40代(男)アバターで無双する少女

かのよ

文字の大きさ
273 / 435

266 二人で歩こう潜水艦

しおりを挟む
「脱出の方法なんて思いつかないんだが、なんかアイディアあるか?」
「ない」
「まずどこから出るんだ? 潜水艦の入り口っていうと、よくイラストとかでさぁ、上のにょきっと生えたとこだろ。ハシゴ、途中で途切れてたんだよなぁ」
 みずきは自分の知識を隠した。天井に見えている部分はカバーがされていて、内側からは開かない。壁のようなカバーを外すためには電動のロックを外さなけれこの手のハンドルをひねらなければならず、そのためには水圧のない水面に出なければならない。
「よく分からない」
 みずき本人は、このままミッドウェーまで運ばれ、島にいるという謎のスタッフに開いてもらうのがベストだと思っている。
「ま、いいか。何とかなるだろ。武器こしらえて、俺らを回収しにくる犯人どもに反撃しようぜ」
「銃でも持ち出す?」
「あー、そう言われると狭いな、ここ。銃撃戦になったら跳弾に気ぃ遣わないと……とりあえず次の研究所に移されてるとして、なら研究者が落ち着いてこっちを観察できる場所まで引きずられていくわけだ。そこまで行く途中の輸送路で、敵を叩く! どーよ!」
「ん、いいね」
 おそらくほとんど推測で物を言っている榎本だが、みずきも驚くほど現状と一致していた。そしてみずきが考えていたものに似ている。敵を叩くまではしないが、SOSを発信する隙を見計らうつもりだった。
 タツタには悪いが、計画などどうでもいい。自分たちの命を守るために利用するだけだ。助けさえ呼べれば計画もぶち壊しになるだろうと、通信機の発見を目標にしている。
「そのためにも、アイツら四人全員ログアウトさせないとな」
 明るく笑う榎本に、みずきは釣られてふわりと笑った。

 ハッチを抜け、さらに奥へ進む。通路は変わらず訳の分からない計器と武骨な鉄の壁が続き、似た景色に、歩き進めているか分からなくなる。
 榎本の膝の具合は良くなってきたが、食事を取っていないせいか、二人とも疲労がピークに達していた。たまにため息をつきながらゆっくりと進む。生身の身体が重いことを実感しながら、フルダイブ中より遠くが見えない目をこすり、荒くなった息を整えた。
「……やっとついた。あそこだ」
 すっかり静かになった榎本が指さした先には、閉じられているハッチが一つ見えた。その手前には一つ、見たことのないフルダイブ用のケア・ポッドが開いたまま置かれてある。
「榎本の?」
「ああ。俺だけ何故かここに一人でな……」
「ふうん」
 ムリフェインに他意があるのだろうか。榎本だけ隔離したかったのだろうか。首を傾げながら空っぽのポッドを見る。
 なぜか分からないが、榎本は一人ここで目を覚ましたらしい。ポッドは見たことの無い簡易的な鉄の円柱型だ。だが大きい。人間を入れる容器にしてはゆとりがありすぎるように見えた。
 起き上がるように開いていた研究施設のものと違い、まるでマーブルチョコの容器のように、頭頂部側がキャップで閉じられる形だ。今は開いていて、中からトレーのように板がせり出している。くすんだグレイのトレーは明らかに人の型にへこみがついている。
 簡易的だが頑丈だ。ぶ厚い鉄の筒は銃弾を弾きそうな分厚さで、非常に安心感がある。
「カプセルホテルみたいだろ?」
「見たことない」
「ズバリ言えば、棺桶には見えないだろ?」
「……それは確かに」
 榎本は気楽な様子でハッチのハンドルを握り、何回か回そうと力を込めた。だが筋力が落ちている。ゆっくり少しずつしか回らない。
「そっち寄って」
 榎本がずれた隙間に立ち、みずきはハンドルの左半分を握りしめた。素手では少し痛い。大きすぎる男性用ジャンバーの袖口を使い、滑らないようグルグル巻きに巻いてようやくハンドルは回り始めた。
「ぐ……俺ら、身体、やっぱたるんだなぁ……」
「んっ」
「筋トレしたいなぁ」
「んぐぐ」
「ふうっ。腹とか背中とか、太ももとか、面積デカい筋肉はそんなに衰えてない。問題は握力と関節だな」
 両手を数回開いて閉じた榎本が、最後に腹をスウェットの上から叩いて笑った。
「フルダイブ中の動きと連動したEMSでも付けられてたんだと思う。多分」
 Aから聞いたことだ。確実にそうなのだが、念のためみずきは想像だと付け加えた。
「あれだろ? ジェルとパッドついてて、びりびりして勝手に腹筋になるやつ」
「それ」
「それじゃあ細かいとことか関節とかはノーマークだよな。道理で指がすぐつる訳だ」
「膝は?」
 回り切ったハンドルを開きながら聞くと、榎本はにかっと歯を見せて笑った。
「バッチリだ。お陰様でな」
 開いたパッチをくぐって通る。警戒した第三者は居ない。空間は恐らく元々ベッドなどがならんでいたのではないかと思われる名残がある。取り外した壁には長い四角の跡が残り、ぽっかりと開けた部屋だ。
 そこにポッドが二つずつ揃えて二列、全部で四つ置かれていた。部屋は四つでパンパンだ。「俺が外に置かれてた理由、やっと分かったわ」
「ああ」
「狭いんだな。入らなかったんだな」
「ああ……」
 みずきと榎本は、せり出す人体トレーが広げられるスペースを除けばもう何も入らないだろうポッド郡を見つめて、乾いた笑いを浮かべた。
 横倒しになっている筒の口を、しゃがんで覗き込んでみる。榎本は隣のポッドを見ていた。
「お、マグナだ」
「こっちはメロ」
 一番手前の移動用ケア・ポッドには、ロンベルの精神的大黒柱・メロが入っていた。アバターに比べて少し焼けた肌と、ブリーチを掛けているせいで痛んでいるセミロングの髪が特徴的だ。表情は読めない。フルダイブゲーム機と同じヘッドセットが付けられ、目の部分を覆っている。口元にはマスク。酸素供給だろうか。
 脳波感受用機器と医療機器の合間からはみ出ている髪の毛と、暗くてよく見えないが奥に続く身体の細さでメロだとすぐに分かった。身体の大きな筋肉を動かすためのEMSパッドが張られ、コードが生えているのがうっすらと見える。
「あんまり見てやるなよ、ガルド。全裸じゃねぇか」
「……奥まで見えない」
「あらぬところを見ようとするな! 元気にダイブ中だって分かればいいだろ」
 榎本の言う通り、メロは全裸で横たわっていた。もちろん見てはいけない部分は暗くて見えない。辛うじて見える腕から伸びる細いチューブは、みずきの背中にあった延命用の栄養供給チューブに似ている。腰から臀部にかけての辺りには、恐らくみずきと同じようにチューブがあるのだろう。ここから起こすのには手順が必要そうだ。
「四人ともログインさせっぱなしになる……」
「いいだろ。こっちのゴタゴタに巻き込むのはなぁ」
「ん」
 みずきとしては、榎本が起きていたこともイレギュラーだった。榎本も全く同じ思考らしい。
「お前も寝ててくれりゃ、嫌なモン見せずに済んで良かったかもな」
「気を遣われても困る」
「知らなきゃストレスないだろ?」
 みずきは榎本の傍を離れ、奥に並ぶジャスティンと夜叉彦のポッドへ歩きながら返事をした。
「榎本一人大変なのは嫌だ」
 自分の立場は「それはそれ」として置いておく。榎本がどう思おうと、Aやムリフェインを通じて交わしたオーナー・タツタとの交渉は佐野みずきの勝負だ。榎本に教えるつもりは毛頭なかった。
「それもそうだな」
「え?」
「お前と俺とで、何とか脱出頑張ってみようぜ! な、相棒」
「……あ、うん」
 榎本はあっけらかんとみずきを誘った。
 予想外だ。過保護な榎本が以前言っていた決意表明のようなものを思い出す。佐野みずきを無事五体満足でご両親に送り届ける、という年長らしい発言のことだ。みずきは自分自身で自分を守れると思っている。さらに内緒でAとの対話や活動を一人で続けてきた。だが榎本は心が変わったのか、危険かもしれない脱出への挑戦を一緒にしようと言っている。
「……がんばる」
 みずきは気持ちが揺らいだ。みずき一人で抱え込むのは悪い事だと思い出してしまった。
 榎本に心配を掛けないように、などというのは言い訳だ。みずきは榎本の「一緒に苦しもう」という言葉に胸が苦しくなってきている。
 自分は榎本を蚊帳の外へ追いやっているくせに。
「ガルド、こっちに来てみろよ」
「ん」
 榎本に言ってしまいたい。
「ジャスのヒゲ、きれいさっぱり剃られてるぜ」
「可哀想」
「はっは! クマヒゲもアイデンティティなのになぁ」
 榎本は自分の顎にだけ生えたヒゲをぞりぞりと触って言った。ムリフェインが整えていたヒゲだ。ジャステインのヒゲは、担当だったコンタクターが邪魔だから剃り落したのだろう。担当者は誰だったか。みずきは記憶の一覧表から名前を呼び出す。
「……カノウ」
 ジャスティンが付けたカノウという名前は、確か正式な彼の名前ではない。榎本にインフェルノと付けられれが旧名で通っているムリフェイン同様、Aたちの間では別の名前で呼ばれているはずだ。ペットAIセッティング時の、元々書かれてあったデフォルト名。
「なんだったかな……」
 みずきはとうとう思い出せなかった。ムリフェイン・ベテルギウス・アルファルドの三人は間違いなく人間で、金のために雇われで仕事をしているタツタ直属の元拉致犯だ。現在はタツタの指示か自衛のためか、イーライと敵対する方向で動いている。
 だが、そういえばまだ居るはずなのだ。
「こいつまた太ったんじゃねぇか? 運動してないなら全部脂肪だろ? 食い過ぎだっつーの」
「そうかも」
「あ、むくみ? 水太りってやつか。すまんジャス、お前は悪くなかった。点滴のせいだ」
「ふふ」
 ベテルギウスは夜叉彦の担当者だ。オコジョのペットアバターはそのままの名前で呼ばれていた。恐らく今はAIが成り代わっている。
 今回カノウ同様名前が聞こえてこないラスアルは、ラス・アルゲティという名称を縮めて付けたメロの担当者だ。何故今回の騒動に居ないのかは分かる。完全にAIだからだ。フルダイブ中に見ていた様子から、完全に人工知能的な動きしか出来ないAIだと分かっていた。
 残るはマグナとジャスティンの担当。ピート・ザ・ネクストドアーというふざけた名前を付けられた人物と、カノウという名前を付けられた人物だ。人間かAIかどうか分からないが、カノウには違和感があったことを思い出した。人というには挙動に秩序が無く、AIというには無駄の多い印象だった。
 まるでAのようなふんわりとした存在だったと、みずきは自分の担当と比べて思う。
 となれば、とみずきは思考を巡らせる。AIであった場合を除き、ピートとカノウは意図して外されたのではないだろうか。物理的に攻め込まれて危険だった研究施設の中で、ただ仲間はずれをしていたとは思えない。あの時は完全な人手不足だった。敵以外ならなんでも使わなければ、榎本ら五人を守り切るのは難しかった。
 ならば敵。みずきはキッと眉をしかめる。ジャスティンのクマヒゲを剃り落したのも悪行だ。
「ヒゲ剃られて可哀想」
 カノウは管理を簡単にしたくて剃ったのだろう。被験者を人間と思っていないような行動だ。みずきは明確に見えてきた敵の形に気合を見せる。
「ジャスは毛深いから、きっと数週間もすりゃあまた伸びてくるさ」
「確かに」
「逆に剃ってる方がすっきりして若く見えるぞ。顔隠れてて判別できない分」
「なるほど」
 ジャスティンのポッドから離れ、奥に見える夜叉彦のポッドを見る。アッシュグレイに染められた髪は、空港で見たころより幾分か伸び、くるくると自然なウェーブを保っていた。そういえばアキバのオフ会で「猫っ毛で軽い天パだからさ、逆にアバターは黒髪の剛毛にしたんだよ」と笑っていた。
 眠る夜叉彦を見ている限りでは、担当コンタクター・ベテルギウスの特徴は見えてこない。金のためだと言っていた通り、言われた仕事だけをきっちりこなしてきたのだろう。
「夜叉彦、あんま変わりないな」
「痩せても太ってもない」
「良い事だ」
 結けて隣に置かれたポッドのマグナを見る。脳波コン用のヘッドセットに隠れて鼻まで見えないため、眼鏡の有無が確認できない。覗き込んで辛うじて見える肩の細さが気になるが、肌の色艶は悪くない。
 だが気になる傷がある。
「この傷……、見てみろガルド。ポッドのハッチ、誰かが開けようとしたっぽいぞ」
「気付いてる」
 榎本が簡易ケア・ポッドの入り口をなぞった。でこぼことした質感に指を止め、爪でこりこりと削る。
「太い鉄の傷……こりゃあ、レンチかスパナかでこじ開けようとしたな」
「む」
 マグナの担当は正体が知れない謎の人物だ。ピートはマグナが付けた名前で、由来は本名とは全く関係がない。思い出す以外に知る方法が見当たらない。
 その、ピートと付けられた第三者の仕業だろうか。みずきは急に潜水艦が怖くなった。


しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。

branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位> <カクヨム週間総合ランキング最高3位> <小説家になろうVRゲーム日間・週間1位> 現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。 目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。 モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。 ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。 テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。 そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が―― 「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!? 癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中! 本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ! ▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。 ▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕! カクヨムで先行配信してます!

【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました

鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。 だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。 チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。 2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。 そこから怒涛の快進撃で最強になりました。 鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。 ※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。 その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。 ─────── 自筆です。 アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

もふもふと味わうVRグルメ冒険記 〜遅れて始めたけど、料理だけは最前線でした〜

きっこ
ファンタジー
五感完全再現のフルダイブVRMMO《リアルコード・アース》。 遅れてゲームを始めた童顔ちびっ子キャラの主人公・蓮は、戦うことより“料理”を選んだ。 作るたびに懐いてくるもふもふ、微笑むNPC、ほっこりする食卓―― 今日も炊事場でクッキーを焼けば、なぜか神様にまで目をつけられて!? ただ料理しているだけなのに、気づけば伝説級。 癒しと美味しさが詰まった、もふもふ×グルメなスローゲームライフ、ここに開幕!

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

処理中です...