欠けるほど、光る

七賀ごふん

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一石

#3

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戸波宙となみそらさん」
「ん?」

彼は石を持ちながら、少し掠れた声で呟いた。視線は、俺の胸にある名札に注がれている。
「うん。戸波って言います」
「……宙さんて呼んでもいいですか?」
「もちろん良いけど」
いきなり名前で呼ばれると何か照れるな。
でも、悪くない。弟ができたみたいで嬉しかった。
透夜君は俺が今年でここのバイトを辞めることを知るととてもショックを受けていた。今すぐいなくなるわけじゃないから、と宥めると何とか気を取り直していた。
でも彼もふと暗い顔を見せる時があって、人には言えない悩みを持ってるんだろうな、と思った。
気になるけど、あまり深く踏み込むことはできない。代わりに彼がここへ来た時は、精一杯の笑顔で話をしたい。

「またおいで。あ、晴れの日にね。雨の日はいないから」
「……? 雨の日はいないの?」
「うん。傘持ってないんだ」

わざとおどけて言うと、彼は肩を揺らして笑った。

そんなやり取りを繰り返し、冬を越し、バイトを辞めた。

親戚のお情けで雇ってもらったお店だった。

俺は“普通”と違う。それを人に知られることが、呆れられることがたまらなく怖かった。
晴れの日は外に出られるのに、雨の日は一歩も動けなくなる。……なんて。

働くどころか学校すら行けなくなる。
晴れの日しか来ないようあの子に言ったのは、体質のことで嫌われたくなかったからかもしれない。天候で体調が左右されるような弱い人間だと思われたくなかった。

事実弱いくせに。弱いと思われたくない、と思うことこそ弱い証拠だ。分かってるのに、彼と会うときは必ず晴れが続く週に約束した。

「宙さん! ごめん、待った?」
「ううん、全然。じゃあ行こっか」

遠夜くんとは連絡先を交換して、プライベートに会うぐらい仲良くなった。近くの天然石ショップ巡りをしたり、他愛もない雑談をしたり。大学で友人がいない俺は久しぶりに楽しい休日というものを謳歌した。
最初こそ話を合わせられるか緊張したけど、何回も会ううちにその不安もどこかへ消え去った。今は彼の顔を見ると安心感に包まれるほど。

街は緑も増えつつある。陽だまりの中を歩きながら、当時は珍しかった西洋建築の建物を見上げた。

「この辺って綺麗な街並みだから、デートスポットとしても人気なんだよね。ウチの店もカップルが多いし」
「あー、確かに。さっきからめっちゃベタベタしてるカップル多いですもんね。……宙さんは彼女いるんですか?」
「あはは、いないよ」
「じゃ、募集中?」
「んー……」




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