欠けるほど、光る

七賀ごふん

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四石

#3

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今、なんて……。

真偽を確かめようとした時、透夜がこちらを向いて叫んだ。
「宙さん! コーヒーこぼしてます!」
「え。うわっ、冷た!」
口元まで持っていってると思ったグラスは、自分の膝に注いでしまっていた。

「ひえぇ、よりによってやばい部分に……」
「おしぼりあるんで、トイレで拭きましょ!」

道流君は親切に、大量のおしぼりを持ってきてくれた。濃いネイビーのジーパンなのが幸いだったけど、めっちゃ冷たい。

「あー恥ずかしい」

いくら驚いたとはいえアホだ。男性トイレに入り、洗面台の前で必死に拭いていると、後ろの扉が開いた。

「宙さん、大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。大丈夫だよ」

戻りが遅いことを心配したのか、透夜が心配そうに現れた。
「だいぶ薄まったよ。コーヒーくさいけど」
「ん~……そうですね……」
彼は長駆を縮め、俺の内腿を掴むと無理やり開かせた。すると結果的に股間を凝視してる構図となる。
瞬く間に羞恥心に火がつき、彼の肩を押した。

「と、透夜。あんまり近くで見ないでくれるか」
「え。あ、すみません! そういうつもりじゃ……!」

もちろん悪気がないのは分かってる。でも人が来たらやばいから、早々に距離をとった。
「せっかく店もいっぱいあるし、後でズボン買いに行っちゃ駄目?」
「もちろん良いです! 探しにいきましょう!」
透夜は即答したものの、顔を背けた。まだ少し赤い……のは、今のやり取りのせいだけではないだろう。

「なぁ。さっき道流君が言ってたこと、本当?」
「…………はい」

耳を澄まさないと聞き取れないほど小さな声が返ってきた。
透夜も気まずそうにしてるけど、俺はそれどころじゃない。

「初耳だよ。リハビリ系とは聞いてたけど……」

俺自身、症状が酷くて通院していた時期は理学療法士と関わったこともある。気象病は確立された治療法がないけど、普段の運動習慣も密接に影響している為、こまめなカウンセリングも受けていた。
でも、まさかそこまで……。

「も、元々目指してたのか?」
「そう……です」

あ、嘘だな。
彼は意外と分かりやすい。それも俺限定なのかもしれないけど。

「長年片想いしていた人っていうのは?」
「……ふぅ。ちょっと待ってもらえますか」

誰も来ないかハラハラしつつ、大人しく待つ。透夜は深く息をつくと、観念したように頭を掻いた。

「……だから、宙さんといる時に道流に会いたくなかったんですけどね」

おぉ。認めたな。
というか、そんな大変なことを知らされるとは。

「す、すごいじゃないか。合格するの大変だっただろ。国家資格だもんな」

やばい。お決まりの褒め言葉しか出てこない。
そうじゃないんだ。凄まじい努力をしたことは分かるし、心から尊敬するけど。俺が言いたいのはもっと、

「……そこまで、俺のこと好きでいてくれたんだ?」

超特大サイズのブーメラン。
自分で言った瞬間、恥ずかし過ぎて卒倒するかと思った。

対する透夜も、もはや何も言えず片手で顔を覆っている。

「しっかりしろ。いつかは絶対分かることだったろ」
「そうなんですけど……心の準備ができてなかったので」

心の準備っているのか?
不思議に思いながら、彼の真隣に移動する。

「……まいったな。俺、そこまでお前を狂わせてたのか」

俺の為に就職先を決める。それはほとんど、俺が彼の人生を決定したようなものだ。
それなのに透夜は、俺が拒絶できるぎりぎりのラインで攻めよってきていた。
自分が透夜だったのなら、もっと強引にアタックしたかもしれない。そう思うと彼はまだ冷静で、慎重で、紳士に見える。

ていうか、これ以上取り繕うのは不可能だ。
恥ずかしい。恥ずかしい。…………嬉しい。

大好き、なんて言葉じゃ伝えきれない。

「すごく申し訳ない。でも、……ありがとう」
「…………そう言ってもらえると、俺も嬉しいです」

二人揃って赤面し、顔を隠した。

痺れを切らした道流君が様子を見に来るまで、俺達は羞恥心と闘っていた。




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