強く、踏み込んで

七賀ごふん

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ほとぼり

#6

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「大事な人がいなくなるのはほんとに突然で、一瞬。だから幸耶の話を聞いた時、息ができなくなりそうだった。一番辛いのは亡くなった人だけど、残された側も、生きてる限り後悔していくことになるから」
「風月……」

同じ状況になった人が全員負う傷。それを庇い、隠しながら皆生きていくんだ。
膝を抱えて俯くと、幸耶は徐に首を横に振った。

「話してくれてありがとう。……頑張ったな」

ぽんぽんと頭を叩かれる。
まさかそこで労いの言葉を貰えるとは思ってなくて、笑ってしまった。

大変だったね、と言われることはあるけど。頑張ったと言われると、存外嬉しいことを知った。
「幸耶も、頑張ったじゃん」
「いや。俺は兄貴がいたから、複雑なことは代わりにやってもらえた。家もそのまま住めてるし」
でもお前は違うんだろ? と前髪を持ち上げられる。それには慌ててかぶりを振った。

「頼れる親戚がいたから、色々手伝ってもらってたよ。でも引っ越して、何も整理できてない状態だった。大学入って数カ月……教習所もあとちょっとだったのに」

力なく肩を落とし、天井を見上げる。

「俺が免許とったら、親父をドライブに連れて行こうと思ってた」
「そうか」
「うん。でも事故の後、教習所に行けなくなった。行こうとすると足が竦んで……親父のことを考えちゃって」

引っ越し先を探していた時、たまたま教習所の目の前に安いアパートがあるのを見つけた。早急に引っ越さないといけなかったから、教習所にも通いやすいと思い部屋も借りた。なのに行けなくなってしまった。

いずれは、大学の近くに引っ越してもいい。今は一旦住居をおさえ、父親の遺品や家財をまとめる必要があった。
しかし停滞して、全てが手つかずの状態になっていた。

「結局、三カ月も不登校。何か、もういいか……って諦めてた」

でも、幸耶と出会い、その気持ちは変わった。

「お前が家に来てくれるようになって寂しくなくなったし、また教習所にも通おうって思えた。だから俺、お前には感謝してもしきれないんだ」

父はもういないけど、自分が行きたいところに運転して行きたい。
そしていつかは、幸耶とも一緒に。

「お前も、俺とほとんど変わらない時期にお父さんを亡くしてたのか」
「うん……まぁ俺は、元々がいい加減だから。急がなくていいことは今も先延ばしにしてるし、大丈夫だよ」

ただのメンタルの問題、と言うと、さっきより近くに引き寄せられた。正面を向いたまま、隣り合わせで密着する。

「大丈夫じゃない。メンタルが一番でかいだろ。無理すんな」
「幸耶……」
「限界きてるときは休まなきゃいけない。……教習所なんか行ってられないよな。何も知らないで余計なこと言って、すまなかった」
「いやいや! 話してないんだから当然だろ!」

むしろそこまで察していたら怖い。
全力で否定するも、幸耶の顔はまだ辛そうだった。 

「お前が泣いた夜も、やっぱりお父さんのこと?」
「……」

そっと髪を梳いて、彼は囁いた。
それほど遠くない記憶が蘇る。家に帰ろうとした幸耶を引き留めた、あの夜。
恥ずかしいけど嬉しかった、大切な一夜だ。

「……どうかな。確かに、毎日孤独で……先の見えない不安には駆られてたけど」

それだけじゃないように思う。
久しぶりに話の合う友人ができて、静まり返っていた家が賑やかになって。心から笑ったのは、父を亡くして以来初めてだった。
にも関わらず、幸耶と別れる際にどうしようもない孤独感に襲われた。

誰といても埋まらない穴。それを埋めてくれたのは幸耶で、……彼じゃないと駄目だった。

「できれば引かないでほしいんだけど。あの日はただ、幸耶が帰っちゃうことが……寂しかった」
「お前……」

すごく恥ずかしかったけど、意を決して告白した。
恐る恐る隣を見ると、案の定彼は顔を手で覆っていた。

「じ、自分でも分かってる。寂しくて泣くとか、情けないしダサいって!」
「いや……馬鹿にしてるとかじゃない。そうじゃなくて……」

幸耶は少しだけ手をどかす。その下の頬は、熱でもあるんじゃないかってほど真っ赤だ。

「帰ってほしくないって思われてたことが、シンプルに嬉しい」
「幸耶……」




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