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323 報酬はチケット
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<上手く引き延ばしてくれて助かったのでね、報酬は弾むのでね>
<要らない>
<新規武器は不要なのかね?>
<それは要る>
<どうぞ受け取ってくれたまえね>
前回の反省を活かしながら二週目を進め、最終ボス面も難なくスムーズに撃破し、ガルド達は無事トータルの報酬を得る区画へと辿り着いた。
青々と広がる芝の大地と高い空は見納めになる。ひとときの仮想現実から曇天と雪にまみれる現実世界へログアウトする気持ちになるが、ここを出ても仮想現実のままだ。
「ユニコーンは!? 消えてしまったではないか!」
「撃破したの田岡さんでしょうが」
「やっぱり幻の馬なんだな! ううっ」
「話聞けって」
「ぬうう、残念無念」
<A>
喜びに包まれる中、ガルドはこっそりと復帰したAへの通信にユニコーンユニットの実装について文章を載せた。口で話すより文字の方が早い。Aはコンマ数秒で読み終わり、すぐさま返答をする。
<ふむ、承知した。対応することを公式らしく通知しようかね。ペットアバターについてはアプデと称して城に専用窓口を新設、でどうかね?>
<それがいい>
ペットアバターは一度全てデリートされてしまった。タイミングからして、ハワイ島をイーラーイ社に襲撃された時にハードウェアごと壊されてしまったのだろう。新しく設置できるだけの余裕がA達にあることへも安堵しつつ、ガルドは狼狽する田岡をじっと観察した。
きっと喜ぶだろう。
安っぽいがわかりやすく軽快な音に合わせて、平原のなんでもない場所に突然ポップアップが開いた。
「うおっ!?」
「おめでとうございます、だって。ありきたりだが嬉しいな」
Aが即席で作って出したのだろう。ゲームの世界観など微塵も配慮しないただの無機質な枠をまじまじと見つめ、田岡はすっかり機嫌を直した。
「おお、おおお! やったー!」
<報酬を お受け取りください>
「報酬!?」
「え、報酬ー!?」
「お金ですか?」
一般的なクエストすら経験がない山瀬達は目を黒白させているが、ゲームをしたことがある三橋は一人得意げになりながら笑っている。
「きっとアイテムっすよ! 限定品、ここだけの品、的な!」
「……へぇ」
「アイテムか……」
「な、なんでそんなガッカリしてるんですか。いいじゃないっすか、アイテム。そりゃあその、武器的なやつだとは思うっすけど」
「別に要らないかな」
「ええーっ!?」
ガルドも隣で三橋と同じ顔をした。
ここでしか手に入らないかもしれない希少武器など、ガルドには死に物狂いで手に入れたくなるほどの価値がある。金で買えるものでもない。色物のネタな武器であったとしても、たとえば居合抜刀の遠距離パリィスキルのような「使い方を変えてしまえば強い」ようなものがあるかもしれない。新しいデザインの、新しい要素を加えた、新しい数値を持つものが手に入るのだ。興奮しないわけがない、とガルドはすっかりゲーマーの思考を周囲にも当てはめてしまっていた。
背広組の反応が普通だろう。ガルドは鈴音やヴァーツといった共感性の高い同類達を基準に考えてしまっていた。
「そ、そうか……」
ホットスワップ対応エリアで足止めするのは依頼として受けた案件だが、喜んでほしい・娯楽を提供したいという気持ちはガルドの自主的なものだ。Aはガルドの自主的な発想を受けて報酬を用意してくれたのだから、発案した側であるガルドの責任である。
「なぁー、ユニコーンはー?」
田岡がポップアップで作られた文字看板を前から後ろからと回り込んで首を傾げている。
<……そうだ!>
ガルドは慌てて思いつきをメッセージにしたためた。
<うん? 承知した。チケットアイテムは桁数が少ないコードで代用しても構わないかね?>
<それでいい>
咄嗟にしてはいいアイディアが出た。ガルドはムッとした顔のまま報酬表示画面へ顔を向ける。つられて全員視線を揃えた。
「あっ!」
山瀬が気付いた。田岡はまだ分かっていない。
「この『キミだけのペットと出会える券ゴールド』って、要はオリジナルのペットを生成できるってことじゃないか?」
「そうらしい」
久世や大谷が田岡に理解を促す。ガルドは静かに<そう解釈するならそう対応しよう>とAへメッセージした。
正直、どう対応しようか悩んでいたところだ。咄嗟に「まるでユニコーンをはじめとした動物・ペットと出会えるのではないかと思わせるチケットのようなもの」と伝えたのだが、その後の形はまだ想像もできていなかった。
久世が言ったような新規生成を新たに作ればいい。むしろ導入だけでいい。その後は地下迷宮の巨大卵から入った際に見たようなチョイス画面、いやフロキリのキャラメイクを転用して種類から毛色まで選べた方がいいだろう。そこまで考えていると、田岡がやっと事態を把握した。
「おおお、おおー! チケット!? ユニコーンに会えるのか!? ふう!」
「うわめっちゃ喜んでるじゃないっすか」
その場で小躍りしている田岡は、ザンバラ切りの白髪をわさわさと跳ねさせた。ユニコーンをそれほど気に入ってくれたのかと嬉しくなるが、再度自分との違いを目の当たりにして反省の色を濃くした。新しい武具やかっこいい剣や銃を用意すれば誰でも喜ぶと思った自分の浅さを恥じる。
隣で声を限りなく絞った内緒話が始まった。
「世の中って広いのね。仮想のユニコーンだけでこんなに喜ぶ人がいるなんて」
「山瀬、田岡さんは昔相当なキレものだったんだぞ。今はその、ちょっと夢の世界に片足突っ込んではいるが」
「そこが魅力っすよ、田岡さんの。可愛いじゃないすか」
「可愛いけどさぁ」
ガルドは、田岡が有能な国家公務員達の羨望と尊敬を集めていたころを想像も出来ない。元々父・仁が優秀な社員であるというのも信じられていないほどだ。牢獄世界でも元気に働いている三橋の方がよっぽど優秀に見えるが、彼が尊敬する二人はよっぽど有能なのだろう。
「ふっひひ! 見たか、九郎! ユニコーンだ、ユニコーンを手に入れたぞ!」
「はいはい、チケット交換は城のロビーで、らしいですよ。帰りましょ」
「道中のモンスターもビシバシやっつけるぞー!」
「ターン制はここだけっすよ。外に出たらアクションゲームなので無理っす。頼みます、閣下」
三橋がぐるんと振り向いた。続けて田岡や山瀬達も見てくる。
「……ああ。帰ろう」
温暖で風が優しい野原を進む。帰ると言った彼らにとって、フロキリをベースにした雪の世界は生きづらく厳しい。ターン制でパズルのようなのんびりとした、攻撃をノーガードで受ける可能性はほとんどない野原の上。比べて背中から襲われることもあれば、上から潰されることもある大型モンスターが跋扈する雪山。どちらがいいかなど明白だ。
「帰ったらお風呂入って、ご飯食べてー」
「金井さんのツマミと一緒に日本酒」
「あ、賛成っす!」
「報告書ぐらい書いてからだろう」
「大谷、今回のは息抜きだぞー。そんなの後々」
「……では、自分も」
「焼酎っすよね? 閣下はどうです?」
以前までのガルドであれば、仮想でも年齢が達さない限り酒を飲まないのがポリシーだった。だが一度ログアウトしてログインし直し、思ったことがある。
「ああ」
「閣下って何飲むんですかぁ?」
「ビール」
「想像通りだ! いやウイスキーとか好きそうだけど」
「あれっ? 一緒に飲むの初めて?」
「山瀬さんまさか」
「閣下意外とカクテルとかもいけるんだよ? ほら、立ち飲みのバーあるじゃない? あそこ人少ないからよく行くし、たまーに会うよ」
「えっ! 知らなかった!」
「誘ってくださいよー」
「……そのうちな」
ガルドは話に加わりながら五人と並んで歩いた。
希薄になる肉体には自覚がある。ガルドの身体に佐野みずきの残り香はない。榎本の身体に生身の榎本が見え隠れすることはあるが、今のガルドは人生の折り返し地点を超えた中年男性だ。
「ごちになりまーす」
奢るのも悪くない。彼らは「自分より社会に不慣れで年数も浅い」「庇護すべき」「可愛がられるべき」「若手達」だ。飲み会ではガルドが多く出すべきだと、ごく自然に考えている。
決定的にガルドがそう考え始めたのは、再ログインの後からだ。
佐野みずきは南国の空の下、陽の光が届かない地下で眠っている。記憶は地続きだ。ガルドはしかし、眠るみずきを置いて帰ってきた。そう思っている。
「次にここ来るのって布袋さん達でしたっけ?」
「あと金井も」
「えっ、早く帰らないと入れ違いなってご飯食べられなくなる!」
「そ、それは困るぞ!」
「大丈夫っすよ。ちゃんと上手な人がプレイすれば美味い料理になりますから」
「あれさ、難しいよな。金井さんが上手すぎるんだよ」
「レベル上げてレシピ解放してるのもあって、金井さん以外だとまだ数名ですよ? 美味しいご飯作れるの」
「まずカレーだ! そして天ぷら、後は後は、おお、コーラを飲みたいな」
「コーラなら持ってきてるじゃないすか。はい」
「んおおお! 冷え冷え!」
冷たいコーラ瓶を頬に当てられた田岡の悲鳴に、四人がわっと盛り上がる。ガルドも思わず笑顔になりながら、同時にAへ仕事の話を振った。
<次のぷっとん達のステージ、大丈夫か?>
<謎解き要素の強いゲームなのでね。リタイアされるのは避けたいので簡単に、かつ複雑にしなければね>
<ボリュームを増やした方がいい。金井がいるとはいえ、他はゲーム初心者じゃない>
<ふむ、確かに。増やすにしても二週させるにしても、絶対に間に合わせるのでね。報酬は三種類から選べるようにするのでね>
<……そういや、新武器は?>
<おっとしまった、対応で忙しくてね。でもキミ、どうせ次も引率役ではないのかね?>
<ああ、榎本にはバイクの仕事がある>
<ならその時に装備アイテムが選べるよう準備しておくのでね>
<よし>
ガルドは素直に喜んだ。表情筋をエミュレートする機能を使わず、周囲の歓談にもAからの報酬にも笑顔を見せる。
「楽しかったな」
「そうっすねぇ」
「うんうん!」
「たまにはいいな、こういうのも」
「旅行だな! ツーリングして、馬に乗る! うひひ!」
城を出て吊っているバイクへ戻る。往復の旅路を護衛する仕事もあるガルドはもう一踏ん張りだが、五人はすっかり旅行からの帰路モードだ。
「帰ったら仕事だ、仕事」
「いやだー、思い出したくないですよー」
「とか言って山瀬、仕事のない人生は考えられないとか言ってなかったか?」
「ですけどぉ、それとこれとは別ですよ。ね、大谷先輩」
「まずはミーティングだ」
ガルドは木に吊ったバイクを下ろし、背中の大剣を抜いてから跨った。
「ねぇねー、このスイッチのランプがチカチカしてるのってなぁに? 突然光ったんだけど」
「……何かしら? 交流電源装置? でもこっちにちゃんとしたのがあるし……予備の予備? 文化が違いすぎて分からないわ」
「サチ子さん! こっちの画面にポート制御の表示出てんすけど!」
「このPの横に書いてあるのが番号で、その隣がなんなんだ?」
「えー、知らねー」
「俺らこっちはさっぱりだからなぁ。グリーンランドでも社員さん達にお世話になりっぱなしだったし」
「ちょっと待ちなさい、すぐ行くから。チヨ、これは気にしなくていいわ。そんなことよりミルキィのエラー内容チェック入れて、捌けそうなら自分で処理して難しいのは回して」
「はーい」
「……で!? 何これぇ! 勝手に誰かネットに繋いだ!?」
「いえいえいえ」
「いやいやいや」
「え? な、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも……数秒の間にとんでもない量のデータ送受信してるじゃない! ちょっとなんなのもう!」
「俺らなんもしてないっす……」
「見りゃあー分かるわ! 指示はネットだとして、元から物理で置いてあったとしか考えられないわ! 速度が早すぎ! 何かトリガーになる事象があって発動するよう仕組んでたとして、そんな変態みたいな頭の使い方するのは……あ、そういえば白亜教授ってここにいたんだっけ?」
「ええ。なんか、社員さん達と一緒に出たのに今は別行動らしくて、どさくさに紛れて逃げたとしか思えないんですよね」
「メモだけ置いてとんずらだよ。自由すぎるっての」
「白亜研究室も教授の放浪癖には手を焼いてたって、すずが言ってたわね……このデータの中身は身内の犯行ってことで、とりあえず放っておきましょう。やばいのではなさそうよ」
「やばかったらどうすんだよ!」
「今頃このお爺さんが死んでたところね」
<要らない>
<新規武器は不要なのかね?>
<それは要る>
<どうぞ受け取ってくれたまえね>
前回の反省を活かしながら二週目を進め、最終ボス面も難なくスムーズに撃破し、ガルド達は無事トータルの報酬を得る区画へと辿り着いた。
青々と広がる芝の大地と高い空は見納めになる。ひとときの仮想現実から曇天と雪にまみれる現実世界へログアウトする気持ちになるが、ここを出ても仮想現実のままだ。
「ユニコーンは!? 消えてしまったではないか!」
「撃破したの田岡さんでしょうが」
「やっぱり幻の馬なんだな! ううっ」
「話聞けって」
「ぬうう、残念無念」
<A>
喜びに包まれる中、ガルドはこっそりと復帰したAへの通信にユニコーンユニットの実装について文章を載せた。口で話すより文字の方が早い。Aはコンマ数秒で読み終わり、すぐさま返答をする。
<ふむ、承知した。対応することを公式らしく通知しようかね。ペットアバターについてはアプデと称して城に専用窓口を新設、でどうかね?>
<それがいい>
ペットアバターは一度全てデリートされてしまった。タイミングからして、ハワイ島をイーラーイ社に襲撃された時にハードウェアごと壊されてしまったのだろう。新しく設置できるだけの余裕がA達にあることへも安堵しつつ、ガルドは狼狽する田岡をじっと観察した。
きっと喜ぶだろう。
安っぽいがわかりやすく軽快な音に合わせて、平原のなんでもない場所に突然ポップアップが開いた。
「うおっ!?」
「おめでとうございます、だって。ありきたりだが嬉しいな」
Aが即席で作って出したのだろう。ゲームの世界観など微塵も配慮しないただの無機質な枠をまじまじと見つめ、田岡はすっかり機嫌を直した。
「おお、おおお! やったー!」
<報酬を お受け取りください>
「報酬!?」
「え、報酬ー!?」
「お金ですか?」
一般的なクエストすら経験がない山瀬達は目を黒白させているが、ゲームをしたことがある三橋は一人得意げになりながら笑っている。
「きっとアイテムっすよ! 限定品、ここだけの品、的な!」
「……へぇ」
「アイテムか……」
「な、なんでそんなガッカリしてるんですか。いいじゃないっすか、アイテム。そりゃあその、武器的なやつだとは思うっすけど」
「別に要らないかな」
「ええーっ!?」
ガルドも隣で三橋と同じ顔をした。
ここでしか手に入らないかもしれない希少武器など、ガルドには死に物狂いで手に入れたくなるほどの価値がある。金で買えるものでもない。色物のネタな武器であったとしても、たとえば居合抜刀の遠距離パリィスキルのような「使い方を変えてしまえば強い」ようなものがあるかもしれない。新しいデザインの、新しい要素を加えた、新しい数値を持つものが手に入るのだ。興奮しないわけがない、とガルドはすっかりゲーマーの思考を周囲にも当てはめてしまっていた。
背広組の反応が普通だろう。ガルドは鈴音やヴァーツといった共感性の高い同類達を基準に考えてしまっていた。
「そ、そうか……」
ホットスワップ対応エリアで足止めするのは依頼として受けた案件だが、喜んでほしい・娯楽を提供したいという気持ちはガルドの自主的なものだ。Aはガルドの自主的な発想を受けて報酬を用意してくれたのだから、発案した側であるガルドの責任である。
「なぁー、ユニコーンはー?」
田岡がポップアップで作られた文字看板を前から後ろからと回り込んで首を傾げている。
<……そうだ!>
ガルドは慌てて思いつきをメッセージにしたためた。
<うん? 承知した。チケットアイテムは桁数が少ないコードで代用しても構わないかね?>
<それでいい>
咄嗟にしてはいいアイディアが出た。ガルドはムッとした顔のまま報酬表示画面へ顔を向ける。つられて全員視線を揃えた。
「あっ!」
山瀬が気付いた。田岡はまだ分かっていない。
「この『キミだけのペットと出会える券ゴールド』って、要はオリジナルのペットを生成できるってことじゃないか?」
「そうらしい」
久世や大谷が田岡に理解を促す。ガルドは静かに<そう解釈するならそう対応しよう>とAへメッセージした。
正直、どう対応しようか悩んでいたところだ。咄嗟に「まるでユニコーンをはじめとした動物・ペットと出会えるのではないかと思わせるチケットのようなもの」と伝えたのだが、その後の形はまだ想像もできていなかった。
久世が言ったような新規生成を新たに作ればいい。むしろ導入だけでいい。その後は地下迷宮の巨大卵から入った際に見たようなチョイス画面、いやフロキリのキャラメイクを転用して種類から毛色まで選べた方がいいだろう。そこまで考えていると、田岡がやっと事態を把握した。
「おおお、おおー! チケット!? ユニコーンに会えるのか!? ふう!」
「うわめっちゃ喜んでるじゃないっすか」
その場で小躍りしている田岡は、ザンバラ切りの白髪をわさわさと跳ねさせた。ユニコーンをそれほど気に入ってくれたのかと嬉しくなるが、再度自分との違いを目の当たりにして反省の色を濃くした。新しい武具やかっこいい剣や銃を用意すれば誰でも喜ぶと思った自分の浅さを恥じる。
隣で声を限りなく絞った内緒話が始まった。
「世の中って広いのね。仮想のユニコーンだけでこんなに喜ぶ人がいるなんて」
「山瀬、田岡さんは昔相当なキレものだったんだぞ。今はその、ちょっと夢の世界に片足突っ込んではいるが」
「そこが魅力っすよ、田岡さんの。可愛いじゃないすか」
「可愛いけどさぁ」
ガルドは、田岡が有能な国家公務員達の羨望と尊敬を集めていたころを想像も出来ない。元々父・仁が優秀な社員であるというのも信じられていないほどだ。牢獄世界でも元気に働いている三橋の方がよっぽど優秀に見えるが、彼が尊敬する二人はよっぽど有能なのだろう。
「ふっひひ! 見たか、九郎! ユニコーンだ、ユニコーンを手に入れたぞ!」
「はいはい、チケット交換は城のロビーで、らしいですよ。帰りましょ」
「道中のモンスターもビシバシやっつけるぞー!」
「ターン制はここだけっすよ。外に出たらアクションゲームなので無理っす。頼みます、閣下」
三橋がぐるんと振り向いた。続けて田岡や山瀬達も見てくる。
「……ああ。帰ろう」
温暖で風が優しい野原を進む。帰ると言った彼らにとって、フロキリをベースにした雪の世界は生きづらく厳しい。ターン制でパズルのようなのんびりとした、攻撃をノーガードで受ける可能性はほとんどない野原の上。比べて背中から襲われることもあれば、上から潰されることもある大型モンスターが跋扈する雪山。どちらがいいかなど明白だ。
「帰ったらお風呂入って、ご飯食べてー」
「金井さんのツマミと一緒に日本酒」
「あ、賛成っす!」
「報告書ぐらい書いてからだろう」
「大谷、今回のは息抜きだぞー。そんなの後々」
「……では、自分も」
「焼酎っすよね? 閣下はどうです?」
以前までのガルドであれば、仮想でも年齢が達さない限り酒を飲まないのがポリシーだった。だが一度ログアウトしてログインし直し、思ったことがある。
「ああ」
「閣下って何飲むんですかぁ?」
「ビール」
「想像通りだ! いやウイスキーとか好きそうだけど」
「あれっ? 一緒に飲むの初めて?」
「山瀬さんまさか」
「閣下意外とカクテルとかもいけるんだよ? ほら、立ち飲みのバーあるじゃない? あそこ人少ないからよく行くし、たまーに会うよ」
「えっ! 知らなかった!」
「誘ってくださいよー」
「……そのうちな」
ガルドは話に加わりながら五人と並んで歩いた。
希薄になる肉体には自覚がある。ガルドの身体に佐野みずきの残り香はない。榎本の身体に生身の榎本が見え隠れすることはあるが、今のガルドは人生の折り返し地点を超えた中年男性だ。
「ごちになりまーす」
奢るのも悪くない。彼らは「自分より社会に不慣れで年数も浅い」「庇護すべき」「可愛がられるべき」「若手達」だ。飲み会ではガルドが多く出すべきだと、ごく自然に考えている。
決定的にガルドがそう考え始めたのは、再ログインの後からだ。
佐野みずきは南国の空の下、陽の光が届かない地下で眠っている。記憶は地続きだ。ガルドはしかし、眠るみずきを置いて帰ってきた。そう思っている。
「次にここ来るのって布袋さん達でしたっけ?」
「あと金井も」
「えっ、早く帰らないと入れ違いなってご飯食べられなくなる!」
「そ、それは困るぞ!」
「大丈夫っすよ。ちゃんと上手な人がプレイすれば美味い料理になりますから」
「あれさ、難しいよな。金井さんが上手すぎるんだよ」
「レベル上げてレシピ解放してるのもあって、金井さん以外だとまだ数名ですよ? 美味しいご飯作れるの」
「まずカレーだ! そして天ぷら、後は後は、おお、コーラを飲みたいな」
「コーラなら持ってきてるじゃないすか。はい」
「んおおお! 冷え冷え!」
冷たいコーラ瓶を頬に当てられた田岡の悲鳴に、四人がわっと盛り上がる。ガルドも思わず笑顔になりながら、同時にAへ仕事の話を振った。
<次のぷっとん達のステージ、大丈夫か?>
<謎解き要素の強いゲームなのでね。リタイアされるのは避けたいので簡単に、かつ複雑にしなければね>
<ボリュームを増やした方がいい。金井がいるとはいえ、他はゲーム初心者じゃない>
<ふむ、確かに。増やすにしても二週させるにしても、絶対に間に合わせるのでね。報酬は三種類から選べるようにするのでね>
<……そういや、新武器は?>
<おっとしまった、対応で忙しくてね。でもキミ、どうせ次も引率役ではないのかね?>
<ああ、榎本にはバイクの仕事がある>
<ならその時に装備アイテムが選べるよう準備しておくのでね>
<よし>
ガルドは素直に喜んだ。表情筋をエミュレートする機能を使わず、周囲の歓談にもAからの報酬にも笑顔を見せる。
「楽しかったな」
「そうっすねぇ」
「うんうん!」
「たまにはいいな、こういうのも」
「旅行だな! ツーリングして、馬に乗る! うひひ!」
城を出て吊っているバイクへ戻る。往復の旅路を護衛する仕事もあるガルドはもう一踏ん張りだが、五人はすっかり旅行からの帰路モードだ。
「帰ったら仕事だ、仕事」
「いやだー、思い出したくないですよー」
「とか言って山瀬、仕事のない人生は考えられないとか言ってなかったか?」
「ですけどぉ、それとこれとは別ですよ。ね、大谷先輩」
「まずはミーティングだ」
ガルドは木に吊ったバイクを下ろし、背中の大剣を抜いてから跨った。
「ねぇねー、このスイッチのランプがチカチカしてるのってなぁに? 突然光ったんだけど」
「……何かしら? 交流電源装置? でもこっちにちゃんとしたのがあるし……予備の予備? 文化が違いすぎて分からないわ」
「サチ子さん! こっちの画面にポート制御の表示出てんすけど!」
「このPの横に書いてあるのが番号で、その隣がなんなんだ?」
「えー、知らねー」
「俺らこっちはさっぱりだからなぁ。グリーンランドでも社員さん達にお世話になりっぱなしだったし」
「ちょっと待ちなさい、すぐ行くから。チヨ、これは気にしなくていいわ。そんなことよりミルキィのエラー内容チェック入れて、捌けそうなら自分で処理して難しいのは回して」
「はーい」
「……で!? 何これぇ! 勝手に誰かネットに繋いだ!?」
「いえいえいえ」
「いやいやいや」
「え? な、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも……数秒の間にとんでもない量のデータ送受信してるじゃない! ちょっとなんなのもう!」
「俺らなんもしてないっす……」
「見りゃあー分かるわ! 指示はネットだとして、元から物理で置いてあったとしか考えられないわ! 速度が早すぎ! 何かトリガーになる事象があって発動するよう仕組んでたとして、そんな変態みたいな頭の使い方するのは……あ、そういえば白亜教授ってここにいたんだっけ?」
「ええ。なんか、社員さん達と一緒に出たのに今は別行動らしくて、どさくさに紛れて逃げたとしか思えないんですよね」
「メモだけ置いてとんずらだよ。自由すぎるっての」
「白亜研究室も教授の放浪癖には手を焼いてたって、すずが言ってたわね……このデータの中身は身内の犯行ってことで、とりあえず放っておきましょう。やばいのではなさそうよ」
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すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
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