを好きにして、またやり直そう。今度は、うまくやるんだ。
「頼む! パンツだけでも見せてくれ! せめて――」
「いや――ッ!!」
俺がそう心に決め、舞ちゃんが悲鳴をあげたその時、俺を後ろから複数人の男性教師が羽交い締めにしてきた。
簡単に、舞ちゃんから引き離される。
嫌だ。まだ、終わりたくない。
「こいつ、大人しくしろ!」
「生徒から離れろ!」
男性教師の怒声。
6人もいる。いつの間に、どこから出てきたんだ。それよりも、変身しているのに、なんで俺が押し負けているんだ。
そう困惑しているうちに、数の力には勝てず、俺は地面に抑え込まれてしまった。
「くそ! もういい! またやり直すさ! はいはい、残念残念! もういいです!」
自分で言ってもやり直しになったのだから、これでループするだろう。
また部長室からやり直し。今度はどうしようか。部長に先制攻撃を食らわしてから、職場をめちゃくちゃにしてみようか。魔力を高めるために必死だった俺の気持ちも知らず、白い目で見てきた奴らに復讐するのもアリだな。どうせ、また元に戻ることなんだし、ストレス発散くらいいいよね。
……そう思った。しかし、
「あれ? 戻ってない……?」
周囲に変化は見られなかった。
俺は焦った。このままやり直せず、時が進んでしまったら、俺はどうなってしまうんだ。
「おいおい、なんだよ! 残念! 残念なの!! ほら、誰か俺に残念って言ってくれよ!!」
俺の意味不明な懇願に、男性教師達は訝しんだ。
「何言ってやがる! 確かに、お前は残念なやつだよ!」
「あぁ、みっともない」
よし。これで大丈夫。今度こそループするだろ。
他から残念と言われたなら、今までと同じ条件のはずだ。
……が、変わらない。
「あれ! なんで! 全然戻らないんだけど!!」
俺は半べそをかきながら叫んだ。
ここに来て、今までと様子が違う。
そんなの困る。戻ると思ったから、こんな事をしたのに。もし戻ってくれなかったら、俺は自分の思っていたことすら叶えられず、あげく舞ちゃんに嫌われてしまって、何も残らないじゃないか。
「こんな仕打ちあるかよ! おい淫獣! ザビエルだかニコライ! 出てこいお前ら!! 俺を戻せ! 戻せよ!!」
地面に突っ伏す俺の目の前に、白いリスが現れた。
なんだ、いるじゃないか。もっと早くに出てこいよ。
「そうだ、お前だよ! なんか様子がおかしい。後で話は聞くから、何とかしろ! やり直させてくれ!」
「はぁ……」
は? こいつ、今、俺にため息ついた?
「大二郎。君には、残念だよ」
●
俺は、部長を倒していた。
部長は通勤途中で、油断していたらしい。
後ろから先制攻撃をしたら、呆気なくやられた。
魔法少女に変身するまでもなく、俺だけの力で、部長を退治することができた。
俺を何度も悩ました部長。舞ちゃんを苦しめた部長。元凶がいなくやったことで、全てが解決した。
通勤ラッシュの駅構内。大勢の悲鳴があがる。
喧騒の中、スーツ姿の俺は目立つことなく、目撃者の1人としてそこに馴染んでいた。そして、目的を達成した今、そっとその場から離れる。
「電車にひかれたって!」
「誰かが押したんじゃないの」
「うわっ、血が飛んでる……向かい側のホームだとえぐそう……」
場は、人の好奇心と恐怖に支配されていた。
スマートフォンで写真撮影をしている人。通報している人。友達と騒ぎ合っている人。惨状を目の当たりにし、具合が悪くなってる人や、逃げまどう人。
俺の目には、ほとんどが野次馬に見えた。
自分の身に降りかからない出来事には、好き放題な感想が言えるし、それが珍しいことならすぐにスマートフォンで写真を撮ろうとする。
その光景は気に障るが、俺から注意がそれることは好都合に違いないので、俺は会社に電話をするフリをしながら、駅を出た。
よし。これで舞ちゃんの無事は確保された。俺はこれから、舞ちゃんと円満な魔法少女ライフを楽しむんだ。何度も大変な思いをしたが、こうすれば部長から残念と言われることもないし、犯人がバレない限り周囲にも言われることはない。
舞ちゃん。さっそく、一緒に悪魔退治へ出かけよう。
そう思って、俺はいつも舞ちゃんが通る通学路に来た。だいたいこの時間に、あの子はこの公園前の道を通る。
少し待ち伏せしていると、案の定、舞ちゃんは現れた。
「舞ちゃん。悪魔が出てるみたいだから、一緒に退治しにいこう」
しかし、俺の姿を見た舞ちゃんは硬直し、みるみるうちに顔が青ざめていった。
なんだか、舞ちゃんの様子がおかしい。
彼女の怯えた眼差しは、俺に向けられたものなのか?
何が起きているのか分からず、俺は混乱した。
「どうしたの? 魔法少女同士、頑張るって約束したじゃないか」
確か、いつの時か、舞ちゃんはそんな目をした気がする。
学校に押しかけて、逃げようと言った時だったか。壁に追いやって、告白をした時だったか。
だがあれは、俺がループしたことで無かったことになったはずだ。彼女は何も知らないはずなのに、この怯えようは尋常じゃない。
よく見れば、舞ちゃんは震えていた。身がすくんで、声も出ない様子だった。
ふと、初めて一緒に悪魔退治に行ったときのことを思い出した。あの時も、俺の後ろに隠れた舞ちゃんは震えていて、動けなくなっていた。
なんだよ。これじゃあ、まるで俺が悪魔みたいじゃないか。
「ねぇ、本当にどうしたの?」
心配のあまり、俺は彼女に歩み寄ろうと思った。
だが、俺が一歩踏み出すと、彼女は後ずさった。
「え? どうして?」
それが拒絶だと、言葉がなくても分かった。
まだ、何もしてないのに……なんで。
「俺、こんなに君のために頑張ってきたんだよ。ねぇ、今回は俺の何がいけなかったの?」
こうやって理由を訊ねても、やはり彼女は答えない。
必死に首を横に振るだけだった。
「教えてくれないと分からないよね。君がそうだから、こんなに苦労する羽目にもなったんだよ? これじゃあ、また駄目なまま次にいっちゃうよ」
彼女の反応は変わらない。そのうち、大きく息を吸い込んで、精一杯の声を上げた。
「なんなんですか、あなた! もうホント嫌なんです! やめてください!!」
「やめてって……だから、何が駄目なんだよ」
俺は思わず、舞ちゃんの肩を掴んでいた。
「俺のどこがいけないの! ねぇ! 言ってくれななきゃ分からないよ! 舞ちゃん!!」
気がついたら、彼女の首に両手をかけていた。細くて、温かくて、いい匂いがする。
「もう無理! 嫌――ッ!!」
目に涙を浮かべながら、必死の拒絶。
ますます意味が分からなかった。
俺がうろたえていると、騒ぎを聞きつけた大人たちが現れ、俺を舞ちゃんから引きはがした。
そして、彼女を守るかのように取り囲み、俺を睨む。
「もう大丈夫だよ。警察呼ぶからね」
「あんた、こんな子供相手に何考えてんの!」
だから、おかしいだろ。
俺は舞ちゃんと仲間なんだぞ。
何も知らないくせに、無駄に偽善者ぶりやがって。そんな誤解を招くような言い方はやめろ。
無責任な大人たちに、俺は怒りを覚えた。
「な、なんだよ! まだ何もしてないじゃないか!」
そこに、またしても警察が現れ、俺の肩を叩いた。住民に代わって、俺をさらに強い力で抑え込む。
「また君か。もう、こんな事はしないって言ったよね? いい歳して、こんな子供に付き纏って……。いい加減にしなさいよ」
「は?」
付き纏う? 俺が?
そんな犯罪者みたいに言うんじゃない。
俺が本気を出したら、警察だろうが何だろうが一撃なんだぞ。
いっそのこと、ここで俺の力を見せてやろうか。
「ストーカーとでも言いたいんですか? 俺が?」
「そうだよ。これで何回目かな。自分で分からないのか?」
馬鹿にするな。
俺は課長で、皆を悪魔から守る魔法少女だぞ。
「接近禁止だって出ている。君は、またルールを破ったんだ」
「……ふ、ふざけるな!」
あまりに一方的な話に、俺は警察官に掴みかかろうとした。
だが格闘経験としても、力差からも、俺にできることは足をバタつかせるだけで、無抵抗に等しかった。
「俺が本気になったら、こんなはずじゃないぞ! 俺は魔法少女なんだ!」
「まだそんなこと言っているのか! スーツの下にも、こんなものを着て……」
めくれたワイシャツの下にあった、俺のアンダーアーマー。女の子用の下着を見て、警察官は軽蔑の言葉を吐いた。
「うるさい! 魔力のためには仕方ないんだよ!」
そんなことより、俺はさっさと変身して、こいつらを一発殴りたい。そして、またやり直して、次はどうすればいいか作戦を練ろう。
そう思って、俺は魔力を込め、「変身!」と叫んだ。
が、俺はスーツ姿のまま、全身を光が纏うこともなく、何も変わらなかった。
「あれ……? なんで? 分かった分かった! じゃあ、残念でした! もうこれ詰みました、どうにもできません! 残念!」
慌ててループに入ろうとするも、それもかなわない。
「さっきから何を言っている。残念残念うるさいよ」
よし、警察官にも残念と言わせたぞ。
これでループするはずだ。
「とりあえず、この人は逮捕しますんで。怖かったね、もう大丈夫だからね」
「警察官さんがすぐ来てくれてよかった! とりあえず親御さんに連絡しようか。迎えに来てもらおうね」
しかし、部長室に戻れず、周囲の会話は続いた。
冗談じゃない。意味も分からず、このまま戻れもしなかったら、俺はただの犯罪者で終わってしまうじゃないか。
そうなったら、舞ちゃんに会えなくなる。それは嫌だ。
「おい淫獣! 出てこい! ふざけるなよ!!」
俺はまたあいつを呼ぶことにした。
どうせ近くにいるんだろう。前も呼んだらすぐに出てきた。
案の定、淫獣は俺の目の前に現れた。
警察官に取り押さえられ、地面に突っ伏す俺を見下ろすように、そいつは目の前に立った。
「おい戻せ! 早く!!」
「はぁ……」
こいつ、俺にため息しやがった?
どこか、いつの時かの光景を思い出した。
「大二郎。君には残念だよ」
よし。これで戻れるだろう。前もそうだった。
3度目の正直で、俺はループを確信した。
しかし、淫獣の言葉は続く。
「君は、同じことを繰り返すんだね。結局、こうなる。何度やっても、君は君のままだ」
悟ったように、それは今までの口調と違っていた。
「ふざけるな! お前たちが俺をこうしたんだろ! 俺がやらなきゃ誰が舞ちゃんを守った?! 何回も何回も、そのために頑張ってきたんだ!」
知った風に言う淫獣に、俺は心底腹が立った。
お前たちがろくな説明もせず、俺を、部長を、舞ちゃんを、魔法少女にしたんだ。そのせいで、今、皆こうなっているんだぞ。
「俺が何もしなかったら舞ちゃんは無事だったのか! 部長に襲われる未来しかなかったじゃないか! 誰も部長を止められやしない! 舞ちゃんも傷ついたままだ!」
「はぁ……」
言葉の途中で、淫獣はまたため息をついた。
「いつも誰かのせい、周りが悪い。これは仕方がなくて、自分は被害者だ。……君のなかでは、いつもこればっかりだ」
「何が、言いたい?」
「なのに、誰も分かってくれない。周りが間違っているから、自分は悪くない。君は、そう言いたいんだよね?」
「なんの話をしてるんだよ……!」
お前の話に付き合っていられないんだよ。
いいから早く戻せ。このままだと、俺は逮捕されて連れて行かれるだろうが。
「そもそも、舞ちゃん舞ちゃんって言うけど、君はいま何歳かな? そこから変だと思わないかい? 君は、本当に間違ってこなかったかい?」
俺が、間違っている……?
確かに俺は万能ではないから、ここに来るまでの道中、全て正解を通ってきたとは言えないかもしれない。でも、それなりに頑張ってきた。
俺の思いも知らないで、人間でもないお前に説教されたくない。
「うるさい! 俺がどんな気持ちで頑張ってきたのか、誰も気にもしないくせに! 結果が悪ければこれだ! ……でも、舞ちゃんは俺に優しかった!」
舞ちゃんは俺を褒めてくれる。微笑みかけてくれる。心配してくれるし、応援してくれる。俺を頼ってくれる。
そして、アニメと同じように、彼女はひたむきで、意地らしい。声も、顔も、話し方も、変身した姿も、たまらなく俺のストライクだ。
「俺には舞ちゃんが必要で、舞ちゃんも俺が必要なんだ」
「……どうやら、何歳になっても、君の頭の中は子供のままなんだね。あれから15年経っても、まだそんなことを言う」
「15年……?」
淫獣の含みのある言葉に、俺は頭痛がした。
泣いている舞ちゃんに覆いかぶさる自分。誰もいない山中、冷えた空気に響く声。
それは、頭の中にあった、忘れていた光景。
白い床と壁に、鉄格子が見える。いつも内側にいて、外から大人たちが見ている。腕が固定されて、猿ぐつわをはめられて、1日中なにもできず、ただ時間だけが過ぎる日々。たまに解放されるも、すぐに押さえつけられて、そこに戻される。あいつらが悪いのに、皆が俺を疑うんだ。
それは、漏れ出てくる俺の記憶。
「君にとっては何ともなくても、君に傷つけられた人はずっと忘れない。その人達の前でも、法の前でも、君の理屈は通用しないんだ。そのことに向き合わない限り、君はずっとこのままなんだよ」
俺しか知らないはずの出来事を、淫獣は見透かしたように話す。
……いや、こいつは知っているんだ。俺が今まで何をしてきたのか、こいつは見てきた。そのうえで、俺にこんな事を言っている。
俺を諭すように、教育するように。軽蔑の念を微塵も見せず、更生の願いだけがあるかのように。
さすが、先生なだけある。
「本当に、君は残念だよ」
いやいや、俺が言ってもアウトなんですか。
「そんなのってアリかよ!!」
また、部長室にいた。
解決したと思ったのに、最後の俺の独り言が悪かったのか?
「も――ッ! ちくしょ――!!」
俺はもう1回、部長に先制攻撃を食らわすことにした。
●
やっぱりダメだった。
今度は部屋に流れ込んできた社員に呟かれて、やり直しになってしまった。
何度やっても、何やっても、誰かに「残念」と言われ、またここに戻ってきてしまう。
全然わからない。俺の何がいけないって言うんだ。
何かを犠牲にしないと一方を助けられないのだから、せめて最小限の損害で済むように努力しているんじゃないか。
なのに、元凶の部長を倒してもダメ。舞ちゃんの代わりを用意してもダメ。部長が既遂でも未遂でもダメで、部長を放置して舞ちゃんを助けに行ってもダメ。先制攻撃もダメ。
どうしろって言うんだ。
そもそも、舞ちゃんは服は乱れてても、それ以上何かされたわけじゃない。俺が助けにいかなくてもすぐに警察が来るし、別に良かったんじゃないか?
そう思うと、俺がこんな苦労することになったのは、俺の勘違いから始まったということで、なんだか馬鹿馬鹿しく感じた。
今となっては、どうすればこのループが終わるのかと、それだけを考えている。
「分からねぇ……。これで10数回目か……」
しかし、答えは見つからない。
いっそ何もしなければ良いんじゃないかと思い、全然関係のないパチンコ屋に走ってもみたが、店員から脈絡なく「残念です」とつぶやかれて戻ってきてしまった。
もう何をどうしてもダメだ。
終わらないこの日はいつまで続くのだろうか。
なら……。
「どうせやり直すんだから……思い切っていくか」
5回目の時と同じく、俺は部長を無視して舞ちゃんのいる中学校へ走った。
そして、クラスから舞ちゃんを連れ出す。案の定、舞ちゃんは踏みとどまり、俺の手を振り払った。
知っている。君は、前もそうやって拒絶した。
俺がどんな気持ちでここに来たのか、自分を省みず行動してきたのか、知りもせずに。
「た、田中さん……! ダメです!」
「なにがダメなの」
静かな口調で訊いた。
心底どうしたらいいのか分からなかった。
全部、君のためにやっているのに、君は許してくれない。
「教えてくれ。どうしたらいいのかなぁ」
それは本心だった。
「あ、あの……。私……」
舞ちゃんの目が泳ぐ。
その様子だと、舞ちゃんにも答えはないと察する。
君自身が答えを知らないのなら、俺にはどうしようもないじゃないか。
「ここ、学校ですし……いきなり来られて、その……困ります」
「そう、だよね。こんな格好で、何の説明もなしに来られたら、そうだよね」
でも、詳しく説明したら、もしかしたら答えてくれるかもしれないと思って、話すことにした。
今回がまたダメでも、次に生かすことができるかもしれない。
「部長が君をさらいにくる。君は、部長に酷い目にあうんだ。僕はそれを防ごうと、君を逃がしにきたんだ」
「部長、ですか……?」
明らかな困惑の表情だった。
「田中さん、あの、私。私ね、田中さんには感謝しているんです」
困惑のうえに、作り笑いを浮かべる。
そんな顔さえ可愛らしいが、無理をさせてしまっているのだと覚る。
「う、嘘だとは思ってません。でも、ホント。こういうのは困るんです」
遠慮しながら、しかしきっぱりと、舞ちゃんは断った。まるで痴漢された少女が精一杯の勇気で声を上げるように、言葉を選んで、振り絞るように。
確かに、今の段階では本当に危険が迫ってるのかわからないし、この状況ではおっさん1人が押しかけてきて、騒いでいるだけだもんね。
「そうだよね……君にとっての僕は、ついこの前会ったばかりの、魔法少女だもんね……」
「え……?」
どういうこと? と、その目が言っていた。
「でもダメなんだよ……。これじゃあ、また戻ってしまう」
「……戻る?」
「僕は君のために、何回こんなことやってると思ってるの? こんなに頑張ってるのに、誰も分かってくれない」
不安げな表情をする彼女が、俺の話について行けてないのは理解していた。
しかし、溜め続けてきた気持ちを吐露したら、もう止まらなくなった。
「ぼ、僕ね。未来から来たんだよ。舞ちゃんが部長が襲われないように、それを防ぎにきたの。……はは、何言ってるのかわけ分からないよね。気持ち悪いよね」
彼女は一歩、後ずさった。
なんで距離を置くの。どうして、異物を見るような目をするの。
俺の言ってること、そんなに難しかったかな?
せっかく勇気を出して伝えたのに、そんな引きつった顔で、そんな怯えた目で見られるくらいなら、いっそのこと……。
「どうせやり直すんだから……1回くらい、好きにしたって……いいよね」
「た、田中さん? 大丈夫?」
拒絶しておきながら、そうして心配してくれようとする。
君のそういうところが駄目なんだ。ただでさえ名前も年齢も塾帰りという設定も、アニメの舞ちゃんと同じなのに、俺の名前を呼んで、褒めて……でも、大事なところで俺を信じてくれない。俺の気持ちを分かってくれない。
「わっ! なんですか!」
もうどうなったっていい。俺がループしたら、君にとっては全て無かったことになる。それなら、1回くらい好きにしたって良いだろ。ここまでずっと、君のために頑張ってきたんだから。
そう、これは頑張ってきた俺へのご褒美だ。せめて1回くらい、良い思いをさせてくれたって良いだろう。魔法少女になってから、ずっと苦労ばかりだったんだ。
俺は、舞ちゃんの襟をつかんで、壁際に追いやった。
「舞ちゃん! 俺のこと、どう思ってるの! 俺はね、舞ちゃんのこと、好き――!」
「は、え……! ええ!」
突然の告白に、やはり舞ちゃんは狼狽した。
「ずっと応援してきたんだよ! ここまで、君のために頑張ってきたんだ! チューくらいしてくれたって良いじゃないか!」
覇気迫る俺に、彼女は完全に気圧されていた。
また、そんな顔をする……。
もういい。このまま押し込んで、舞ちゃんを好きにして、またやり直そう。今度は、うまくやるんだ。
「頼む! パンツだけでも見せてくれ! せめて――」
「いや――ッ!!」
俺がそう心に決め、舞ちゃんが悲鳴をあげたその時、俺を後ろから複数人の男性教師が羽交い締めにしてきた。
簡単に、舞ちゃんから引き離される。
嫌だ。まだ、終わりたくない。
「こいつ、大人しくしろ!」
「生徒から離れろ!」
男性教師の怒声。
6人もいる。いつの間に、どこから出てきたんだ。それよりも、変身しているのに、なんで俺が押し負けているんだ。
そう困惑しているうちに、数の力には勝てず、俺は地面に抑え込まれてしまった。
「くそ! もういい! またやり直すさ! はいはい、残念残念! もういいです!」
自分で言ってもやり直しになったのだから、これでループするだろう。
また部長室からやり直し。今度はどうしようか。部長に先制攻撃を食らわしてから、職場をめちゃくちゃにしてみようか。魔力を高めるために必死だった俺の気持ちも知らず、白い目で見てきた奴らに復讐するのもアリだな。どうせ、また元に戻ることなんだし、ストレス発散くらいいいよね。
……そう思った。しかし、
「あれ? 戻ってない……?」
周囲に変化は見られなかった。
俺は焦った。このままやり直せず、時が進んでしまったら、俺はどうなってしまうんだ。
「おいおい、なんだよ! 残念! 残念なの!! ほら、誰か俺に残念って言ってくれよ!!」
俺の意味不明な懇願に、男性教師達は訝しんだ。
「何言ってやがる! 確かに、お前は残念なやつだよ!」
「あぁ、みっともない」
よし。これで大丈夫。今度こそループするだろ。
他から残念と言われたなら、今までと同じ条件のはずだ。
……が、変わらない。
「あれ! なんで! 全然戻らないんだけど!!」
俺は半べそをかきながら叫んだ。
ここに来て、今までと様子が違う。
そんなの困る。戻ると思ったから、こんな事をしたのに。もし戻ってくれなかったら、俺は自分の思っていたことすら叶えられず、あげく舞ちゃんに嫌われてしまって、何も残らないじゃないか。
「こんな仕打ちあるかよ! おい淫獣! ザビエルだかニコライ! 出てこいお前ら!! 俺を戻せ! 戻せよ!!」
地面に突っ伏す俺の目の前に、白いリスが現れた。
なんだ、いるじゃないか。もっと早くに出てこいよ。
「そうだ、お前だよ! なんか様子がおかしい。後で話は聞くから、何とかしろ! やり直させてくれ!」
「はぁ……」
は? こいつ、今、俺にため息ついた?
「大二郎。君には、残念だよ」
●
俺は、部長を倒していた。
部長は通勤途中で、油断していたらしい。
後ろから先制攻撃をしたら、呆気なくやられた。
魔法少女に変身するまでもなく、俺だけの力で、部長を退治することができた。
俺を何度も悩ました部長。舞ちゃんを苦しめた部長。元凶がいなくやったことで、全てが解決した。
通勤ラッシュの駅構内。大勢の悲鳴があがる。
喧騒の中、スーツ姿の俺は目立つことなく、目撃者の1人としてそこに馴染んでいた。そして、目的を達成した今、そっとその場から離れる。
「電車にひかれたって!」
「誰かが押したんじゃないの」
「うわっ、血が飛んでる……向かい側のホームだとえぐそう……」
場は、人の好奇心と恐怖に支配されていた。
スマートフォンで写真撮影をしている人。通報している人。友達と騒ぎ合っている人。惨状を目の当たりにし、具合が悪くなってる人や、逃げまどう人。
俺の目には、ほとんどが野次馬に見えた。
自分の身に降りかからない出来事には、好き放題な感想が言えるし、それが珍しいことならすぐにスマートフォンで写真を撮ろうとする。
その光景は気に障るが、俺から注意がそれることは好都合に違いないので、俺は会社に電話をするフリをしながら、駅を出た。
よし。これで舞ちゃんの無事は確保された。俺はこれから、舞ちゃんと円満な魔法少女ライフを楽しむんだ。何度も大変な思いをしたが、こうすれば部長から残念と言われることもないし、犯人がバレない限り周囲にも言われることはない。
舞ちゃん。さっそく、一緒に悪魔退治へ出かけよう。
そう思って、俺はいつも舞ちゃんが通る通学路に来た。だいたいこの時間に、あの子はこの公園前の道を通る。
少し待ち伏せしていると、案の定、舞ちゃんは現れた。
「舞ちゃん。悪魔が出てるみたいだから、一緒に退治しにいこう」
しかし、俺の姿を見た舞ちゃんは硬直し、みるみるうちに顔が青ざめていった。
なんだか、舞ちゃんの様子がおかしい。
彼女の怯えた眼差しは、俺に向けられたものなのか?
何が起きているのか分からず、俺は混乱した。
「どうしたの? 魔法少女同士、頑張るって約束したじゃないか」
確か、いつの時か、舞ちゃんはそんな目をした気がする。
学校に押しかけて、逃げようと言った時だったか。壁に追いやって、告白をした時だったか。
だがあれは、俺がループしたことで無かったことになったはずだ。彼女は何も知らないはずなのに、この怯えようは尋常じゃない。
よく見れば、舞ちゃんは震えていた。身がすくんで、声も出ない様子だった。
ふと、初めて一緒に悪魔退治に行ったときのことを思い出した。あの時も、俺の後ろに隠れた舞ちゃんは震えていて、動けなくなっていた。
なんだよ。これじゃあ、まるで俺が悪魔みたいじゃないか。
「ねぇ、本当にどうしたの?」
心配のあまり、俺は彼女に歩み寄ろうと思った。
だが、俺が一歩踏み出すと、彼女は後ずさった。
「え? どうして?」
それが拒絶だと、言葉がなくても分かった。
まだ、何もしてないのに……なんで。
「俺、こんなに君のために頑張ってきたんだよ。ねぇ、今回は俺の何がいけなかったの?」
こうやって理由を訊ねても、やはり彼女は答えない。
必死に首を横に振るだけだった。
「教えてくれないと分からないよね。君がそうだから、こんなに苦労する羽目にもなったんだよ? これじゃあ、また駄目なまま次にいっちゃうよ」
彼女の反応は変わらない。そのうち、大きく息を吸い込んで、精一杯の声を上げた。
「なんなんですか、あなた! もうホント嫌なんです! やめてください!!」
「やめてって……だから、何が駄目なんだよ」
俺は思わず、舞ちゃんの肩を掴んでいた。
「俺のどこがいけないの! ねぇ! 言ってくれななきゃ分からないよ! 舞ちゃん!!」
気がついたら、彼女の首に両手をかけていた。細くて、温かくて、いい匂いがする。
「もう無理! 嫌――ッ!!」
目に涙を浮かべながら、必死の拒絶。
ますます意味が分からなかった。
俺がうろたえていると、騒ぎを聞きつけた大人たちが現れ、俺を舞ちゃんから引きはがした。
そして、彼女を守るかのように取り囲み、俺を睨む。
「もう大丈夫だよ。警察呼ぶからね」
「あんた、こんな子供相手に何考えてんの!」
だから、おかしいだろ。
俺は舞ちゃんと仲間なんだぞ。
何も知らないくせに、無駄に偽善者ぶりやがって。そんな誤解を招くような言い方はやめろ。
無責任な大人たちに、俺は怒りを覚えた。
「な、なんだよ! まだ何もしてないじゃないか!」
そこに、またしても警察が現れ、俺の肩を叩いた。住民に代わって、俺をさらに強い力で抑え込む。
「また君か。もう、こんな事はしないって言ったよね? いい歳して、こんな子供に付き纏って……。いい加減にしなさいよ」
「は?」
付き纏う? 俺が?
そんな犯罪者みたいに言うんじゃない。
俺が本気を出したら、警察だろうが何だろうが一撃なんだぞ。
いっそのこと、ここで俺の力を見せてやろうか。
「ストーカーとでも言いたいんですか? 俺が?」
「そうだよ。これで何回目かな。自分で分からないのか?」
馬鹿にするな。
俺は課長で、皆を悪魔から守る魔法少女だぞ。
「接近禁止だって出ている。君は、またルールを破ったんだ」
「……ふ、ふざけるな!」
あまりに一方的な話に、俺は警察官に掴みかかろうとした。
だが格闘経験としても、力差からも、俺にできることは足をバタつかせるだけで、無抵抗に等しかった。
「俺が本気になったら、こんなはずじゃないぞ! 俺は魔法少女なんだ!」
「まだそんなこと言っているのか! スーツの下にも、こんなものを着て……」
めくれたワイシャツの下にあった、俺のアンダーアーマー。女の子用の下着を見て、警察官は軽蔑の言葉を吐いた。
「うるさい! 魔力のためには仕方ないんだよ!」
そんなことより、俺はさっさと変身して、こいつらを一発殴りたい。そして、またやり直して、次はどうすればいいか作戦を練ろう。
そう思って、俺は魔力を込め、「変身!」と叫んだ。
が、俺はスーツ姿のまま、全身を光が纏うこともなく、何も変わらなかった。
「あれ……? なんで? 分かった分かった! じゃあ、残念でした! もうこれ詰みました、どうにもできません! 残念!」
慌ててループに入ろうとするも、それもかなわない。
「さっきから何を言っている。残念残念うるさいよ」
よし、警察官にも残念と言わせたぞ。
これでループするはずだ。
「とりあえず、この人は逮捕しますんで。怖かったね、もう大丈夫だからね」
「警察官さんがすぐ来てくれてよかった! とりあえず親御さんに連絡しようか。迎えに来てもらおうね」
しかし、部長室に戻れず、周囲の会話は続いた。
冗談じゃない。意味も分からず、このまま戻れもしなかったら、俺はただの犯罪者で終わってしまうじゃないか。
そうなったら、舞ちゃんに会えなくなる。それは嫌だ。
「おい淫獣! 出てこい! ふざけるなよ!!」
俺はまたあいつを呼ぶことにした。
どうせ近くにいるんだろう。前も呼んだらすぐに出てきた。
案の定、淫獣は俺の目の前に現れた。
警察官に取り押さえられ、地面に突っ伏す俺を見下ろすように、そいつは目の前に立った。
「おい戻せ! 早く!!」
「はぁ……」
こいつ、俺にため息しやがった?
どこか、いつの時かの光景を思い出した。
「大二郎。君には残念だよ」
よし。これで戻れるだろう。前もそうだった。
3度目の正直で、俺はループを確信した。
しかし、淫獣の言葉は続く。
「君は、同じことを繰り返すんだね。結局、こうなる。何度やっても、君は君のままだ」
悟ったように、それは今までの口調と違っていた。
「ふざけるな! お前たちが俺をこうしたんだろ! 俺がやらなきゃ誰が舞ちゃんを守った?! 何回も何回も、そのために頑張ってきたんだ!」
知った風に言う淫獣に、俺は心底腹が立った。
お前たちがろくな説明もせず、俺を、部長を、舞ちゃんを、魔法少女にしたんだ。そのせいで、今、皆こうなっているんだぞ。
「俺が何もしなかったら舞ちゃんは無事だったのか! 部長に襲われる未来しかなかったじゃないか! 誰も部長を止められやしない! 舞ちゃんも傷ついたままだ!」
「はぁ……」
言葉の途中で、淫獣はまたため息をついた。
「いつも誰かのせい、周りが悪い。これは仕方がなくて、自分は被害者だ。……君のなかでは、いつもこればっかりだ」
「何が、言いたい?」
「なのに、誰も分かってくれない。周りが間違っているから、自分は悪くない。君は、そう言いたいんだよね?」
「なんの話をしてるんだよ……!」
お前の話に付き合っていられないんだよ。
いいから早く戻せ。このままだと、俺は逮捕されて連れて行かれるだろうが。
「そもそも、舞ちゃん舞ちゃんって言うけど、君はいま何歳かな? そこから変だと思わないかい? 君は、本当に間違ってこなかったかい?」
俺が、間違っている……?
確かに俺は万能ではないから、ここに来るまでの道中、全て正解を通ってきたとは言えないかもしれない。でも、それなりに頑張ってきた。
俺の思いも知らないで、人間でもないお前に説教されたくない。
「うるさい! 俺がどんな気持ちで頑張ってきたのか、誰も気にもしないくせに! 結果が悪ければこれだ! ……でも、舞ちゃんは俺に優しかった!」
舞ちゃんは俺を褒めてくれる。微笑みかけてくれる。心配してくれるし、応援してくれる。俺を頼ってくれる。
そして、アニメと同じように、彼女はひたむきで、意地らしい。声も、顔も、話し方も、変身した姿も、たまらなく俺のストライクだ。
「俺には舞ちゃんが必要で、舞ちゃんも俺が必要なんだ」
「……どうやら、何歳になっても、君の頭の中は子供のままなんだね。あれから15年経っても、まだそんなことを言う」
「15年……?」
淫獣の含みのある言葉に、俺は頭痛がした。
泣いている舞ちゃんに覆いかぶさる自分。誰もいない山中、冷えた空気に響く声。
それは、頭の中にあった、忘れていた光景。
白い床と壁に、鉄格子が見える。いつも内側にいて、外から大人たちが見ている。腕が固定されて、猿ぐつわをはめられて、1日中なにもできず、ただ時間だけが過ぎる日々。たまに解放されるも、すぐに押さえつけられて、そこに戻される。あいつらが悪いのに、皆が俺を疑うんだ。
それは、漏れ出てくる俺の記憶。
「君にとっては何ともなくても、君に傷つけられた人はずっと忘れない。その人達の前でも、法の前でも、君の理屈は通用しないんだ。そのことに向き合わない限り、君はずっとこのままなんだよ」
俺しか知らないはずの出来事を、淫獣は見透かしたように話す。
……いや、こいつは知っているんだ。俺が今まで何をしてきたのか、こいつは見てきた。そのうえで、俺にこんな事を言っている。
俺を諭すように、教育するように。軽蔑の念を微塵も見せず、更生の願いだけがあるかのように。
さすが、先生なだけある。
「本当に、君は残念だよ」
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