上 下
6 / 9

#6

しおりを挟む



「え……?」

聞き慣れない。でも懐かしい響き。
上手く反応できないまま、彼の後頭部を見た。
彼……いや、この子は。

「え……っと……」

先ず、運命の人が分からない不安は理解できる。だからか無意識に彼の柔らかい髪を撫でていた。
人生分からないことだらけだ。きっと恋愛以上に苦戦することが待ち受けてる。
だから焦らなくていい。
いつもなら出てこない言葉が、酔いのせいかすらすら口から出てきた。こんな風に自分の意見を説くのは初めてかもしれない。
彼があまりに従順に、真剣な表情で聴くから。昔を思い出して、隅っこで手を繋いだ。

俺の言うことを真に受けてはいけないし、頼ってはいけない。
アドバイスじゃなく注意ばかりになったけど、青年は最後まで頷いていた。
酔いも吐き気もおさまった頃には営業時間も終わりに近付き、客は自分達を邪魔そうにしながら階段を上っていった。
音が消えた空間で、今度は眠気に襲われる。
「久宜さん、寝ないでください」
「駄目だ、……タクシー……」
「呼びますから。とりあえず店の外まで歩いてくれないと、……そろそろキスしますよ」
「はは……」
すごい冗談言うようになったな。逆に感心する。
俺はそうなっても全然嫌じゃない。
いやいや、目を覚ませ。これ以上歳下に迷惑かけたら駄目だろ。
床に手をついて立ち上がろうとしたその時、彼の影が落ちてきた。

「ん……」

目の前は真っ暗だ。唇に柔らかいものが当たってるけど、これはまさか。
「ちょ……何でっ」
肩を押して見ると、彼はマスクを外していた。想像どおり……想像以上の美形だったけど、そんなことはどうでもいい。
「おまっ……運命の人見つける前に俺にキスしてどうすんだ!」
「いいんだ。もうとっくに見つけてるし」
彼は瞳を揺らしながら微笑む。
「僕はずっと捜してた。会ったこともない人じゃなくて、久宜さん、貴方を。ずっと……!」
宥めるつもりが強い語調で言い返され、怯んでしまう。
「人違いだろ。俺は君のことは」
知らないと言おうとして、息を飲む。そういえば糸が見えないのはこれで“二回目”。

この青年と、……かつて一緒に遊んでいた男の子だけだ。

「あ……」

その瞬間焼けるように胸が熱くなった。逆流する記憶に対応しきれず、口元を手で覆う。
目の前にいる青年を、俺は知ってる。ずっと捜していた───あの小さな男の子。

「僕のこと、全然覚えてないみたいですね」
「いや……っ! 覚えてる。あの子だろ。小学生の時、隣の家だった」

何を必死になってるのか、自分の声は掠れていた。

「君こそ、よく俺が分かったな」
「名前は覚えてたから。でも名前と、漠然とした引越し先以外分からなかった。だからインチキじゃない、人の縁が見える人を捜してたんです。申し訳ないけど再会できたのは偶然とか、運命なんかじゃないです」




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【本編完結】旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,161pt お気に入り:6,941

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,278pt お気に入り:6,129

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,441pt お気に入り:35

令嬢はまったりをご所望。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,848pt お気に入り:21,406

令嬢は大公に溺愛され過ぎている。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,535pt お気に入り:16,083

月が導く異世界道中

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:57,176pt お気に入り:53,925

婚約破棄と言われても・・・

BL / 完結 24h.ポイント:5,589pt お気に入り:1,414

処理中です...