曖昧なままで

ヒラタメイ

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第八話

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 店を出て駅に向かう。僕はこのまま帰るが、桜子はこれから用事があるそうで、彼女とは店先で別れた。
「……飯塚くん?」
 もう少しで着くというところで、僕は見知った姿を見つけた。いや、正確には見たことのない表情をした飯塚翔が壁にもたれかかっていた。呆然とした、何かショックを受けたかのような表情をしている。
 僕が声を掛けたことで彼は緩慢に首を動かし、顔をこちらに向けた。その目に光は無かった。
「大丈夫……? 何かあった……?」
 初めて見る姿に戸惑いながらも、僕は彼にそう訊いた。しかし、彼は苦しそうな表情を見せるばかりで、口を開く気配はなかった。
 これは困った。こんなに憔悴しきっている彼を見たことがない。放ってはおけないが何があったのか分からないのでは対処の仕様がない。
 しばらく悩んだ末に、僕は彼を自宅に連れて帰ることにした。今の彼を一人にさせるのは正直怖い。
 僕の提案に彼はしばらく何も言わなかったが、最終的にはゆっくりとうなずき、僕の後に続くようにして帰路に就いた。
 道中、彼は一言も発しなかった。いつもならよく回る口がぴったりと閉ざされているのを見るのは僕もつらかった。
「あんまり片付いてないけど、まあ、入って」
「……お邪魔します」
 今日初めて発した飯塚くんの声は小さく、弱々しかった。
 彼をソファーに座らせ、僕はケトルのスイッチを入れる。湯が沸騰するまでの間に戸棚からカモミールティーのティーパックを探し出した。これはだいぶ前に桜子から貰ったものだ。
 来客用のマグカップにカモミールティーを注ぎ、彼の前に置く。彼はそれをぼんやりと見つめた後、
「これ、何?」
と訊いてきた。
「これね、カモミールティー。リラックス効果があるらしいよ」
 今日初めてまともな会話が出来そうだと思い、僕は前のめりに答えた。しかし、なぜだか彼は先ほどよりも苦しそうな表情を見せた。
「え、嫌いだった? ごめん。何か他のものにするね。えっと、何があったっけ……」
 彼が飲めるものを探そうと立ち上がった瞬間、強く手を引かれた。行かないでくれと言っているかのような、強い力だった。
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだ……」
 弱々しくそう呟いたのち、彼の頬に一筋の涙が流れた。
 いつも自信に満ち溢れている彼が涙を流すなんて。僕は衝撃を受け、それと同時に怒りも生まれた。
「飯塚くん。僕に何かできることある? 何があったか話してくれなくてもいいからさ」
 必死になってそう言っても、彼はただ首を横に振るだけだった。
「僕じゃ頼りにならない?」
「違う!」
 突然の大声にびっくりした僕を見て、彼はすぐにごめんと小声で謝った。
「違うんだ。和泉くんが悪いんじゃない。俺が悪いんだ。俺が勝手に」
 そこまで言うと、彼はハッとして口を閉ざした。
「何? 勝手にどうしたの?」
 ここまで言ってスルーする訳にはいかない。話をしてくれるまでは帰さない。
 僕の強い意志を感じ取ったのか、彼は溜息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「ほんとはね、こんなタイミングで言うつもりはなかったんだけど」
「うん」
 彼は僕に何を伝えるつもりなのだろう。じっと彼を見つめ続きを待っていると、発せられたのは想像だにしていなかった言葉だった。
「ごめんね。俺、和泉くんのこと、好きなんだよね」
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