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386 金魚鉢
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透明なグラスに、焼酎と炭酸水が並々注がれる。焼酎は博多方言が強い店主がずらり並べたボトルの中の、ガルドには覚えきれない種類の中の一つだ。何かは分からない。
「ほい」
グラスの中へ、店主がマドラーを使って葉っぱを一枚入れた。
「それは?」
「紫蘇の葉っス。んでぇ」
「ほい」
店主は続けて赤いものを上からポトンと落として入れる。マドラーで中へ突っ込まれていく赤色は、一本そのまま使うことが稀だ。ガルドは少々ギョッとした。
「唐辛子、一本……」
「輪切じゃ飲みにくか」
「それに、そんな辛くないっスよ。ちょいピリ、体はぽっかぽか」
「なるほど」
「大将、俺のはお湯割りで頼むわ」
「あいよ」
なるほど、割り方で大きく変わるのだろう。榎本が便乗しつつ注文している様子を視界の片隅におきながら、ガルドは受け取ったグラスを一口飲んだ。
「ほう」
独特なすっきりとした清涼感は紫蘇由来だろう。そしてボートウィグが言う通り辛すぎない刺激が良いアクセントになっている。米焼酎だったらしい。クセがなく飲みやすいのは店主の配慮だろうか。そしてとにかく、手の中のグラスが彩り鮮やかでおしゃれに見えた。
「渋い、渋すぎる! いやぁー閣下イケる口っスねぇさすがっス!」
「なるほど、金魚か」
提灯の灯りに透かすように掲げるグラスは、水草をバックに泳ぐ赤い金魚のように見える。名前の由来も、飲み物に本来入らない取り合わせの理由もあからさまだ。
「グラスが透明だとまるっきり金魚鉢だな」
「グラスを水槽に見立ててるというか、先に形ありきっスよね。陶器のグラスじゃ意味ないっス」
「そうだな」
「金魚なぁ。ガキの頃、団地の窓際で飼ってたら真夏に直射日光当たって茹だっちまって……」
「うえー」
「すごい匂いで姉貴に怒られたっけ」
榎本が昔話をするのは珍しい。ガルドもボートウィグも上機嫌な男の雑談に聞き入る。手元のグラスは小さいが、榎本の記憶に眠る大きな金魚鉢と重なって話題を広げてくれている。死なせてしまった金魚の話、文句を言う姉の話、お墓は花が咲く場所がいいだろうと団地脇のシロツメグサの群生の下に埋めた結果、似たような場所がありすぎてどこに埋めたか分からなくなった話。
「意外と榎本さん、あれっスね。素朴な子供時代過ごしてんスね」
「ふ」
「笑うなよガルド、お前だって経験あるだろ?」
「ない。まず金魚は飼ったことがない」
「金魚すくいとか興味なかったっスか?」
「あんまり」
「持って帰っても親がいい顔しないんだよ、あれ。子どもってほら、三日で飽きるだろ」
「そうそう。どうせ世話するのは親、とか言って」
「実際そうなんだが」
「そういうものなのか」
ガルドには経験のない話が飛び交う。生き物を育てる経験は責任感を育むとは想像できるが、実際にやると子どもは平気で責任逃れをするのだとボートウィグが力説している。榎本は半分同意しながらも、性格によっては真面目に最後まで面倒を見るケースもあると話した。
「だいたい年齢一桁の子どもにとって、例えば10年生きる魚をこれから育てるって言われても分かんないだろ」
「何がっスか?」
「未来だよ。自分が生きてきた年月より長い年月を生きる生き物を育て始める感覚。8年そこそこしか経験のないガキに、あと何年続くか分からない生き物の世話を想像しろってのが無理だ」
「でも三日で飽きるのとは話が違う」
「そこは怒っていい。生き物を飼う責任ってやつだ。だから最初はあんまり長生きしない虫とか、あー、ハムスターとかもいいかもな」
「そうっスねぇ……寿命の長短はあるっスね。金魚って意外と長生きするんスよねー。それを露天でサクッと格安で、しかもゲーム感覚でゲットできるのはちょっと違うっスよね」
「だろぉ?」
「こうして金魚鉢に入れて、眺めてるだけでいいならいいんスけどねぇ。生きてるならそんな簡単な話じゃないっス。引っ越しを機にポイ……って感じの許されざる放棄が無くならないわけっスよ」
「……ほう」
ガルドが手にしているグラスを覗き込んで言うボートウィグに向けて、ガルドはよく見えるよう少し高くグラスを上げた。一連の会話に、ガルドは古い経験が無い分直近のことでエピソードを探す。最近、生き物の世話について考えたことがあった。いつだったろうか。榎本とボートウィグの会話をBGMに記憶を手前から奥へ巻き戻す。
「金魚は食べないけどよ、ほら、豚をクラスで育てて卒業の時に食う、みたいなやつとか」
「あーあれどうなんすかねぇー。気持ちの良い話じゃないっスよねぇー」
生き物を育てきれずにリリースする、のくだりに引っ掛かりを覚える。何か似たようなことをつい最近考えた気がする。
「そんなに命を教育の場に持ち込みたいなら、釣りとかどうよ。釣り。ブラックバス釣り」
「なるほど、外来種狩りっスね。こう、棒状のもので魚の脳天をぶっ叩くらしいス」
「へぇー」
「あれそれ鮭じゃなかったか?」
「そうだっけ?」
そうだ。ガルドは思い出す。
「…………潜水艦だ」
「へ?」
三橋に聞いた話だ。潜水艦で、何十人も拉致直後の日本人がリリースされた話。
「……飼えなくなって……ポイ?」
リラックスしていたはずの酒の席だが、やはりガルドは責務的な話題を切り離すことができなかった。
「ほい」
グラスの中へ、店主がマドラーを使って葉っぱを一枚入れた。
「それは?」
「紫蘇の葉っス。んでぇ」
「ほい」
店主は続けて赤いものを上からポトンと落として入れる。マドラーで中へ突っ込まれていく赤色は、一本そのまま使うことが稀だ。ガルドは少々ギョッとした。
「唐辛子、一本……」
「輪切じゃ飲みにくか」
「それに、そんな辛くないっスよ。ちょいピリ、体はぽっかぽか」
「なるほど」
「大将、俺のはお湯割りで頼むわ」
「あいよ」
なるほど、割り方で大きく変わるのだろう。榎本が便乗しつつ注文している様子を視界の片隅におきながら、ガルドは受け取ったグラスを一口飲んだ。
「ほう」
独特なすっきりとした清涼感は紫蘇由来だろう。そしてボートウィグが言う通り辛すぎない刺激が良いアクセントになっている。米焼酎だったらしい。クセがなく飲みやすいのは店主の配慮だろうか。そしてとにかく、手の中のグラスが彩り鮮やかでおしゃれに見えた。
「渋い、渋すぎる! いやぁー閣下イケる口っスねぇさすがっス!」
「なるほど、金魚か」
提灯の灯りに透かすように掲げるグラスは、水草をバックに泳ぐ赤い金魚のように見える。名前の由来も、飲み物に本来入らない取り合わせの理由もあからさまだ。
「グラスが透明だとまるっきり金魚鉢だな」
「グラスを水槽に見立ててるというか、先に形ありきっスよね。陶器のグラスじゃ意味ないっス」
「そうだな」
「金魚なぁ。ガキの頃、団地の窓際で飼ってたら真夏に直射日光当たって茹だっちまって……」
「うえー」
「すごい匂いで姉貴に怒られたっけ」
榎本が昔話をするのは珍しい。ガルドもボートウィグも上機嫌な男の雑談に聞き入る。手元のグラスは小さいが、榎本の記憶に眠る大きな金魚鉢と重なって話題を広げてくれている。死なせてしまった金魚の話、文句を言う姉の話、お墓は花が咲く場所がいいだろうと団地脇のシロツメグサの群生の下に埋めた結果、似たような場所がありすぎてどこに埋めたか分からなくなった話。
「意外と榎本さん、あれっスね。素朴な子供時代過ごしてんスね」
「ふ」
「笑うなよガルド、お前だって経験あるだろ?」
「ない。まず金魚は飼ったことがない」
「金魚すくいとか興味なかったっスか?」
「あんまり」
「持って帰っても親がいい顔しないんだよ、あれ。子どもってほら、三日で飽きるだろ」
「そうそう。どうせ世話するのは親、とか言って」
「実際そうなんだが」
「そういうものなのか」
ガルドには経験のない話が飛び交う。生き物を育てる経験は責任感を育むとは想像できるが、実際にやると子どもは平気で責任逃れをするのだとボートウィグが力説している。榎本は半分同意しながらも、性格によっては真面目に最後まで面倒を見るケースもあると話した。
「だいたい年齢一桁の子どもにとって、例えば10年生きる魚をこれから育てるって言われても分かんないだろ」
「何がっスか?」
「未来だよ。自分が生きてきた年月より長い年月を生きる生き物を育て始める感覚。8年そこそこしか経験のないガキに、あと何年続くか分からない生き物の世話を想像しろってのが無理だ」
「でも三日で飽きるのとは話が違う」
「そこは怒っていい。生き物を飼う責任ってやつだ。だから最初はあんまり長生きしない虫とか、あー、ハムスターとかもいいかもな」
「そうっスねぇ……寿命の長短はあるっスね。金魚って意外と長生きするんスよねー。それを露天でサクッと格安で、しかもゲーム感覚でゲットできるのはちょっと違うっスよね」
「だろぉ?」
「こうして金魚鉢に入れて、眺めてるだけでいいならいいんスけどねぇ。生きてるならそんな簡単な話じゃないっス。引っ越しを機にポイ……って感じの許されざる放棄が無くならないわけっスよ」
「……ほう」
ガルドが手にしているグラスを覗き込んで言うボートウィグに向けて、ガルドはよく見えるよう少し高くグラスを上げた。一連の会話に、ガルドは古い経験が無い分直近のことでエピソードを探す。最近、生き物の世話について考えたことがあった。いつだったろうか。榎本とボートウィグの会話をBGMに記憶を手前から奥へ巻き戻す。
「金魚は食べないけどよ、ほら、豚をクラスで育てて卒業の時に食う、みたいなやつとか」
「あーあれどうなんすかねぇー。気持ちの良い話じゃないっスよねぇー」
生き物を育てきれずにリリースする、のくだりに引っ掛かりを覚える。何か似たようなことをつい最近考えた気がする。
「そんなに命を教育の場に持ち込みたいなら、釣りとかどうよ。釣り。ブラックバス釣り」
「なるほど、外来種狩りっスね。こう、棒状のもので魚の脳天をぶっ叩くらしいス」
「へぇー」
「あれそれ鮭じゃなかったか?」
「そうだっけ?」
そうだ。ガルドは思い出す。
「…………潜水艦だ」
「へ?」
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