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嘘
#34
しおりを挟む影山は一足先に東京へ帰って、警察や会社に事情を説明すると話した。同じタイミングで帰っても良いのだが、彼は頑として譲らなかった。一人の方が覚悟がぶれないと言う。
ホテルのエントランスまで見送って、向かい合う。
「あ。本当に逃げるつもりはないので、そこは安心してください」
「……」
心底うんざりした顔の品場に、影山は笑いながら手を振った。
「もう、冗談ですよ! 冗談が通じませんねぇ」
「タチが悪いし、お前が言うと本当冗談に聞こえないんだよ」
低いトーンで言うと、影山はまた可笑しそうに笑った。
昔のような無邪気な笑顔に目を奪われる。
彼も急に居心地悪そうにして、頬を掻いた。笑顔を消し、深々と頭を下げる。
「では……品場さん、どうかお元気で。本当にありがとうございました」
最後の最後に交わす挨拶が今までで一番礼儀正しくて、何だかこっちも居心地が悪い。余所余所しいというか、事務的というか。違和感に肩を竦めながら、静かに息を吐く。
影山が背中を向けて歩きだそうとした……瞬間、決して小さくない声を掛けた。
「恋人だから」
「えっ?」
突如告げた言葉に、影山はきょとんとした顔で振り返る。そう遠くない距離に人が居たものの、構わずに続けた。
「ちゃんと伝えとかないと曖昧なままになりそうだからさ……」
プライドとか羞恥心とか、持っている余計な物をなるべく振り払った。恋人なのだと伝えた。彼は自分の、……自分は、彼の。
「お前が早く良くなって、“こっち”に戻ってこなきゃいけない理由は、恋人の俺が待ってるからだ。それを忘れないで治療に専念するんだ。『でも』とか『どうせ』とか言うな。揺れそうになったら俺のことだけ考えてろ」
不安に押し潰されそうになった時……孤独と闘っている時……。
自分は彼の味方だ、と言いたかったのだけど、言葉足らずでただの不遜な台詞になってしまった。
内心嫌な汗をかいて立ち尽くしていると、影山は笑顔に戻った。そして軽く敬礼のポーズをとる。
「了解です。怖くなったら、品場さんのことを思い出しますね」
ジャケットを両手で持ち直し、再び前を向く。
「待たせてしまうと思います。すみません……でも、必ず約束します。今度は俺から、貴方に会いに行く」
彼の姿が遠くなる。ここにあるはずのない花弁が、一瞬だけ視界の端によぎった。
「それで、また一緒に……桜を見ましょう」
その言葉を最後に、エントランスのドアが閉まった。自分以外は誰もいなかった。
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