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後日譚
#5
しおりを挟む「ねぇ、明美さんって彼女いると思う?」
「うーん、どうだろ。合コンとか行ってる気配ないよね。定時になったらすぐに帰るし」
「だよね。やっぱり恋人いるのかなあ。遠距離恋愛だったりして」
「あ~! 意外と律儀そ~!」
聞こえてる聞こえてる。
勤務中だぞ、女性諸君。
「それでも、あの笑顔を独り占めできるのは良いなぁ~」
声が大きいわけではないが、高い声はよく通る。低いパーテーションが敷き詰められたオフィスは、他人のひそひそ話が耳に入って仕方ない。
入社してそれなりに経つが、異動の多い部署ゆえデスクが数列離れると名前も分からないことが多い。横のモニターに視線を移し、後方に居座る女性達を確認して肩を竦めた。
噂の種にはなりたくないが、好意的に思われてるのは不幸中の幸いだろう。
アケミはぬるくなった珈琲を飲み干し、パソコンのメールボックスを閉じた。
十八時、定時ぴったり。退勤の文字をクリックし、サムソナイトのブリーフケースを肩に掛ける。
出入口に向かう際、先程の女性達に溢れんばかりの笑顔で「お疲れ様です」と声を掛けた。
「すみません、お先に失礼しますね」
「あっ! お疲れ様でーす!」
軽く会釈して横を通り抜ける。耳が良いのも困りもので、オフィスから出るときもキャッキャと盛り上がってる声が聞こえた。
エレベーターに乗り、地下の駐車場へ降り立つ。
人を見た目で判断するのはいけないが、可視部分に揺れ動くのも人の性である。
そうだ、人のことは言えない。俺もしっかり一目惚れした相手がいる。
自戒ともとれることを思い出し、内心苦笑した。
鼻歌を歌いながら愛車に乗り込み、エンジンをかける。発車させる前にスマホをいじり、画面に映る人物を眺めた。
「はぁ……」
それは、真白がソファで寝落ちした時に盗撮……撮影した写真。
可愛い。可愛い以上の語彙がないことがもどかしい。
青年と言うには稚く、少年と言うには凛々しい顔が画面に映し出されている。
常識の外から連れ去ってきた彼は、紛れもないアケミのパートナーだ。
駐車場を出て、買い出しの為にスーパーへ向かう。
今日は久しぶりにルンルンで買い物できる。というのも、真白が初めて食事すると言ってくれたから。
これまでは誘っても頑なに食事をとろうとしなかったから、本当に嬉しい。
真白は真白で、不安や悩みを抱えているのだろう。
寝落ちに関しても相当動揺してるはずだ。睡眠や栄養が必要になるということは、人間に近付いているということ。
真白は天使ではなくなるかもしれない───……。
恐らく本人もその可能性を危惧している。しかしアケミはもう少しポジティブに捉えていた。
アケミが眠っている間、真白はずっと独りで起きている。寂しい時間を過ごさせていることが申し訳なく、また、胸が痛かった。
だが生活リズムが人間に近付けば同じ時間に寝て、同じ時間に目覚めることができる。
食べることも寝ることも、みんな一緒にやりたいアケミにとっては、真白の変化は喜ばしいぐらいだ。
彼のことが知りたいし、彼が知らないことを教えてあげたい。天使の生態はさっぱりだけど、何から何まで手を差し伸べてやりたいのが真情だ。
あんなにも自分を慕ってくれる、いたいけな存在は他にいない。たくさん甘やかしたいし、一生をかけて愛を注ぎたい。
「ただいまー」
「アケミさん。おかえりなさい」
自宅のドアを開けると、奥からパタパタと軽い足音が聞こえた。
柔らかそうな髪と眠たそうな瞳。アケミは頭二つ分小さい真白の顔を覗き込む。
「お、寝てた? 髪の毛跳ねてるよ」
手ぐしで丁寧に梳かすと、彼は申し訳なさそうに頭を下げた。
相変わらずいじらしいほどの純真さを見せる真白に、軽くキスする。
「さ。早速晩餐の支度をしようか」
おどけて言ったものの、ご馳走と言うほどではない。アケミは袖をまくり上げて手を洗った。
「お手伝いします。何を作るんですか?」
「んーとね。ちらし寿司」
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