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356 仕事終わりの雪の下
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雲の割れ目から太陽光が差し込み、静かに降る粉雪を照らしている。氷結晶城・城下町。密度の高いプレイヤーたちの集まりの中で、いつもの広場に設置された壇上にはガルドと榎本が横たわっている。
「帰ってこないねぇ~」
「大丈夫かな」
「やること無くなっちまって暇なんだが」
呼吸動作も何もしなくなったボディは、横にされているが目を開いたままだ。プラスチック製の人形を床に置いたような姿で空を見ている二人は、正確にはアバターボディをそのままに意識はログアウトしている。
ガルドと榎本が外部とやりとりも出来、ログアウトまで出来る特殊な環境にいることは公然の秘密となった。隠すこともなく広場の群衆は心配そうに二人を見ている。
「もう仕事はないのか? 雑用でもいいぞ」
「ぎゃう」
珍しく趣味のロボット風装備を着込んでいるエルフのマグナが、大きく迫り出している肩パットの上に乗っているドラゴン・ムリフェインに尋ねる。赤いドラゴンは首を横に振った。反対側の肩にはクリーム色をしたネコが乗っているが、微動だにしない。マグナの相棒ピートの「中の人」は現在回線を切断し、Aと共にリアル側への対応へ注力している。
「日電を誤魔化すのは簡単だったし、ベルベット・ボーイズの武装解除もうまくいったんですよね?」
情興庁背広組の一人がムリフェインに聞くと、ドラゴンは爪を振って空中を指し示した。ゲームのUIと同じ枠でポップアップディスプレイが表示される。
「ベルベットも追跡をやめたようですし、安心です」
「傍受した通信のログによれば、晃五郎元総理と直接やりとりしてますね。いや秘書なのかな? どっちにしろ、状況の報告は青年たちにはさせずにベルベット自身がしているようです」
「大っぴらに出来ない悪いことしてるって自覚はあるんだろうな、晃五郎は」
「違法性の認識か。そこんとこどうなんだ、ぷっとん」
鈴音の男に聞かれ、妖精羽をパタパタさせながら低身長幼児体型のフェアリエン種・ぷっとんが曖昧に笑った。
「ええ~、うーん、まぁ、政治の人間が真っ白でいられる確率なんかほぼゼロよ。でも与党の重鎮だからといって公安が従順に従うかっていうと全然よ? そこはもちろんシステムとしても分断されてるし、サイバー職で入庁してればそれなりに海外の脳波コンに対する情報だって仕入れられる。現状日本の脳波コン輸入に対する状況や対応はおかしい、晃五郎が出す指示は経済の自由を阻害してる……ぐらい理解できるはずなの。何か理由がないとあり得ない構造になってるわ」
「それが『動機』ですね」
「ええ。田岡くんがこうなってしまった理由は、きっと晃五郎元総理そのものには無いの。だったら今頃九郎がブチギレてる。公安が協力するに足る理由。九郎が五郎へ怒りを向けていない理由。脳波コンに対する圧政を告発する内部の人間が出ていない理由。それが分かればきっと、もう少し身動きが取れると思うの」
「そうそう、じゃないとログアウト出来ても日本に帰れないよ~」
「また拉致られるだけだ」
「うんうん」
「元総理のスキャンダルとして告発すりゃあいいんじゃねぇの?」
「バカね、ワイドショーで脳波コン持ちが集団拉致されましたーなんて話したところで、誰も食いつかないわよ。せいぜい個別の行方不明事件、最悪都市伝説扱い」
「確かに……」
「我々、可哀想だと思われない特殊タイプのマイノリティっすもん」
「友人知人家族にも他人のふりされて終わるさ」
「うんうん」
鈴音やヴァーツの面々が自虐的な笑顔を浮かべている。
「みんな年齢もそこそこいってますし、同情は得られないですよ」
「若い子ならともかく」
「最年少って誰?」
「MISIAかなぁ。学生?」
「数回ダブってるから10代じゃないよ」
「しかも男だしな。こういう時女性の方が世間の同情引きやすいだろ」
周囲の面々がリアルや年齢の話を始めたことに、マグナやメロといったロンベルの四人が神妙に顔を見合わせた。
<……そういや、向こうでガルドの親御さんとか大丈夫なのか?>
<女子高生の親なら過度な反応をしてもおかしくないだろう。メロもそうだろう?>
<そりゃー娘が拉致されたなんて聞いたら正気じゃいられないよねぇ>
<日電に所属しているんだろう、親父さん。向こうも晃五郎の名前ぐらいに辿り着いていてもおかしくないぞ>
<ねぇムーちゃん。そういう日本情勢的な感じの情報、教えてくれない?>
「ぎゃう」
興味ないね、といった様子でムリフェインが鼻を鳴らした。
「帰ってこないねぇ~」
「大丈夫かな」
「やること無くなっちまって暇なんだが」
呼吸動作も何もしなくなったボディは、横にされているが目を開いたままだ。プラスチック製の人形を床に置いたような姿で空を見ている二人は、正確にはアバターボディをそのままに意識はログアウトしている。
ガルドと榎本が外部とやりとりも出来、ログアウトまで出来る特殊な環境にいることは公然の秘密となった。隠すこともなく広場の群衆は心配そうに二人を見ている。
「もう仕事はないのか? 雑用でもいいぞ」
「ぎゃう」
珍しく趣味のロボット風装備を着込んでいるエルフのマグナが、大きく迫り出している肩パットの上に乗っているドラゴン・ムリフェインに尋ねる。赤いドラゴンは首を横に振った。反対側の肩にはクリーム色をしたネコが乗っているが、微動だにしない。マグナの相棒ピートの「中の人」は現在回線を切断し、Aと共にリアル側への対応へ注力している。
「日電を誤魔化すのは簡単だったし、ベルベット・ボーイズの武装解除もうまくいったんですよね?」
情興庁背広組の一人がムリフェインに聞くと、ドラゴンは爪を振って空中を指し示した。ゲームのUIと同じ枠でポップアップディスプレイが表示される。
「ベルベットも追跡をやめたようですし、安心です」
「傍受した通信のログによれば、晃五郎元総理と直接やりとりしてますね。いや秘書なのかな? どっちにしろ、状況の報告は青年たちにはさせずにベルベット自身がしているようです」
「大っぴらに出来ない悪いことしてるって自覚はあるんだろうな、晃五郎は」
「違法性の認識か。そこんとこどうなんだ、ぷっとん」
鈴音の男に聞かれ、妖精羽をパタパタさせながら低身長幼児体型のフェアリエン種・ぷっとんが曖昧に笑った。
「ええ~、うーん、まぁ、政治の人間が真っ白でいられる確率なんかほぼゼロよ。でも与党の重鎮だからといって公安が従順に従うかっていうと全然よ? そこはもちろんシステムとしても分断されてるし、サイバー職で入庁してればそれなりに海外の脳波コンに対する情報だって仕入れられる。現状日本の脳波コン輸入に対する状況や対応はおかしい、晃五郎が出す指示は経済の自由を阻害してる……ぐらい理解できるはずなの。何か理由がないとあり得ない構造になってるわ」
「それが『動機』ですね」
「ええ。田岡くんがこうなってしまった理由は、きっと晃五郎元総理そのものには無いの。だったら今頃九郎がブチギレてる。公安が協力するに足る理由。九郎が五郎へ怒りを向けていない理由。脳波コンに対する圧政を告発する内部の人間が出ていない理由。それが分かればきっと、もう少し身動きが取れると思うの」
「そうそう、じゃないとログアウト出来ても日本に帰れないよ~」
「また拉致られるだけだ」
「うんうん」
「元総理のスキャンダルとして告発すりゃあいいんじゃねぇの?」
「バカね、ワイドショーで脳波コン持ちが集団拉致されましたーなんて話したところで、誰も食いつかないわよ。せいぜい個別の行方不明事件、最悪都市伝説扱い」
「確かに……」
「我々、可哀想だと思われない特殊タイプのマイノリティっすもん」
「友人知人家族にも他人のふりされて終わるさ」
「うんうん」
鈴音やヴァーツの面々が自虐的な笑顔を浮かべている。
「みんな年齢もそこそこいってますし、同情は得られないですよ」
「若い子ならともかく」
「最年少って誰?」
「MISIAかなぁ。学生?」
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