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不意に頬を撫でられる。
「久宜さんって笑うとすごく可愛い。よく言われません?」
「だから、歳上をからかうなよ。あとその台詞はそのまま返す」
「なるほど。それは喜んでいいのかな?」
「どうぞお好きに」
とんとんと会話を転がし、視線をそらす。
ウイスキーの甘い部分だけを抽出してるみたいだ。口の中がいやに甘ったるい。

彼が隣にいると緊張が解れて、心地良い。
おかしいな。会って二日目でこんなん……。

頭も体もとけそうで、その日は逃げるように帰った。


次の日、またその次の日も、青年は現れた。ぶっちゃけ大学や就活は大丈夫なのか心配だった。何度も無理やり返そうとしたけど、ジャンケンで毎回負けてしまう。どうも俺が繰り出すパターンを熟知してるらしい。

「今日は久宜さんが帰ったらどうですか? 顔すこい真っ赤ですよ……何杯飲んだんですか」
「え……ウッ」

週末ということで調子に乗った。依頼の報酬も良かったので、いつもより多く飲んでしまった。
「君もたまには飲みなよ。心配しなくても奢ってやるから。この優しく偉大な久宜お兄さんが……」
「僕はいいから、それより水飲んでください。絶対酔ってるでしょ」
「酔ってない。俺がほんとに酔ってたのはガラス戸が見えなくて突き破ったとき……」
「カラスじゃないですか」
言ってる途中だったけど、強引に水を飲まされた。喉を通る水も、頬に触れる手もひんやり気持ちいい。……はるか昔にも誰かとこうして触れ合った気がするけど、よく思い出せなかった。
青年は何故か辛そうな顔で前に屈む。

「久宜さん、俺を見てよ。俺の運命の人はここにいる?」

近くの階段に二人でしゃがみこみ、見つめ合う。あれだけうるさい音楽と歓声が、まるで耳に入らない。
吐き気と頭痛に耐えながら、彼とホールを交互に見る。やはり彼の糸が見えないから、相性を見ることもできない。

泣きそうな顔をしてるのに、申し訳ない。でも嘘は絶対につけない。
口を噤むと、彼は俺の肩に頭を乗せ、ぽつりと零した。

「久宜兄ちゃん」






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