魂の所在

ヒラタメイ

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第1話

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『拓己さん。——生きて』
 耳に馴染むよく知った声だった。
「……痛ってぇ」
 ハッと勢いよく起き上がったせいで肘を盛大にぶつけてしまった。時計を確認すると午前6時。起床するにはまだ少し早いが痛みで完全に目が覚めてしまっていた。
 痛い痛いと赤くなったそこをさすりながら、またいつものかとため息をついた。


 異世界というものが実在すると証明されたのは今から約20年前のことだった。その数年前から何度か発生していた謎の羽虫の大量発生。それを調査した結果、この世界とは別次元の世界があり、虫たちはそこからやって来たことが判明した。
 虫の駆除と調査に一役買ったのが辺境地に住む能力者——現在ではヴィムと呼ばれることの方が多い——達だった。彼らは不思議な力を使うといわれ、地元住民から敬われつつも恐れられる存在だった。一部地域では、小規模ではあるものの同じような事例があったことから彼らは招集された。
 虫の駆除はヴィムにしかできず、発生源である別次元空間に行くこともヴィムにしかできない。しかしその数は極めて少なかった。
数年の研究の結果、後天的にヴィムになる方法が発見された。いくつか条件があるものの、志願者の2割ほどはそれを満たしてた。
 会澤拓己もその一人だった。


 シートがガタガタと揺れる。舗装されていない道は寝不足の人間とは相性が悪い。車酔いする質ではないが疲れるものは疲れる。
「ここ、いい加減舗装されないの?」
「無理だろうな。一応、一般人の立ち入りを拒む目的もあるからな」
 ハンドルを切りながら水香スイコウみふみは答えた。そこそこの量の仕事を振られているはずの彼女だが、俺を含む会澤班の送迎だけは可能な限り行っていた。
 うねる山道を抜け小さな広場に出た。広場と言っても車を止めるスペースと古井戸があるだけの場所だ。
 車を降り、後部座席に置いてあった大きなリュックサックを背負う。とんでもなく重いがこれも仕事なので仕方がない。
 水香は車から脚立を取り出し井戸の前に置いた。胸の高さほどある井戸の縁まで登り俺は振り返る。
「じゃあ行くわ。忙しいのにありがとな」
「いえいえ」
 それじゃあと言い残し俺は井戸に身を投げた。
最初は重力に従って早く、だがすぐにスピードが落ち始め、最終的にはゆっくりと地面に着地した。
それと同時に目の前の景色が変わった。何も見えない暗闇から森の中へと切り替わる。それは瞬きをしたほんの一瞬の出来事だった。
 先ほど飛び込んだ井戸とよく似た井戸の横に俺は立っていた。それの縁には掠れた文字で『D1』と書かれている。
 二日間の休暇を経て、俺はD1区画に戻って来たのだった。
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