8 / 12
第八話
しおりを挟む
店を出て駅に向かう。僕はこのまま帰るが、桜子はこれから用事があるそうで、彼女とは店先で別れた。
「……飯塚くん?」
もう少しで着くというところで、僕は見知った姿を見つけた。いや、正確には見たことのない表情をした飯塚翔が壁にもたれかかっていた。呆然とした、何かショックを受けたかのような表情をしている。
僕が声を掛けたことで彼は緩慢に首を動かし、顔をこちらに向けた。その目に光は無かった。
「大丈夫……? 何かあった……?」
初めて見る姿に戸惑いながらも、僕は彼にそう訊いた。しかし、彼は苦しそうな表情を見せるばかりで、口を開く気配はなかった。
これは困った。こんなに憔悴しきっている彼を見たことがない。放ってはおけないが何があったのか分からないのでは対処の仕様がない。
しばらく悩んだ末に、僕は彼を自宅に連れて帰ることにした。今の彼を一人にさせるのは正直怖い。
僕の提案に彼はしばらく何も言わなかったが、最終的にはゆっくりとうなずき、僕の後に続くようにして帰路に就いた。
道中、彼は一言も発しなかった。いつもならよく回る口がぴったりと閉ざされているのを見るのは僕もつらかった。
「あんまり片付いてないけど、まあ、入って」
「……お邪魔します」
今日初めて発した飯塚くんの声は小さく、弱々しかった。
彼をソファーに座らせ、僕はケトルのスイッチを入れる。湯が沸騰するまでの間に戸棚からカモミールティーのティーパックを探し出した。これはだいぶ前に桜子から貰ったものだ。
来客用のマグカップにカモミールティーを注ぎ、彼の前に置く。彼はそれをぼんやりと見つめた後、
「これ、何?」
と訊いてきた。
「これね、カモミールティー。リラックス効果があるらしいよ」
今日初めてまともな会話が出来そうだと思い、僕は前のめりに答えた。しかし、なぜだか彼は先ほどよりも苦しそうな表情を見せた。
「え、嫌いだった? ごめん。何か他のものにするね。えっと、何があったっけ……」
彼が飲めるものを探そうと立ち上がった瞬間、強く手を引かれた。行かないでくれと言っているかのような、強い力だった。
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだ……」
弱々しくそう呟いたのち、彼の頬に一筋の涙が流れた。
いつも自信に満ち溢れている彼が涙を流すなんて。僕は衝撃を受け、それと同時に怒りも生まれた。
「飯塚くん。僕に何かできることある? 何があったか話してくれなくてもいいからさ」
必死になってそう言っても、彼はただ首を横に振るだけだった。
「僕じゃ頼りにならない?」
「違う!」
突然の大声にびっくりした僕を見て、彼はすぐにごめんと小声で謝った。
「違うんだ。和泉くんが悪いんじゃない。俺が悪いんだ。俺が勝手に」
そこまで言うと、彼はハッとして口を閉ざした。
「何? 勝手にどうしたの?」
ここまで言ってスルーする訳にはいかない。話をしてくれるまでは帰さない。
僕の強い意志を感じ取ったのか、彼は溜息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「ほんとはね、こんなタイミングで言うつもりはなかったんだけど」
「うん」
彼は僕に何を伝えるつもりなのだろう。じっと彼を見つめ続きを待っていると、発せられたのは想像だにしていなかった言葉だった。
「ごめんね。俺、和泉くんのこと、好きなんだよね」
「……飯塚くん?」
もう少しで着くというところで、僕は見知った姿を見つけた。いや、正確には見たことのない表情をした飯塚翔が壁にもたれかかっていた。呆然とした、何かショックを受けたかのような表情をしている。
僕が声を掛けたことで彼は緩慢に首を動かし、顔をこちらに向けた。その目に光は無かった。
「大丈夫……? 何かあった……?」
初めて見る姿に戸惑いながらも、僕は彼にそう訊いた。しかし、彼は苦しそうな表情を見せるばかりで、口を開く気配はなかった。
これは困った。こんなに憔悴しきっている彼を見たことがない。放ってはおけないが何があったのか分からないのでは対処の仕様がない。
しばらく悩んだ末に、僕は彼を自宅に連れて帰ることにした。今の彼を一人にさせるのは正直怖い。
僕の提案に彼はしばらく何も言わなかったが、最終的にはゆっくりとうなずき、僕の後に続くようにして帰路に就いた。
道中、彼は一言も発しなかった。いつもならよく回る口がぴったりと閉ざされているのを見るのは僕もつらかった。
「あんまり片付いてないけど、まあ、入って」
「……お邪魔します」
今日初めて発した飯塚くんの声は小さく、弱々しかった。
彼をソファーに座らせ、僕はケトルのスイッチを入れる。湯が沸騰するまでの間に戸棚からカモミールティーのティーパックを探し出した。これはだいぶ前に桜子から貰ったものだ。
来客用のマグカップにカモミールティーを注ぎ、彼の前に置く。彼はそれをぼんやりと見つめた後、
「これ、何?」
と訊いてきた。
「これね、カモミールティー。リラックス効果があるらしいよ」
今日初めてまともな会話が出来そうだと思い、僕は前のめりに答えた。しかし、なぜだか彼は先ほどよりも苦しそうな表情を見せた。
「え、嫌いだった? ごめん。何か他のものにするね。えっと、何があったっけ……」
彼が飲めるものを探そうと立ち上がった瞬間、強く手を引かれた。行かないでくれと言っているかのような、強い力だった。
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだ……」
弱々しくそう呟いたのち、彼の頬に一筋の涙が流れた。
いつも自信に満ち溢れている彼が涙を流すなんて。僕は衝撃を受け、それと同時に怒りも生まれた。
「飯塚くん。僕に何かできることある? 何があったか話してくれなくてもいいからさ」
必死になってそう言っても、彼はただ首を横に振るだけだった。
「僕じゃ頼りにならない?」
「違う!」
突然の大声にびっくりした僕を見て、彼はすぐにごめんと小声で謝った。
「違うんだ。和泉くんが悪いんじゃない。俺が悪いんだ。俺が勝手に」
そこまで言うと、彼はハッとして口を閉ざした。
「何? 勝手にどうしたの?」
ここまで言ってスルーする訳にはいかない。話をしてくれるまでは帰さない。
僕の強い意志を感じ取ったのか、彼は溜息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「ほんとはね、こんなタイミングで言うつもりはなかったんだけど」
「うん」
彼は僕に何を伝えるつもりなのだろう。じっと彼を見つめ続きを待っていると、発せられたのは想像だにしていなかった言葉だった。
「ごめんね。俺、和泉くんのこと、好きなんだよね」
1
あなたにおすすめの小説
マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー
夏目碧央
BL
強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。
一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる