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10 目の冴える一撃
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午前四時、店内にいた客や店員の姿はない。閉店後の片付けをしていた店員たちは、数分前に全員帰宅したばかりだ。オーナーが一人残ったものの、バックヤードのソファで泥のように眠っている。
「暇だな」
「さんざん話して飲んで、疲れない?」
「少し疲れた。だけど暇なんだ」
酔いの早かったマグナと疲れていた夜叉彦が早々にダウンし、ジャスティンもぼーっと付けっぱなしのTVを見ている。そろそろ落ちそうだ。はっきり起きているのは榎本とメロ、ガルドはTV画面でゲームをしていた。入店したときに三人がしていた、あのレースゲームである。
マグナほどではないが、慣れた手付きでドリフトを決める。彼女が小学生のとき、子供たちで一大ブームメントを起こしていたのがこのタイトルの初代なのだ。もちろんガルドにもプレイ経験がある。友達とやった記憶はないものの、ガルドの世代はオンラインでゲームを共有することに何の違和感もない。学校で趣味を共有できなくても、画面の向こうにフレンドがいれば問題はなかったのだった。
「なにする」
「うーん、っていってもなー、こういうときはいつもクエスト行ってたし」
オンラインで集合した場合、ひとしきり喋ったあとはいつも単発のクエストに出向いていた。PvPやダンジョン、エリアボス、気分で様々なところに出向く。それが今回出来ない分、暇に感じているのだ。
「HMDなら、三台ある」
ふと、ガルドが振り替える。指を指した先には、レンタルのものと、榎本のものがあった。コンセントに有線で接続しており、充電中だ。
「スクスピ飽きたな。でも同じソフトないとなぁ、うーん、プリインストールのやつは?」
「最初から入ってるやつか?サメのと、パズルと、チャンバラの」
「チャンバラがいい」
ガルドが即決する。今も昔も、ゲームソフトやアプリはダウンロードしないと使えない。共通のものを降ろす必要があるのだが、HMDの場合、操作に慣れてもらうための簡易なゲームが最初から入っているのだ。
メジャーなOSに共通してプリインストールされているのが、サメの映画の主人公になりきって逃げるゲーム、空中に浮かぶ3Dパズルを解いてゆくゲーム、そして侍になって刀を振り回すチャンバラゲームの三つだ。
「あれ、パリィも見切りもできないぞ。雑魚を斬るだけの無双ゲーだ。いいのか?」
「ああ」
「そうか?ならいいが」
ガルドと榎本でHMDのセットアップを進めてゆく。お互いのIDを認識させあい、フレンド登録を済ませる。三台ともアクティブになったところで、のっそりメロが近づいてきた。
「三人で出来るの?」
「協力プレイで敵キャラをひたすら斬っていくモードがあるんだ。ハンドコントローラ用のヘッドマウントだから、まずはカメラワークに慣れさせようって魂胆でな。敵が後ろとか視界の外から襲ってくるんだよ」
「協力プレイでカバーしあえってことかー」
「そういうこと。慣れてりゃ一人でも無傷だろうけど」
頭に埋め込んでいない人々が大多数を占める世の中では、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ、HMDはメジャーなVR機器の一つだ。しかしまだうまく扱えない人も多く、プリインストールのゲームはそこをフォローする役割を担っている。特に、カメラワークの部分は難しい。
首を振ることで視界を操ることもできる。傾きや加速度などで判断できる部分は、体感で操作できるのだ。この操作にもちょっとだがコツが必要だ。思わず動かしすぎてしまうのを、塩梅のいいところでストップさせるテクニックのことだ。
だが流石に精度や角度に限度があるため、手元のハンドコントローラがセットで販売されている。十字キーで操作する、というアクションが非ゲーマーにも浸透してきているのだ。
「つーか俺たちにはあまり意味ないけどな」
「埋め込みコンなかったころは、確かに大変だったよねー。キャラ移動のキーと、カメラワークのキーと、アクションのキーが四つ五つ……」
体内に埋め込んでいる脳波感受型デバイスコントローラを持っている場合、カメラワークどころか、刀を振る動作までボタン要らずだ。すべて脳から直接信号が飛ぶ。右手と左手に持った刀を右上から左下に降ろす動作、足を前に進める動作、後ろを振り変返る動作まで、その全てが意思の通りに反映される。
ガルドが生まれる前の時代、ゲームはボタンだけでコントロールするものであった。見たこともないほど分厚い箱の形をした画面に、コードを何本も繋げて、お世辞にも美しい音色ではない指定された音数の電子音を聞きながらプレイしていたらしい。その様子は映像でしか見たことがないのだが、旧時代のゲームにはノスタルジーを感じる。ジャスティンやメロあたりはプレイ経験がありそうだ。
しかし今の三十代から下は、すでにリアルでのモーションを電気信号に変えるシステムが日常に存在していた。手に持つコントローラを傾けたり、ゴーグル型のゲーム機・HMDを身につけてみたり、シューティングゲームはガンコントローラ、レースゲームはハンドルコントローラなど、コントローラそのものが多種多様に広がっていったのだった。
しかし、未だに普及率は低いものの、どんな機器にもどんなモーションでも送信できるコントローラというのは一台しかない。脳波感受型のコントローラだ。
「ガルド、お前HMD初めてだろ?大丈夫なのか?」
ガルドはヘッドマウントタイプを購入する前にフルダイブプレイを決めて埋め込んだ、相当レアな経歴の持ち主だった。
「HMDも普段と一緒、視界が狭いくらいの違いだ」
「俺たちに限って、って前提がつくけどな。そうだ、埋め込み型の普及率、何パーセントだと思う?日本全体で」
「ん、少ないとは思う。……十パーくらい?」
「んな多くねーよ、三パーもないぞ」
「え、百人いて二人もいる?そんな見ないんだけど……」
「研究学園都市での普及率がずば抜けて高いんだよ。仕事に必要だからな」
「なるほど」
茨城県つくば市、別名研究学園都市。各種研究施設が密集しているそのエリアで、日本における科学技術は進歩を遂げている。最先端を超えた先を開発することもあり、市販の脳波感受型を超える感受性の製品を持っている研究者が多いのだった。
「HMDはモノアイと違ってフルダイブに近い。匂いなんかはリアルのまま。装着したまま移動できないように警告がなるようセットしてあるから、モノアイみたいにながら歩きとかはできないからな。」
「そうなんだ。道案内とかは?ジャスティンに次最初に会うのが榎本だったら困る。」
「案内なんかしないで置いてくから…つかその場でシュミレーションしてもらうし。」
「なるほど。」
モノアイ型がARだとすれば、やはりHMDはVRに強い。まるでそこにいるかのような感覚を売りとしているため、道を歩いているようなルートシュミレーションなどが効果的だ。海外旅行に行った気分、宇宙に行った気分、空を飛んだ気分など。フルダイブを持っているガルドは魅力的には思わないのだが、一般的に高校生はHMDのような高度なVR機器に憧れるものだった。冒険漫画に憧れる子供のように、夢への切符をVRに託すのだ。
一般的なHMDのゲームプレイスタイルは、頭につけた上で、手元にコントローラを持ち、座った状態で行う。だが脳波感受型を持っているものは手元がフリーになる。姿勢も自由でいい。コネクタと本体がずれない格好だったらなんでも良いのだ。
革製のどっしりとしたソファに寝転んでいるのは、黒髪のおかっぱを肘当てに散らしたガルドだった。まるで勝手知ったる我が家のように、靴も脱ぎ体の力を抜いてリラックスしている。頭と目だけがフル回転しており、キャラクターを操りながらマウントしているディスプレイを凝視していた。
「そこ」
「だっ!あぶねー!」
後方に敵がいるのを一声かけると、榎本はすぐに反応した。リアルではガルドの寝ているソファの後ろ、古風なロッキングチェアに揺られながらプレイしている。ゲーム上ではガルドの前方に立っているのだが、敵に狙われ過ぎており大変そうだ。しかし仮にも上位ギルドの前衛を張っているのだから、と敢えてガルドは手を貸さないでいた。
「うっわー近い!こう?こう?」
「そう。一歩下がって、右側に体向けて」
ひときわうるさく叫びながらプレイしているのは、近接戦闘に不慣れなメロだった。立ったまま、まるで本当に斬っているかのように両手を構えながらプレイしている。
案の定、ガルドはヘッドマウントディスプレイにあっという間に慣れた。視界が狭い程度で不便もなく、モノアイ型よりしっくりくるのが心地よい。キャラクターの立ち回りや剣の振りなどいつもとシステムが違う部分は戸惑ったものの、それも数分でマスターしてしまった。逆に今ではメロに指導する側になってしまっている。指導と言ってもメロが下手なわけではない。メロも一般的なレベルでのプレイはできているのだが、ガルドや榎本がハイレベルすぎて下手に見えてくるのだ。
「協力プレイなんだろ!?俺一人で半分以上やってんじゃないかこれ!」
「やって見せろ。自信がないのか?」
「あー!?てめーガルド覚えてやがれ!」
扱いを上手く心得ているガルドは、適当に煽り台詞を投げて榎本を焚きつけておいた。これで数分は暴れてくれるはずである。その隙に、寄ってきた数体を切り捨てつつメロの方に二体だけ流してやる。
「二体の時は、遅いやつを基準に……」
先ほど教えた立ち回りを実践するメロだが、動きがぎこちない。その上リアル側でブンブン腕を振っているせいか、息が切れてきている。アルコールのこともあり、若干ガルドは心配になってきていた。
同一のモンスターが二体いる場合、モーションが全く同じということが多い。動きが早いものを先に追っていると後からのもう一体にダメージを負いやすい。ガルドの場合、早いものの動きを見ておき、まずは避けておく。遅い方が攻撃をしてくる前にそちらを片付けてしまい、早いものが次のモーションに入る前に撃破する、というスタイルをとっている。ましてや今やっているチュートリアルゲームは見切りもガードも存在しない。敵の攻撃範囲に入らない立ち回り、というのが求められた時の勉強になる。
「たー!」
メロが腕を袈裟斬りに振りながら、ゲーム内でもその動作をイメージしてコントロールする。すぐさま体をひねりもう一体に向き合う。しかし眼前にぼろ布をまとった敵侍が迫っていた。
「んん!?」
敵の刀が目の前まで迫り、間に合わないことを悟ったメロが諦めの表情を浮かべる。一撃食らえば即終了、ゲームオーバーだ。
瞬間、棒をスイングした時に良く聞く、ブンという風切り音が響く。
「惜しかった」
圧倒的な速さで後方から迫ったガルドの一撃が、メロを襲う敵を斬る。感受型ならではの瞬発力が生む、ありえないほどのスピードだ。
そのまま他の敵を軽くいなし、メロを背中に庇うガルド。
「ヤダかっこいい!」
「んなことしてないで手伝えよ!」
メロはガルドの勇姿にときめき、榎本は敵を斬りながら振り返ってそうツッコんだ。
数分もすると、メロも手馴れてくる。後衛とはいえ現役のトップランカーなのだ。瞬発力の面ではジャスティンや夜叉彦にも並ぶポテンシャルを持っている。ワラワラと集まってくる敵に向かい、三人で三角形の陣を組み応戦している。時にくるくると時計回りに交代しながら、メロのフォローを随時行う二人のkill数は相当膨れ上がっていた。
フォローに随時入る二人のおかげで、メロは楽しくプレイできていた。メロに四体同時できた時はガルドと榎本が一体ずつ。ガルドに五体きた時は榎本が一体。榎本に六体きた時はガルドは何もしない。よって榎本のアバターの体は傷だらけになっている。
「ガルドさん?助けてくださらないんです?」
「必要ない。自力でなんとかしろ」
「俺助けてほしいなー」
「先に落ちても、二人で残れる」
「あーそう。そうですか」
ガルドが辛辣になっているのは、実はかなり眠いからなのであった。オンラインではわからなかった声のトーンで薄々気付き始めていた榎本は、年相応の不機嫌なガルドを見れて若干面白いと思っていた。さらに、長年の「榎本にだけ当たりが冷たい場面がたまにある」ということの原因もわかり、喉の小骨が取れたような感覚になっていた。
延々と敵を切り続け、隣のメロが疲れてきていることに心配になったガルドは、終了時間がいつなのかという疑問が浮かんだ。
「榎本」
「んー?どうしたガルド、眠いか?」
「いや。お前スタートの時、どういうモードにした」
「……」
「ちょっと榎本?まさかアレ?」
唐突に榎本が口笛を吹き出す。
「あれとは」
「無限モード!もー!終わんないじゃん!」
メロが刀を投げ捨て(敵に刺さって1kill)ログアウトボタンをタッチした。チュートリアルにありがちな、敵が限りなく出てくるモードに設定していたことにガルドとメロが気づいたのは、プレイを始めて40分ほど斬りまくってからであった。
冷たい飲料が喉を駆け落ちる心地よい音とともに、乾いた体に水分が満たされていく。プレイを止めてから真っ先に三人はバーカウンターに侵入し、冷蔵庫の飲料を飲みあさっていた。ガルドは瓶入りのジンジャーエール、榎本は緑の可愛らしい瓶に入ったペリエ水、メロは飽きもせずビールだ。
「プワッハー!くぅー!ゲーム終わりの一杯、サイコー!」
「けふ」
「ぶ!今の何だガルド、げっぷか?かわいいな!」
「うるさい」
「ははは、レディに失礼だぞ~!」
「だからって!腹パンはやめろ!おいガルド!」
「うるさい」
「あっははは!」
早朝5時。一晩中起きていた3人は、眠さを一回りして不思議なテンションで騒いでいた。
「グ、うう、頭痛い……あれ、ここ……そっか。オフ会だ。……え」
すりガラスから太陽光が差し、眩しさで夜叉彦が目を覚ました。ぼんやりとしていたのだが、横になっていたソファから身を起こしてすぐ目に入った光景に血圧が上がる。
「……ありゃまぁ」
寝ないと豪語していたガルドが、革張りのソファに体を沈めて眠っていた。猫のように丸くなっている。落ちないようにだろうか、向かい合わせでもう一台ソファを座面同士くっつけて簡易ベットにしているのだが、そこにもう二人紛れ込んでいる。
一人は姿が見える。細身の体に、男性にしてはボリューミーな髪型、そして極彩色のエキゾチックな洋服、年齢を気にしないおっさんが一名。メロだ。そこそこ長い足を背もたれに引っ掻けている。上半身はソファに、というよりむしろ男の腹の上という方が正しい。
メロの体の下に、苦しそうな表情の男が眠っている。気にしないのか、甘んじているだけなのか。狭い場所にいるにもかかわらず、ガルドに接触しないように詰めているのが尊敬に値する。体格のおかげで重くないのだろうか、潰されていたのはメンバーで最も筋肉質な榎本だった。もちろん収まりきらない足は、ソファの肘あての向こう側にある。
「……起こすか」
時刻は7時を回ったぐらいだろうか。何時まで起きていたのかわからないが、朝食を食べに築地に行きたいと地方組が言っていたはずだ。この時間では若干遅いかもしれない。だが、みんなで行ってみよう。きっと楽しいはずだ。もしダメだったら、嫁から聞いたホテルのレストランでモーニングでもいいかもしれない。昼食は月島のもんじゃにでも連れて行ってやろう。ガルドも鉄板焼きは外で食べたことがないと言っていた。榎本に作らせよう。俺はお好み焼きを焼こう。豚肉の入っているやつがいい。
そこまで考えて、夜叉彦は立ち上がった。体の節々が痛むが、こういう日もたまにはいい。榎本がうなされている。
「ほら起きろ~、築地に行くんだろ?メロ、起きてやれ。榎本がぺちゃんこだ」
メロの肩を叩いてやりながら、幸せだな、と夜叉彦は思った。
「暇だな」
「さんざん話して飲んで、疲れない?」
「少し疲れた。だけど暇なんだ」
酔いの早かったマグナと疲れていた夜叉彦が早々にダウンし、ジャスティンもぼーっと付けっぱなしのTVを見ている。そろそろ落ちそうだ。はっきり起きているのは榎本とメロ、ガルドはTV画面でゲームをしていた。入店したときに三人がしていた、あのレースゲームである。
マグナほどではないが、慣れた手付きでドリフトを決める。彼女が小学生のとき、子供たちで一大ブームメントを起こしていたのがこのタイトルの初代なのだ。もちろんガルドにもプレイ経験がある。友達とやった記憶はないものの、ガルドの世代はオンラインでゲームを共有することに何の違和感もない。学校で趣味を共有できなくても、画面の向こうにフレンドがいれば問題はなかったのだった。
「なにする」
「うーん、っていってもなー、こういうときはいつもクエスト行ってたし」
オンラインで集合した場合、ひとしきり喋ったあとはいつも単発のクエストに出向いていた。PvPやダンジョン、エリアボス、気分で様々なところに出向く。それが今回出来ない分、暇に感じているのだ。
「HMDなら、三台ある」
ふと、ガルドが振り替える。指を指した先には、レンタルのものと、榎本のものがあった。コンセントに有線で接続しており、充電中だ。
「スクスピ飽きたな。でも同じソフトないとなぁ、うーん、プリインストールのやつは?」
「最初から入ってるやつか?サメのと、パズルと、チャンバラの」
「チャンバラがいい」
ガルドが即決する。今も昔も、ゲームソフトやアプリはダウンロードしないと使えない。共通のものを降ろす必要があるのだが、HMDの場合、操作に慣れてもらうための簡易なゲームが最初から入っているのだ。
メジャーなOSに共通してプリインストールされているのが、サメの映画の主人公になりきって逃げるゲーム、空中に浮かぶ3Dパズルを解いてゆくゲーム、そして侍になって刀を振り回すチャンバラゲームの三つだ。
「あれ、パリィも見切りもできないぞ。雑魚を斬るだけの無双ゲーだ。いいのか?」
「ああ」
「そうか?ならいいが」
ガルドと榎本でHMDのセットアップを進めてゆく。お互いのIDを認識させあい、フレンド登録を済ませる。三台ともアクティブになったところで、のっそりメロが近づいてきた。
「三人で出来るの?」
「協力プレイで敵キャラをひたすら斬っていくモードがあるんだ。ハンドコントローラ用のヘッドマウントだから、まずはカメラワークに慣れさせようって魂胆でな。敵が後ろとか視界の外から襲ってくるんだよ」
「協力プレイでカバーしあえってことかー」
「そういうこと。慣れてりゃ一人でも無傷だろうけど」
頭に埋め込んでいない人々が大多数を占める世の中では、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ、HMDはメジャーなVR機器の一つだ。しかしまだうまく扱えない人も多く、プリインストールのゲームはそこをフォローする役割を担っている。特に、カメラワークの部分は難しい。
首を振ることで視界を操ることもできる。傾きや加速度などで判断できる部分は、体感で操作できるのだ。この操作にもちょっとだがコツが必要だ。思わず動かしすぎてしまうのを、塩梅のいいところでストップさせるテクニックのことだ。
だが流石に精度や角度に限度があるため、手元のハンドコントローラがセットで販売されている。十字キーで操作する、というアクションが非ゲーマーにも浸透してきているのだ。
「つーか俺たちにはあまり意味ないけどな」
「埋め込みコンなかったころは、確かに大変だったよねー。キャラ移動のキーと、カメラワークのキーと、アクションのキーが四つ五つ……」
体内に埋め込んでいる脳波感受型デバイスコントローラを持っている場合、カメラワークどころか、刀を振る動作までボタン要らずだ。すべて脳から直接信号が飛ぶ。右手と左手に持った刀を右上から左下に降ろす動作、足を前に進める動作、後ろを振り変返る動作まで、その全てが意思の通りに反映される。
ガルドが生まれる前の時代、ゲームはボタンだけでコントロールするものであった。見たこともないほど分厚い箱の形をした画面に、コードを何本も繋げて、お世辞にも美しい音色ではない指定された音数の電子音を聞きながらプレイしていたらしい。その様子は映像でしか見たことがないのだが、旧時代のゲームにはノスタルジーを感じる。ジャスティンやメロあたりはプレイ経験がありそうだ。
しかし今の三十代から下は、すでにリアルでのモーションを電気信号に変えるシステムが日常に存在していた。手に持つコントローラを傾けたり、ゴーグル型のゲーム機・HMDを身につけてみたり、シューティングゲームはガンコントローラ、レースゲームはハンドルコントローラなど、コントローラそのものが多種多様に広がっていったのだった。
しかし、未だに普及率は低いものの、どんな機器にもどんなモーションでも送信できるコントローラというのは一台しかない。脳波感受型のコントローラだ。
「ガルド、お前HMD初めてだろ?大丈夫なのか?」
ガルドはヘッドマウントタイプを購入する前にフルダイブプレイを決めて埋め込んだ、相当レアな経歴の持ち主だった。
「HMDも普段と一緒、視界が狭いくらいの違いだ」
「俺たちに限って、って前提がつくけどな。そうだ、埋め込み型の普及率、何パーセントだと思う?日本全体で」
「ん、少ないとは思う。……十パーくらい?」
「んな多くねーよ、三パーもないぞ」
「え、百人いて二人もいる?そんな見ないんだけど……」
「研究学園都市での普及率がずば抜けて高いんだよ。仕事に必要だからな」
「なるほど」
茨城県つくば市、別名研究学園都市。各種研究施設が密集しているそのエリアで、日本における科学技術は進歩を遂げている。最先端を超えた先を開発することもあり、市販の脳波感受型を超える感受性の製品を持っている研究者が多いのだった。
「HMDはモノアイと違ってフルダイブに近い。匂いなんかはリアルのまま。装着したまま移動できないように警告がなるようセットしてあるから、モノアイみたいにながら歩きとかはできないからな。」
「そうなんだ。道案内とかは?ジャスティンに次最初に会うのが榎本だったら困る。」
「案内なんかしないで置いてくから…つかその場でシュミレーションしてもらうし。」
「なるほど。」
モノアイ型がARだとすれば、やはりHMDはVRに強い。まるでそこにいるかのような感覚を売りとしているため、道を歩いているようなルートシュミレーションなどが効果的だ。海外旅行に行った気分、宇宙に行った気分、空を飛んだ気分など。フルダイブを持っているガルドは魅力的には思わないのだが、一般的に高校生はHMDのような高度なVR機器に憧れるものだった。冒険漫画に憧れる子供のように、夢への切符をVRに託すのだ。
一般的なHMDのゲームプレイスタイルは、頭につけた上で、手元にコントローラを持ち、座った状態で行う。だが脳波感受型を持っているものは手元がフリーになる。姿勢も自由でいい。コネクタと本体がずれない格好だったらなんでも良いのだ。
革製のどっしりとしたソファに寝転んでいるのは、黒髪のおかっぱを肘当てに散らしたガルドだった。まるで勝手知ったる我が家のように、靴も脱ぎ体の力を抜いてリラックスしている。頭と目だけがフル回転しており、キャラクターを操りながらマウントしているディスプレイを凝視していた。
「そこ」
「だっ!あぶねー!」
後方に敵がいるのを一声かけると、榎本はすぐに反応した。リアルではガルドの寝ているソファの後ろ、古風なロッキングチェアに揺られながらプレイしている。ゲーム上ではガルドの前方に立っているのだが、敵に狙われ過ぎており大変そうだ。しかし仮にも上位ギルドの前衛を張っているのだから、と敢えてガルドは手を貸さないでいた。
「うっわー近い!こう?こう?」
「そう。一歩下がって、右側に体向けて」
ひときわうるさく叫びながらプレイしているのは、近接戦闘に不慣れなメロだった。立ったまま、まるで本当に斬っているかのように両手を構えながらプレイしている。
案の定、ガルドはヘッドマウントディスプレイにあっという間に慣れた。視界が狭い程度で不便もなく、モノアイ型よりしっくりくるのが心地よい。キャラクターの立ち回りや剣の振りなどいつもとシステムが違う部分は戸惑ったものの、それも数分でマスターしてしまった。逆に今ではメロに指導する側になってしまっている。指導と言ってもメロが下手なわけではない。メロも一般的なレベルでのプレイはできているのだが、ガルドや榎本がハイレベルすぎて下手に見えてくるのだ。
「協力プレイなんだろ!?俺一人で半分以上やってんじゃないかこれ!」
「やって見せろ。自信がないのか?」
「あー!?てめーガルド覚えてやがれ!」
扱いを上手く心得ているガルドは、適当に煽り台詞を投げて榎本を焚きつけておいた。これで数分は暴れてくれるはずである。その隙に、寄ってきた数体を切り捨てつつメロの方に二体だけ流してやる。
「二体の時は、遅いやつを基準に……」
先ほど教えた立ち回りを実践するメロだが、動きがぎこちない。その上リアル側でブンブン腕を振っているせいか、息が切れてきている。アルコールのこともあり、若干ガルドは心配になってきていた。
同一のモンスターが二体いる場合、モーションが全く同じということが多い。動きが早いものを先に追っていると後からのもう一体にダメージを負いやすい。ガルドの場合、早いものの動きを見ておき、まずは避けておく。遅い方が攻撃をしてくる前にそちらを片付けてしまい、早いものが次のモーションに入る前に撃破する、というスタイルをとっている。ましてや今やっているチュートリアルゲームは見切りもガードも存在しない。敵の攻撃範囲に入らない立ち回り、というのが求められた時の勉強になる。
「たー!」
メロが腕を袈裟斬りに振りながら、ゲーム内でもその動作をイメージしてコントロールする。すぐさま体をひねりもう一体に向き合う。しかし眼前にぼろ布をまとった敵侍が迫っていた。
「んん!?」
敵の刀が目の前まで迫り、間に合わないことを悟ったメロが諦めの表情を浮かべる。一撃食らえば即終了、ゲームオーバーだ。
瞬間、棒をスイングした時に良く聞く、ブンという風切り音が響く。
「惜しかった」
圧倒的な速さで後方から迫ったガルドの一撃が、メロを襲う敵を斬る。感受型ならではの瞬発力が生む、ありえないほどのスピードだ。
そのまま他の敵を軽くいなし、メロを背中に庇うガルド。
「ヤダかっこいい!」
「んなことしてないで手伝えよ!」
メロはガルドの勇姿にときめき、榎本は敵を斬りながら振り返ってそうツッコんだ。
数分もすると、メロも手馴れてくる。後衛とはいえ現役のトップランカーなのだ。瞬発力の面ではジャスティンや夜叉彦にも並ぶポテンシャルを持っている。ワラワラと集まってくる敵に向かい、三人で三角形の陣を組み応戦している。時にくるくると時計回りに交代しながら、メロのフォローを随時行う二人のkill数は相当膨れ上がっていた。
フォローに随時入る二人のおかげで、メロは楽しくプレイできていた。メロに四体同時できた時はガルドと榎本が一体ずつ。ガルドに五体きた時は榎本が一体。榎本に六体きた時はガルドは何もしない。よって榎本のアバターの体は傷だらけになっている。
「ガルドさん?助けてくださらないんです?」
「必要ない。自力でなんとかしろ」
「俺助けてほしいなー」
「先に落ちても、二人で残れる」
「あーそう。そうですか」
ガルドが辛辣になっているのは、実はかなり眠いからなのであった。オンラインではわからなかった声のトーンで薄々気付き始めていた榎本は、年相応の不機嫌なガルドを見れて若干面白いと思っていた。さらに、長年の「榎本にだけ当たりが冷たい場面がたまにある」ということの原因もわかり、喉の小骨が取れたような感覚になっていた。
延々と敵を切り続け、隣のメロが疲れてきていることに心配になったガルドは、終了時間がいつなのかという疑問が浮かんだ。
「榎本」
「んー?どうしたガルド、眠いか?」
「いや。お前スタートの時、どういうモードにした」
「……」
「ちょっと榎本?まさかアレ?」
唐突に榎本が口笛を吹き出す。
「あれとは」
「無限モード!もー!終わんないじゃん!」
メロが刀を投げ捨て(敵に刺さって1kill)ログアウトボタンをタッチした。チュートリアルにありがちな、敵が限りなく出てくるモードに設定していたことにガルドとメロが気づいたのは、プレイを始めて40分ほど斬りまくってからであった。
冷たい飲料が喉を駆け落ちる心地よい音とともに、乾いた体に水分が満たされていく。プレイを止めてから真っ先に三人はバーカウンターに侵入し、冷蔵庫の飲料を飲みあさっていた。ガルドは瓶入りのジンジャーエール、榎本は緑の可愛らしい瓶に入ったペリエ水、メロは飽きもせずビールだ。
「プワッハー!くぅー!ゲーム終わりの一杯、サイコー!」
「けふ」
「ぶ!今の何だガルド、げっぷか?かわいいな!」
「うるさい」
「ははは、レディに失礼だぞ~!」
「だからって!腹パンはやめろ!おいガルド!」
「うるさい」
「あっははは!」
早朝5時。一晩中起きていた3人は、眠さを一回りして不思議なテンションで騒いでいた。
「グ、うう、頭痛い……あれ、ここ……そっか。オフ会だ。……え」
すりガラスから太陽光が差し、眩しさで夜叉彦が目を覚ました。ぼんやりとしていたのだが、横になっていたソファから身を起こしてすぐ目に入った光景に血圧が上がる。
「……ありゃまぁ」
寝ないと豪語していたガルドが、革張りのソファに体を沈めて眠っていた。猫のように丸くなっている。落ちないようにだろうか、向かい合わせでもう一台ソファを座面同士くっつけて簡易ベットにしているのだが、そこにもう二人紛れ込んでいる。
一人は姿が見える。細身の体に、男性にしてはボリューミーな髪型、そして極彩色のエキゾチックな洋服、年齢を気にしないおっさんが一名。メロだ。そこそこ長い足を背もたれに引っ掻けている。上半身はソファに、というよりむしろ男の腹の上という方が正しい。
メロの体の下に、苦しそうな表情の男が眠っている。気にしないのか、甘んじているだけなのか。狭い場所にいるにもかかわらず、ガルドに接触しないように詰めているのが尊敬に値する。体格のおかげで重くないのだろうか、潰されていたのはメンバーで最も筋肉質な榎本だった。もちろん収まりきらない足は、ソファの肘あての向こう側にある。
「……起こすか」
時刻は7時を回ったぐらいだろうか。何時まで起きていたのかわからないが、朝食を食べに築地に行きたいと地方組が言っていたはずだ。この時間では若干遅いかもしれない。だが、みんなで行ってみよう。きっと楽しいはずだ。もしダメだったら、嫁から聞いたホテルのレストランでモーニングでもいいかもしれない。昼食は月島のもんじゃにでも連れて行ってやろう。ガルドも鉄板焼きは外で食べたことがないと言っていた。榎本に作らせよう。俺はお好み焼きを焼こう。豚肉の入っているやつがいい。
そこまで考えて、夜叉彦は立ち上がった。体の節々が痛むが、こういう日もたまにはいい。榎本がうなされている。
「ほら起きろ~、築地に行くんだろ?メロ、起きてやれ。榎本がぺちゃんこだ」
メロの肩を叩いてやりながら、幸せだな、と夜叉彦は思った。
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