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第七話
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誰もいない街。だが僕はそれに何の違和感も抱かなかった。
「お待たせー」
ぼーっとしていると、中身の詰まったレジ袋を手に提げた飯塚くんがやって来た。
「結構買ったね」
「せっかくだし豪華にしようと思って」
何がせっかくなのかは分からないが豪華なのは嬉しい。
「行こっか」
どこに行くのかは分からない。でも、飯塚くんについて行けばきっと良いことがある。僕は確信を持っていた。
荷物を持っていない方の手が僕の手を取った。最初は緩く、そしてゆっくり指と指を絡めた。
誰もいない街を僕らはゆっくり歩く。手と手を繋いでいるので彼との距離はほとんど0に等しい。
ふと手を引かれた。そしてそのまま細い路地に連れ込まれる。
「飯塚くん……?」
戸惑いながら目線を上げた。
彼はじっと僕の顔を見つめていた。見たことのない目をしている。怯んでしまいそうな、でも逸らしたくないような力強い瞳だった。
吸い込まれるように見つめ返していると、それはゆっくりと近付いてきた。頬に手が添えられ、ゆっくり、ゆっくりと——。
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ……。
「……っ!」
見知った天井。半分ずれ落ちた掛布団。耳元で起きろと喚くスマホを掴み、アラームを解除する。室内が静寂に包まれた。
スマホを手にしたまま僕は微動だにしなかった。いや、できなかった。
混乱、というのはこういう時に使う言葉なんだなと、動揺した思考は現実逃避を始める。
しょうがないだろう。今見たものを真正面から受け止めればどうにかなってしまいそうだ。そうだ。あれはただの夢だ。ただの……。
「夢って願望の表れって言うよね」
向かいに座る桜子の言葉に、僕は飲んでいたカフェオレを噴き出した。
「ちょっと、汚い」
上体を逸らし、彼女は全身を使って嫌がった。確かに行動は僕が悪いが、原因はそっちにあるだろう。
しかし、そんなことを言えば今朝の夢について説明しなければならなくなるので、僕は黙って噴き出したものを紙ナプキンで拭き取ることにした。
『17時、表参道駅集合』。それ以外何も書かれていないメッセージが、昼前に僕のスマホに届いた。無視しても良かったのだが、それはそれで後がめんどくさそうだと思い、大人しくメッセージに従うことにした。
連れて行かれたのは、カップルと女性客しかいないようなお洒落なカフェだった。この中では僕はさぞ浮いているだろう。しかし、このまま帰ることもできないので、居心地の悪さを抱えたまま、おすすめだと言われたパンケーキを注文した。
「ごめんごめん。……で、何の話だっけ」
「赤ちゃん抱いてる夢見たって話! 子どもそんなに得意じゃないけど、一人ぐらいは欲しいって思ってるのかなー」
知らんけど、と付け加え彼女はぬるくなった紅茶を飲み干した。
「そろそろ行く?」
僕は返事の代わりに、すっと伝票を差し出した。
「何? 私に払わせる気?」
「いや、年上じゃん」
「都合の良い時だけ年上扱いするよねぇ、ほんと」
そう言いながらも彼女は伝票を手に取り、流れるようにお会計を済ませた。
「お待たせー」
ぼーっとしていると、中身の詰まったレジ袋を手に提げた飯塚くんがやって来た。
「結構買ったね」
「せっかくだし豪華にしようと思って」
何がせっかくなのかは分からないが豪華なのは嬉しい。
「行こっか」
どこに行くのかは分からない。でも、飯塚くんについて行けばきっと良いことがある。僕は確信を持っていた。
荷物を持っていない方の手が僕の手を取った。最初は緩く、そしてゆっくり指と指を絡めた。
誰もいない街を僕らはゆっくり歩く。手と手を繋いでいるので彼との距離はほとんど0に等しい。
ふと手を引かれた。そしてそのまま細い路地に連れ込まれる。
「飯塚くん……?」
戸惑いながら目線を上げた。
彼はじっと僕の顔を見つめていた。見たことのない目をしている。怯んでしまいそうな、でも逸らしたくないような力強い瞳だった。
吸い込まれるように見つめ返していると、それはゆっくりと近付いてきた。頬に手が添えられ、ゆっくり、ゆっくりと——。
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ……。
「……っ!」
見知った天井。半分ずれ落ちた掛布団。耳元で起きろと喚くスマホを掴み、アラームを解除する。室内が静寂に包まれた。
スマホを手にしたまま僕は微動だにしなかった。いや、できなかった。
混乱、というのはこういう時に使う言葉なんだなと、動揺した思考は現実逃避を始める。
しょうがないだろう。今見たものを真正面から受け止めればどうにかなってしまいそうだ。そうだ。あれはただの夢だ。ただの……。
「夢って願望の表れって言うよね」
向かいに座る桜子の言葉に、僕は飲んでいたカフェオレを噴き出した。
「ちょっと、汚い」
上体を逸らし、彼女は全身を使って嫌がった。確かに行動は僕が悪いが、原因はそっちにあるだろう。
しかし、そんなことを言えば今朝の夢について説明しなければならなくなるので、僕は黙って噴き出したものを紙ナプキンで拭き取ることにした。
『17時、表参道駅集合』。それ以外何も書かれていないメッセージが、昼前に僕のスマホに届いた。無視しても良かったのだが、それはそれで後がめんどくさそうだと思い、大人しくメッセージに従うことにした。
連れて行かれたのは、カップルと女性客しかいないようなお洒落なカフェだった。この中では僕はさぞ浮いているだろう。しかし、このまま帰ることもできないので、居心地の悪さを抱えたまま、おすすめだと言われたパンケーキを注文した。
「ごめんごめん。……で、何の話だっけ」
「赤ちゃん抱いてる夢見たって話! 子どもそんなに得意じゃないけど、一人ぐらいは欲しいって思ってるのかなー」
知らんけど、と付け加え彼女はぬるくなった紅茶を飲み干した。
「そろそろ行く?」
僕は返事の代わりに、すっと伝票を差し出した。
「何? 私に払わせる気?」
「いや、年上じゃん」
「都合の良い時だけ年上扱いするよねぇ、ほんと」
そう言いながらも彼女は伝票を手に取り、流れるようにお会計を済ませた。
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