強く、踏み込んで

七賀ごふん

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ドライブ

#1

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驚いたけど、彼は呆れるどころか喜んでいた。耳まで赤くて心配になったけど、もしかすると俺もそんなに変わらないのかもしれない。
互いに照れくさくて爆発しそうな心境なんだ。それでもくっついて、気持ちを確かめ合ってる。

不器用だし臆病だけど、……相手を傷つけたくないんだから、遠回りするのも仕方ないかもな。

ちょっとほっこりしてると、幸耶はまた含みのある笑顔を浮かべた。

「そういや、泣いてるお前も普通に可愛かった」
「忘れろ」

聞けば聞くほど羞恥心で沸騰しそうになる。
だけど同時に、おかしなぐらいホッとしていた。
拒絶されなくて良かった。……受け止めてもらった、という安心感。温かい想いで胸がいっぱいだ。

「すごい偶然だよな。……あまり嬉しくない偶然だけど」

幸耶の方に手を伸ばす。目に掛かった前髪をすくい、彼に微笑んだ。

「でも俺、幸耶に会えたことは最後のご褒美だと思ってる」
「大袈裟だな。……って言いたいところだけど、俺も。お前に会わなかったら、マジで詰んでた」
「それはないだろ。お前要領良いもん」
「そんなことないぞ。それに健康なメンタルがなきゃ何もできないよ。俺にとってはお前が、生きる糧みたいな……って言うと痛いか」

彼が笑ったので、俺もつられて笑った。

「痛くてもいいじゃん。俺達以外見てないんだし」
「……そうだな。じゃあ改めて言うよ。ありがとう、風月」

全てを受け止めるような、優しい眼差し。こんなにも温かい瞳で見られたのは初めてだ。息を飲み、彼を見返す。

「俺も。ていうか、何百回でも言う。ありがとな、幸耶」

脆く儚い日常で彼と出会えた自分は、間違いなく幸福だ。
「本当に……偶然だけど、会えたのは奇跡だ」
俺達は不思議な縁で結ばれてる。
あまり人には言えないけど。と言うと、彼も「だな」、と言って笑った。

「風月。俺もまだ学生だから、そこまでお前の力になれないかもしれないけど……困ったことがあれば、すぐに言えよ」
「……」

柔い幸耶の髪に触れる。この温もりを忘れたくない、と改めて思った。
凍えそうな足元に、ようやく陽射しが届くようになったんだ。

「幸耶も……遠慮しないで、何でも言って」
「あぁ。さんきゅー」

彼は頷いたが、途端に悩ましげに唸った。

「風月。それじゃさっそく、ひとつお願いしてもいい?」
「もちろん。何?」
「今夜は、俺の家に泊まってかない?」
「え」

思いがけない提案に、露骨に狼狽えてしまった。
嫌がってると思ったのか、幸耶は慌てながら手を振る。
「いや、嫌ならいい。用事あるなら早く帰らないとだし」
「ううん、何もない! でも……」
正直家に呼んでもらったことにも驚いていたのに、良いんだろうか。ただ遊んで帰るだけなら問題ないけど、一晩泊まるというのは。
「いきなり来て、迷惑じゃない?」
「迷惑なわけない。いつもお前の家で寛がせてもらってるだろ。兄貴も部屋に入れてもらったことあるし、たには俺の家で休んでほしいんだよ」
「そんなの気にしなくていいって。……でも、ほんとにいいの?」
「遠慮し過ぎ。……まぁ、それがお前の良いところだからな」
幸耶は俺の頭に手を置き、立ち上がった。

「俺相手に遠慮しないでいい。今日は泊まり決定な」
「ははっ。ありがとう」

幸耶の家に初めて泊まる。突然のことで、心の準備が何もできてない。
いや……友達なんだから、心の準備なんていらないか。
そう思うけど、やっぱり緊張してしまうのは……幸耶に抱く気持ちが、“友達”だけじゃないからだ。

好きなんだ。ひとりで浮かれ、舞い上がってしまうほど。


持ち物も準備してないからコンビニへ行こうとしたけど、なあなあで止められてしまった。
その後は夜更けまで喋って、シャワーを借りて、未開封の歯ブラシをもらって。ベッドに横になったのは、午前三時過ぎだった。
「幸耶。マジで、俺は床でいいよ」
「大丈夫。自分の部屋の床で寝ることってあんまりないから、新鮮なんだ」
幸耶は床に布団を敷き、部屋の明かりを消した。
彼のベッドを占領するのが申し訳なかったけど、お言葉に甘えてベッドで寝ることにした。

幸耶の匂いだ……。
変態っぽくて自分でもドン引きだけど、幸耶の匂いに包まれてることに安堵する。
暑いのにブランケットを胸まで引き上げ、暗い天井を見上げた。

「風月」
「何?」
「何でもない」
「なんなん?」

謎の呼びかけに応え、瞼を伏せる。
実際意味はなかったんだろうけど、幸耶はまた俺の名を呼んだ。

「おやすみ、風月」
「……おやすみ」

とても短い囁き。だけどその声は、眠りに落ちるまで俺の鼓膜に残った。


教習所のことも父親のことも、彼に打ち明けるつもりはなかった。
話しても困らせるだけ。暗くなるだけだから。母親を亡くして悲しむ幸耶に話すのは酷だと思った。
俺も同じだから、気持ちが分かるよ。……なんて言う気は一切なかったし。

育った環境や、親との関係性は人それぞれで、全然違う。だから悲しみの度合いも、考え方も違う。

不幸を重ね、照らし合わせるなんてことはすべきじゃないんだ。

ただ俺が幸耶に伝えたいのは、────独りじゃないということ。

どんな時も傍にいる。

いくらでも話を聴く。それだけは伝えたい。寂しさに押し負けた夜、彼が俺に寄り添ってくれたように。






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