俺(40歳成人男性)が魔法少女に?!

桃田正介

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16話 行き着く先

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「君が彼女を呼ばないのなら、私が迎えにいく! どこの学校なのかも分かっているからね!」

 いやいや、俺が言ってもアウトなんですか。

「そんなのってアリかよ!!」

 また、部長室にいた。
 解決したと思ったのに、最後の俺の独り言が悪かったのか?
 
「も――ッ! ちくしょ――!!」

 俺はもう1回、部長に先制攻撃を食らわすことにした。

   ●

 やっぱりダメだった。 
 今度は部屋に流れ込んできた社員に呟かれて、やり直しになってしまった。
 何度やっても、何やっても、誰かに「残念」と言われ、またここに戻ってきてしまう。
 全然わからない。俺の何がいけないって言うんだ。
 何かを犠牲にしないと一方を助けられないのだから、せめて最小限の損害で済むように努力しているんじゃないか。
 なのに、元凶の部長を倒してもダメ。舞ちゃんの代わりを用意してもダメ。部長が既遂でも未遂でもダメで、部長を放置して舞ちゃんを助けに行ってもダメ。先制攻撃もダメ。
 どうしろって言うんだ。
 そもそも、舞ちゃんは服は乱れてても、それ以上何かされたわけじゃない。俺が助けにいかなくてもすぐに警察が来るし、別に良かったんじゃないか?
 そう思うと、俺がこんな苦労することになったのは、俺の勘違いから始まったということで、なんだか馬鹿馬鹿しく感じた。
 今となっては、どうすればこのループが終わるのかと、それだけを考えている。

「分からねぇ……。これで10数回目か……」

 しかし、答えは見つからない。
 いっそ何もしなければ良いんじゃないかと思い、全然関係のないパチンコ屋に走ってもみたが、店員から脈絡なく「残念です」とつぶやかれて戻ってきてしまった。
 もう何をどうしてもダメだ。
 終わらないこの日はいつまで続くのだろうか。
 なら……。

「どうせやり直すんだから……思い切っていくか」

 5回目の時と同じく、俺は部長を無視して舞ちゃんのいる中学校へ走った。
 そして、クラスから舞ちゃんを連れ出す。案の定、舞ちゃんは踏みとどまり、俺の手を振り払った。
 知っている。君は、前もそうやって拒絶した。
 俺がどんな気持ちでここに来たのか、自分を省みず行動してきたのか、知りもせずに。

「た、田中さん……! ダメです!」
「なにがダメなの」

 静かな口調で訊いた。
 心底どうしたらいいのか分からなかった。
 全部、君のためにやっているのに、君は許してくれない。

「教えてくれ。どうしたらいいのかなぁ」

 それは本心だった。

「あ、あの……。私……」

 舞ちゃんの目が泳ぐ。
 その様子だと、舞ちゃんにも答えはないと察する。
 君自身が答えを知らないのなら、俺にはどうしようもないじゃないか。

「ここ、学校ですし……いきなり来られて、その……困ります」
「そう、だよね。こんな格好で、何の説明もなしに来られたら、そうだよね」

 でも、詳しく説明したら、もしかしたら答えてくれるかもしれないと思って、話すことにした。
 今回がまたダメでも、次に生かすことができるかもしれない。

「部長が君をさらいにくる。君は、部長に酷い目にあうんだ。僕はそれを防ごうと、君を逃がしにきたんだ」
「部長、ですか……?」

 明らかな困惑の表情だった。
 
「田中さん、あの、私。私ね、田中さんには感謝しているんです」

 困惑のうえに、作り笑いを浮かべる。
 そんな顔さえ可愛らしいが、無理をさせてしまっているのだと覚る。

「う、嘘だとは思ってません。でも、ホント。こういうのは困るんです」

 遠慮しながら、しかしきっぱりと、舞ちゃんは断った。まるで痴漢された少女が精一杯の勇気で声を上げるように、言葉を選んで、振り絞るように。
 確かに、今の段階では本当に危険が迫ってるのかわからないし、この状況ではおっさん1人が押しかけてきて、騒いでいるだけだもんね。

「そうだよね……君にとっての僕は、ついこの前会ったばかりの、魔法少女だもんね……」
「え……?」

 どういうこと? と、その目が言っていた。

「でもダメなんだよ……。これじゃあ、また戻ってしまう」
「……戻る?」
「僕は君のために、何回こんなことやってると思ってるの? こんなに頑張ってるのに、誰も分かってくれない」

 不安げな表情をする彼女が、俺の話について行けてないのは理解していた。
 しかし、溜め続けてきた気持ちを吐露したら、もう止まらなくなった。

「ぼ、僕ね。未来から来たんだよ。舞ちゃんが部長が襲われないように、それを防ぎにきたの。……はは、何言ってるのかわけ分からないよね。気持ち悪いよね」

 彼女は一歩、後ずさった。
 なんで距離を置くの。どうして、異物を見るような目をするの。
 俺の言ってること、そんなに難しかったかな?
 せっかく勇気を出して伝えたのに、そんな引きつった顔で、そんな怯えた目で見られるくらいなら、いっそのこと……。

「どうせやり直すんだから……1回くらい、好きにしたって……いいよね」 
「た、田中さん? 大丈夫?」
 
 拒絶しておきながら、そうして心配してくれようとする。
 君のそういうところが駄目なんだ。ただでさえ名前も年齢も塾帰りという設定も、アニメの舞ちゃんと同じなのに、俺の名前を呼んで、褒めて……でも、大事なところで俺を信じてくれない。俺の気持ちを分かってくれない。

「わっ! なんですか!」

 もうどうなったっていい。俺がループしたら、君にとっては全て無かったことになる。それなら、1回くらい好きにしたって良いだろ。ここまでずっと、君のために頑張ってきたんだから。
 そう、これは頑張ってきた俺へのご褒美だ。せめて1回くらい、良い思いをさせてくれたって良いだろう。魔法少女になってから、ずっと苦労ばかりだったんだ。
 俺は、舞ちゃんの襟をつかんで、壁際に追いやった。

「舞ちゃん! 俺のこと、どう思ってるの! 俺はね、舞ちゃんのこと、好き――!」
「は、え……! ええ!」

 突然の告白に、やはり舞ちゃんは狼狽した。

「ずっと応援してきたんだよ! ここまで、君のために頑張ってきたんだ! チューくらいしてくれたって良いじゃないか!」 

 覇気迫る俺に、彼女は完全に気圧されていた。
 また、そんな顔をする……。
 もういい。このまま押し込んで、舞ちゃんを好きにして、またやり直そう。今度は、うまくやるんだ。

「頼む! パンツだけでも見せてくれ! せめて――」
「いや――ッ!!」

 俺がそう心に決め、舞ちゃんが悲鳴をあげたその時、俺を後ろから複数人の男性教師が羽交い締めにしてきた。
 簡単に、舞ちゃんから引き離される。
 嫌だ。まだ、終わりたくない。

「こいつ、大人しくしろ!」
「生徒から離れろ!」

 男性教師の怒声。
 6人もいる。いつの間に、どこから出てきたんだ。それよりも、変身しているのに、なんで俺が押し負けているんだ。
 そう困惑しているうちに、数の力には勝てず、俺は地面に抑え込まれてしまった。

「くそ! もういい! またやり直すさ! はいはい、残念残念! もういいです!」

 自分で言ってもやり直しになったのだから、これでループするだろう。
 また部長室からやり直し。今度はどうしようか。部長に先制攻撃を食らわしてから、職場をめちゃくちゃにしてみようか。魔力を高めるために必死だった俺の気持ちも知らず、白い目で見てきた奴らに復讐するのもアリだな。どうせ、また元に戻ることなんだし、ストレス発散くらいいいよね。
 ……そう思った。しかし、

「あれ? 戻ってない……?」

 周囲に変化は見られなかった。
 俺は焦った。このままやり直せず、時が進んでしまったら、俺はどうなってしまうんだ。
 
「おいおい、なんだよ! 残念! 残念なの!! ほら、誰か俺に残念って言ってくれよ!!」

 俺の意味不明な懇願に、男性教師達は訝しんだ。

「何言ってやがる! 確かに、お前は残念なやつだよ!」
「あぁ、みっともない」

 よし。これで大丈夫。今度こそループするだろ。
 他から残念と言われたなら、今までと同じ条件のはずだ。
 ……が、変わらない。

「あれ! なんで! 全然戻らないんだけど!!」

 俺は半べそをかきながら叫んだ。
 ここに来て、今までと様子が違う。
 そんなの困る。戻ると思ったから、こんな事をしたのに。もし戻ってくれなかったら、俺は自分の思っていたことすら叶えられず、あげく舞ちゃんに嫌われてしまって、何も残らないじゃないか。

「こんな仕打ちあるかよ! おい淫獣! ザビエルだかニコライ! 出てこいお前ら!! 俺を戻せ! 戻せよ!!」

 地面に突っ伏す俺の目の前に、白いリスが現れた。
 なんだ、いるじゃないか。もっと早くに出てこいよ。

「そうだ、お前だよ! なんか様子がおかしい。後で話は聞くから、何とかしろ! やり直させてくれ!」
「はぁ……」
 
 は? こいつ、今、俺にため息ついた? 
 
「大二郎。君には、残念だよ」 

   ●

 俺は、部長を倒していた。
 部長は通勤途中で、油断していたらしい。
 後ろから先制攻撃をしたら、呆気なくやられた。
 魔法少女に変身するまでもなく、俺だけの力で、部長を退治することができた。
 俺を何度も悩ました部長。舞ちゃんを苦しめた部長。元凶がいなくやったことで、全てが解決した。
 通勤ラッシュの駅構内。大勢の悲鳴があがる。
 喧騒の中、スーツ姿の俺は目立つことなく、目撃者の1人としてそこに馴染んでいた。そして、目的を達成した今、そっとその場から離れる。

「電車にひかれたって!」
「誰かが押したんじゃないの」
「うわっ、血が飛んでる……向かい側のホームだとえぐそう……」

 場は、人の好奇心と恐怖に支配されていた。
 スマートフォンで写真撮影をしている人。通報している人。友達と騒ぎ合っている人。惨状を目の当たりにし、具合が悪くなってる人や、逃げまどう人。
 俺の目には、ほとんどが野次馬に見えた。
 自分の身に降りかからない出来事には、好き放題な感想が言えるし、それが珍しいことならすぐにスマートフォンで写真を撮ろうとする。
 その光景は気に障るが、俺から注意がそれることは好都合に違いないので、俺は会社に電話をするフリをしながら、駅を出た。
 よし。これで舞ちゃんの無事は確保された。俺はこれから、舞ちゃんと円満な魔法少女ライフを楽しむんだ。何度も大変な思いをしたが、こうすれば部長から残念と言われることもないし、犯人がバレない限り周囲にも言われることはない。
 舞ちゃん。さっそく、一緒に悪魔退治へ出かけよう。
 そう思って、俺はいつも舞ちゃんが通る通学路に来た。だいたいこの時間に、あの子はこの公園前の道を通る。
 少し待ち伏せしていると、案の定、舞ちゃんは現れた。

「舞ちゃん。悪魔が出てるみたいだから、一緒に退治しにいこう」

 しかし、俺の姿を見た舞ちゃんは硬直し、みるみるうちに顔が青ざめていった。
 なんだか、舞ちゃんの様子がおかしい。
 彼女の怯えた眼差しは、俺に向けられたものなのか?
 何が起きているのか分からず、俺は混乱した。

「どうしたの? 魔法少女同士、頑張るって約束したじゃないか」

 確か、いつの時か、舞ちゃんはそんな目をした気がする。
 学校に押しかけて、逃げようと言った時だったか。壁に追いやって、告白をした時だったか。
 だがあれは、俺がループしたことで無かったことになったはずだ。彼女は何も知らないはずなのに、この怯えようは尋常じゃない。
 よく見れば、舞ちゃんは震えていた。身がすくんで、声も出ない様子だった。
 ふと、初めて一緒に悪魔退治に行ったときのことを思い出した。あの時も、俺の後ろに隠れた舞ちゃんは震えていて、動けなくなっていた。
 なんだよ。これじゃあ、まるで俺が悪魔みたいじゃないか。

「ねぇ、本当にどうしたの?」

 心配のあまり、俺は彼女に歩み寄ろうと思った。
 だが、俺が一歩踏み出すと、彼女は後ずさった。

「え? どうして?」

 それが拒絶だと、言葉がなくても分かった。
 まだ、何もしてないのに……なんで。

「俺、こんなに君のために頑張ってきたんだよ。ねぇ、今回は俺の何がいけなかったの?」

 こうやって理由を訊ねても、やはり彼女は答えない。
 必死に首を横に振るだけだった。

「教えてくれないと分からないよね。君がそうだから、こんなに苦労する羽目にもなったんだよ? これじゃあ、また駄目なまま次にいっちゃうよ」

 彼女の反応は変わらない。そのうち、大きく息を吸い込んで、精一杯の声を上げた。

「なんなんですか、あなた! もうホント嫌なんです! やめてください!!」
「やめてって……だから、何が駄目なんだよ」

 俺は思わず、舞ちゃんの肩を掴んでいた。

「俺のどこがいけないの! ねぇ! 言ってくれななきゃ分からないよ! 舞ちゃん!!」

 気がついたら、彼女の首に両手をかけていた。細くて、温かくて、いい匂いがする。

「もう無理! 嫌――ッ!!」

 目に涙を浮かべながら、必死の拒絶。
 ますます意味が分からなかった。
 俺がうろたえていると、騒ぎを聞きつけた大人たちが現れ、俺を舞ちゃんから引きはがした。
 そして、彼女を守るかのように取り囲み、俺を睨む。

「もう大丈夫だよ。警察呼ぶからね」
「あんた、こんな子供相手に何考えてんの!」

 だから、おかしいだろ。
 俺は舞ちゃんと仲間なんだぞ。
 何も知らないくせに、無駄に偽善者ぶりやがって。そんな誤解を招くような言い方はやめろ。
 無責任な大人たちに、俺は怒りを覚えた。

「な、なんだよ! まだ何もしてないじゃないか!」

 そこに、またしても警察が現れ、俺の肩を叩いた。住民に代わって、俺をさらに強い力で抑え込む。

「また君か。もう、こんな事はしないって言ったよね? いい歳して、こんな子供に付き纏って……。いい加減にしなさいよ」
「は?」

 付き纏う? 俺が?
 そんな犯罪者みたいに言うんじゃない。
 俺が本気を出したら、警察だろうが何だろうが一撃なんだぞ。
 いっそのこと、ここで俺の力を見せてやろうか。

「ストーカーとでも言いたいんですか? 俺が?」
「そうだよ。これで何回目かな。自分で分からないのか?」

 馬鹿にするな。
 俺は課長で、皆を悪魔から守る魔法少女だぞ。

「接近禁止だって出ている。君は、またルールを破ったんだ」
「……ふ、ふざけるな!」
 
 あまりに一方的な話に、俺は警察官に掴みかかろうとした。
 だが格闘経験としても、力差からも、俺にできることは足をバタつかせるだけで、無抵抗に等しかった。

「俺が本気になったら、こんなはずじゃないぞ! 俺は魔法少女なんだ!」
「まだそんなこと言っているのか! スーツの下にも、こんなものを着て……」

 めくれたワイシャツの下にあった、俺のアンダーアーマー。女の子用の下着を見て、警察官は軽蔑の言葉を吐いた。

「うるさい! 魔力のためには仕方ないんだよ!」

 そんなことより、俺はさっさと変身して、こいつらを一発殴りたい。そして、またやり直して、次はどうすればいいか作戦を練ろう。
 そう思って、俺は魔力を込め、「変身!」と叫んだ。
 が、俺はスーツ姿のまま、全身を光が纏うこともなく、何も変わらなかった。

「あれ……? なんで? 分かった分かった! じゃあ、残念でした! もうこれ詰みました、どうにもできません! 残念!」

 慌ててループに入ろうとするも、それもかなわない。

「さっきから何を言っている。残念残念うるさいよ」
 
 よし、警察官にも残念と言わせたぞ。
 これでループするはずだ。

「とりあえず、この人は逮捕しますんで。怖かったね、もう大丈夫だからね」
「警察官さんがすぐ来てくれてよかった! とりあえず親御さんに連絡しようか。迎えに来てもらおうね」

 しかし、部長室に戻れず、周囲の会話は続いた。
 冗談じゃない。意味も分からず、このまま戻れもしなかったら、俺はただの犯罪者で終わってしまうじゃないか。
 そうなったら、舞ちゃんに会えなくなる。それは嫌だ。

「おい淫獣! 出てこい! ふざけるなよ!!」

 俺はまたあいつを呼ぶことにした。
 どうせ近くにいるんだろう。前も呼んだらすぐに出てきた。
 案の定、淫獣は俺の目の前に現れた。
 警察官に取り押さえられ、地面に突っ伏す俺を見下ろすように、そいつは目の前に立った。

「おい戻せ! 早く!!」
「はぁ……」
 
 こいつ、俺にため息しやがった?
 どこか、いつの時かの光景を思い出した。

「大二郎。君には残念だよ」

 よし。これで戻れるだろう。前もそうだった。
 3度目の正直で、俺はループを確信した。
 しかし、淫獣の言葉は続く。

「君は、同じことを繰り返すんだね。結局、こうなる。何度やっても、君は君のままだ」

 悟ったように、それは今までの口調と違っていた。

「ふざけるな! お前たちが俺をこうしたんだろ! 俺がやらなきゃ誰が舞ちゃんを守った?! 何回も何回も、そのために頑張ってきたんだ!」

 知った風に言う淫獣に、俺は心底腹が立った。
 お前たちがろくな説明もせず、俺を、部長を、舞ちゃんを、魔法少女にしたんだ。そのせいで、今、皆こうなっているんだぞ。

「俺が何もしなかったら舞ちゃんは無事だったのか! 部長に襲われる未来しかなかったじゃないか! 誰も部長を止められやしない! 舞ちゃんも傷ついたままだ!」
「はぁ……」

 言葉の途中で、淫獣はまたため息をついた。

「いつも誰かのせい、周りが悪い。これは仕方がなくて、自分は被害者だ。……君のなかでは、いつもこればっかりだ」
「何が、言いたい?」
「なのに、誰も分かってくれない。周りが間違っているから、自分は悪くない。君は、そう言いたいんだよね?」
「なんの話をしてるんだよ……!」

 お前の話に付き合っていられないんだよ。
 いいから早く戻せ。このままだと、俺は逮捕されて連れて行かれるだろうが。
 
「そもそも、舞ちゃん舞ちゃんって言うけど、君はいま何歳かな? そこから変だと思わないかい? 君は、本当に間違ってこなかったかい?」

 俺が、間違っている……?
 確かに俺は万能ではないから、ここに来るまでの道中、全て正解を通ってきたとは言えないかもしれない。でも、それなりに頑張ってきた。
 俺の思いも知らないで、人間でもないお前に説教されたくない。

「うるさい! 俺がどんな気持ちで頑張ってきたのか、誰も気にもしないくせに! 結果が悪ければこれだ! ……でも、舞ちゃんは俺に優しかった!」

 舞ちゃんは俺を褒めてくれる。微笑みかけてくれる。心配してくれるし、応援してくれる。俺を頼ってくれる。 
 そして、アニメと同じように、彼女はひたむきで、意地らしい。声も、顔も、話し方も、変身した姿も、たまらなく俺のストライクだ。
 
「俺には舞ちゃんが必要で、舞ちゃんも俺が必要なんだ」
「……どうやら、何歳になっても、君の頭の中は子供のままなんだね。あれから15年経っても、まだそんなことを言う」
「15年……?」

 淫獣の含みのある言葉に、俺は頭痛がした。
 泣いている舞ちゃんに覆いかぶさる自分。誰もいない山中、冷えた空気に響く声。

 それは、頭の中にあった、忘れていた光景。 

 白い床と壁に、鉄格子が見える。いつも内側にいて、外から大人たちが見ている。腕が固定されて、猿ぐつわをはめられて、1日中なにもできず、ただ時間だけが過ぎる日々。たまに解放されるも、すぐに押さえつけられて、そこに戻される。あいつらが悪いのに、皆が俺を疑うんだ。

 それは、漏れ出てくる俺の記憶。
 
「君にとっては何ともなくても、君に傷つけられた人はずっと忘れない。その人達の前でも、法の前でも、君の理屈は通用しないんだ。そのことに向き合わない限り、君はずっとこのままなんだよ」

 俺しか知らないはずの出来事を、淫獣は見透かしたように話す。
 ……いや、こいつは知っているんだ。俺が今まで何をしてきたのか、こいつは見てきた。そのうえで、俺にこんな事を言っている。
 俺を諭すように、教育するように。軽蔑の念を微塵も見せず、更生の願いだけがあるかのように。
 さすが、先生なだけある。

「本当に、君は残念だよ」
 



 
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