曖昧なままで

ヒラタメイ

文字の大きさ
7 / 12

第七話

しおりを挟む
 誰もいない街。だが僕はそれに何の違和感も抱かなかった。
「お待たせー」
 ぼーっとしていると、中身の詰まったレジ袋を手に提げた飯塚くんがやって来た。
「結構買ったね」
「せっかくだし豪華にしようと思って」
 何がせっかくなのかは分からないが豪華なのは嬉しい。
「行こっか」
 どこに行くのかは分からない。でも、飯塚くんについて行けばきっと良いことがある。僕は確信を持っていた。
 荷物を持っていない方の手が僕の手を取った。最初は緩く、そしてゆっくり指と指を絡めた。
 誰もいない街を僕らはゆっくり歩く。手と手を繋いでいるので彼との距離はほとんど0に等しい。
 ふと手を引かれた。そしてそのまま細い路地に連れ込まれる。
「飯塚くん……?」
 戸惑いながら目線を上げた。
 彼はじっと僕の顔を見つめていた。見たことのない目をしている。怯んでしまいそうな、でも逸らしたくないような力強い瞳だった。
 吸い込まれるように見つめ返していると、それはゆっくりと近付いてきた。頬に手が添えられ、ゆっくり、ゆっくりと——。
 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ……。
「……っ!」
 見知った天井。半分ずれ落ちた掛布団。耳元で起きろと喚くスマホを掴み、アラームを解除する。室内が静寂に包まれた。
 スマホを手にしたまま僕は微動だにしなかった。いや、できなかった。
 混乱、というのはこういう時に使う言葉なんだなと、動揺した思考は現実逃避を始める。
しょうがないだろう。今見たものを真正面から受け止めればどうにかなってしまいそうだ。そうだ。あれはただの夢だ。ただの……。


「夢って願望の表れって言うよね」
 向かいに座る桜子の言葉に、僕は飲んでいたカフェオレを噴き出した。
「ちょっと、汚い」
 上体を逸らし、彼女は全身を使って嫌がった。確かに行動は僕が悪いが、原因はそっちにあるだろう。
 しかし、そんなことを言えば今朝の夢について説明しなければならなくなるので、僕は黙って噴き出したものを紙ナプキンで拭き取ることにした。
 『17時、表参道駅集合』。それ以外何も書かれていないメッセージが、昼前に僕のスマホに届いた。無視しても良かったのだが、それはそれで後がめんどくさそうだと思い、大人しくメッセージに従うことにした。
 連れて行かれたのは、カップルと女性客しかいないようなお洒落なカフェだった。この中では僕はさぞ浮いているだろう。しかし、このまま帰ることもできないので、居心地の悪さを抱えたまま、おすすめだと言われたパンケーキを注文した。
「ごめんごめん。……で、何の話だっけ」
「赤ちゃん抱いてる夢見たって話! 子どもそんなに得意じゃないけど、一人ぐらいは欲しいって思ってるのかなー」
 知らんけど、と付け加え彼女はぬるくなった紅茶を飲み干した。
「そろそろ行く?」
 僕は返事の代わりに、すっと伝票を差し出した。
「何? 私に払わせる気?」
「いや、年上じゃん」
「都合の良い時だけ年上扱いするよねぇ、ほんと」
 そう言いながらも彼女は伝票を手に取り、流れるようにお会計を済ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー

夏目碧央
BL
 強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。  一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

情けない男を知っている

makase
BL
一見接点のない同僚二人は週末に飲みに行く仲である。

処理中です...