348 / 436
341 ヘッドセットの暗い影
しおりを挟む
北海道最北端の市街地、道立稚内中央病院。
「命に別状はありませんよ。体重も、この状況下でよく保っている方でしょう」
「……す」
か細い返事をした男の声はガラガラだ。周囲はピロピロやビービーといったけたたましいアラート音に溢れており、何より病院特有の匂いが鼻を占領していた。めまいに似た感覚に首へ入れていた力を抜く。
「ゴホッ、コホ」
三橋はログアウトした。記憶はなく、突然倍以上の情報量になった匂いと湿度に戸惑うしかない。
「失礼ですが、本当にご家族様で?」
「ぅおほん、ええ! わたくし……」
「叔母です、叔母」
「ちょ!?」
「私は従姉妹です。で、えーっと……おじさん、普通の病棟にいつ戻れますか?」
「一晩はICUでしょうね。明日の朝、様子を見て判断させてもらいますよ。その、それを取るかどうかも含めて明日以降ということで。場合によっては転院も……ええ。手続き等については受付で担当者から……」
いつの間にか身に覚えのない叔母と従姉妹が存在していることも、医者が自分には荷が重いと顔を背けた理由も、三橋は回らない頭で咄嗟に理解した。
頭が回らない理由も分かる。まだヘッドセットがくっついているのだ。視界は狭い。横へ入っているスリット状の隙間から見ている景色だけでは、声の主がどんな顔をしているのか分からない。
だが三橋は、とにかく二人を信頼し任せることにした。
「さ、のさ……」
「おじさん、何か伝えたいことある?」
「ああ、あんまり無理をさせないように。『フルダイブのしすぎで寝食を忘れていた』なんて症状初めて見るが、つまり水分以外は絶食、筋肉も弱りきっている」
「佐野さ、むすめさ、ん、中に……元気……」
「……佐野、娘……あっ!」
「さく……め……」
「さくめ?」
「面会時間はそろそろ終わりですので」
「あま、桜、めんじゃこ……」
「何それ」
「めん……はっ!?」
叔母が大きな声をあげた。三橋は、一刻も早く佐野仁を安心させてあげたかったのだ。田岡伝達ルートで正確に伝わっているか心配だった。佐野仁に、佐野みずきが今もまだ向こう側で囚われているが元気にしており、甘桜めんじゃこというプレイヤーネームで何不自由ない生活を送っているのだと言いたかった。
短い期間だったが、仲良くなれた。わがままで快活で、辛そうな顔ひとつ見せない気丈な子だった。
「う……」
「おじさん泣いてるん?」
「こ、ここらでお暇いたしますの。ほら」
「うん」
叔母と従姉妹が離れていく。
うまく喋ることすら出来ないリアルの肉体に三橋は恥すら覚えた。すみません佐野さん。元気になったら会いにいって、娘さんとのことを全部喋るので。寝て起きてすぐとは行かない。医者が言っていた通り、頭につきっぱなしのヘッドセットを外してもらわなければならない。
三橋は後頭部をグリンと枕に押し付けた。体側の、具体的には頭蓋骨の中にまで何かが響く。田岡と同じパターンであれば外科手術が必要だろう。彼がログアウトできなかった要因はログアウト不可からの「強制接続断で発火する凶悪抹殺システム」だ。しかし三橋は今、既に回線から離れている。ケーブルの類はもうくっついていない。
つまり、外しても死ぬことはない。突然得た身の安全に、三橋は強く安堵した。
「……みなさん」
中に残っている彼らは、まだそのリスクがある。
暗いヘッドセットの影に誘われ、三橋はいつしか眠りについた。
「命に別状はありませんよ。体重も、この状況下でよく保っている方でしょう」
「……す」
か細い返事をした男の声はガラガラだ。周囲はピロピロやビービーといったけたたましいアラート音に溢れており、何より病院特有の匂いが鼻を占領していた。めまいに似た感覚に首へ入れていた力を抜く。
「ゴホッ、コホ」
三橋はログアウトした。記憶はなく、突然倍以上の情報量になった匂いと湿度に戸惑うしかない。
「失礼ですが、本当にご家族様で?」
「ぅおほん、ええ! わたくし……」
「叔母です、叔母」
「ちょ!?」
「私は従姉妹です。で、えーっと……おじさん、普通の病棟にいつ戻れますか?」
「一晩はICUでしょうね。明日の朝、様子を見て判断させてもらいますよ。その、それを取るかどうかも含めて明日以降ということで。場合によっては転院も……ええ。手続き等については受付で担当者から……」
いつの間にか身に覚えのない叔母と従姉妹が存在していることも、医者が自分には荷が重いと顔を背けた理由も、三橋は回らない頭で咄嗟に理解した。
頭が回らない理由も分かる。まだヘッドセットがくっついているのだ。視界は狭い。横へ入っているスリット状の隙間から見ている景色だけでは、声の主がどんな顔をしているのか分からない。
だが三橋は、とにかく二人を信頼し任せることにした。
「さ、のさ……」
「おじさん、何か伝えたいことある?」
「ああ、あんまり無理をさせないように。『フルダイブのしすぎで寝食を忘れていた』なんて症状初めて見るが、つまり水分以外は絶食、筋肉も弱りきっている」
「佐野さ、むすめさ、ん、中に……元気……」
「……佐野、娘……あっ!」
「さく……め……」
「さくめ?」
「面会時間はそろそろ終わりですので」
「あま、桜、めんじゃこ……」
「何それ」
「めん……はっ!?」
叔母が大きな声をあげた。三橋は、一刻も早く佐野仁を安心させてあげたかったのだ。田岡伝達ルートで正確に伝わっているか心配だった。佐野仁に、佐野みずきが今もまだ向こう側で囚われているが元気にしており、甘桜めんじゃこというプレイヤーネームで何不自由ない生活を送っているのだと言いたかった。
短い期間だったが、仲良くなれた。わがままで快活で、辛そうな顔ひとつ見せない気丈な子だった。
「う……」
「おじさん泣いてるん?」
「こ、ここらでお暇いたしますの。ほら」
「うん」
叔母と従姉妹が離れていく。
うまく喋ることすら出来ないリアルの肉体に三橋は恥すら覚えた。すみません佐野さん。元気になったら会いにいって、娘さんとのことを全部喋るので。寝て起きてすぐとは行かない。医者が言っていた通り、頭につきっぱなしのヘッドセットを外してもらわなければならない。
三橋は後頭部をグリンと枕に押し付けた。体側の、具体的には頭蓋骨の中にまで何かが響く。田岡と同じパターンであれば外科手術が必要だろう。彼がログアウトできなかった要因はログアウト不可からの「強制接続断で発火する凶悪抹殺システム」だ。しかし三橋は今、既に回線から離れている。ケーブルの類はもうくっついていない。
つまり、外しても死ぬことはない。突然得た身の安全に、三橋は強く安堵した。
「……みなさん」
中に残っている彼らは、まだそのリスクがある。
暗いヘッドセットの影に誘われ、三橋はいつしか眠りについた。
1
あなたにおすすめの小説
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。
branche_noir
SF
<カクヨムSFジャンル週間1位>
<カクヨム週間総合ランキング最高3位>
<小説家になろうVRゲーム日間・週間1位>
現実に疲れたサラリーマン・ユウが始めたのは、超自由度の高いVRMMO《Everdawn Online》。
目的は“癒し”ただそれだけ。焚き火をし、魚を焼き、草の上で昼寝する。
モンスター討伐? レベル上げ? 知らん。俺はキャンプがしたいんだ。
ところが偶然懐いた“仔竜ルゥ”との出会いが、運命を変える。
テイムスキルなし、戦闘ログ0。それでもルゥは俺から離れない。
そして気づけば、森で焚き火してただけの俺が――
「魔物の軍勢を率いた魔王」と呼ばれていた……!?
癒し系VRMMO生活、誤認されながら進行中!
本人その気なし、でも周囲は大騒ぎ!
▶モフモフと焚き火と、ちょっとの冒険。
▶のんびり系異色VRMMOファンタジー、ここに開幕!
カクヨムで先行配信してます!
もふもふで始めるのんびり寄り道生活 便利なチートフル活用でVRMMOの世界を冒険します!
ゆるり
ファンタジー
【書籍化!】第17回ファンタジー小説大賞『癒し系ほっこり賞』受賞作です。
(書籍化にあわせて、タイトルが変更になりました。旧題は『もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~』です)
ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。
最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。
この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう!
……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは?
***
ゲーム生活をのんびり楽しむ話。
バトルもありますが、基本はスローライフ。
主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。
カクヨム様でも公開しております。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。
────────
自筆です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】VRMMOでチュートリアルを2回やった生産職のボクは最強になりました
鳥山正人
ファンタジー
フルダイブ型VRMMOゲームの『スペードのクイーン』のオープンベータ版が終わり、正式リリースされる事になったので早速やってみたら、いきなりのサーバーダウン。
だけどボクだけ知らずにそのままチュートリアルをやっていた。
チュートリアルが終わってさぁ冒険の始まり。と思ったらもう一度チュートリアルから開始。
2度目のチュートリアルでも同じようにクリアしたら隠し要素を発見。
そこから怒涛の快進撃で最強になりました。
鍛冶、錬金で主人公がまったり最強になるお話です。
※この作品は「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過した【第1章完結】デスペナのないVRMMOで〜をブラッシュアップして、続きの物語を描いた作品です。
その事を理解していただきお読みいただければ幸いです。
───────
自筆です。
アルファポリス、第18回ファンタジー小説大賞、奨励賞受賞
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる