４０代(男)アバターで無双する少女

399 ビッグ・ブラザー

　陽太郎が挨拶を終えてログアウトしている間、日本国内で活動するチヨ子たちは作戦を着々と進めていた。立派で人が沢山いるコンテナ医療ブースから少し離れた位置で、こじんまりと囲われた三人だけの小さな拠点が中心地だ。
　滋行の膝上に置かれたカマボコ型端末以外には機材も何もないが、日電が倉庫内に這わせた高速通信ケーブルやレンタルスパコンの恩恵を受け、チヨ子たちは頭の中に巨大な渚を持っていた。
　ブルーホールと青い海を共有する、端が見えないほど広くどこまでも続く波打ち際。秘匿性の高いプライベートビーチ。
「陽太郎と連絡が取れるまで時間がある。もう少し、やれることをやろう」
　寄せては返す波を見る滋行は、処理の負荷を考えアバターは使わずにマークと名前だけの姿で砂浜の上に浮いている。海の向こうには、少し離れた位置からパックリと滝壺のように穴が空いており、見慣れたブルーホールの賑わいが透けて見える。
　こちら側からブルーホールは読めるが、向こうからこちら側へは近寄ることも見ることも出来ない。滋行はそんなプライベートビーチを一人で作り上げた。
「罠は作った。よさそうなタイミングはまだ先だけど、やろうと思えば今すぐにでもできる。あとは……」
「もっといろんな人に共有して、リアルタイムで見てもらうのがいいよね」
　国彦はテンプレートでブルーホールに付属されているアバターの三頭身の男性、チヨ子は二頭身のクマ型アバターをミルクチョコ色に改造して使っている。
「脳波コン反対派がやってた作戦に似てるのは癪だが、あれがあって、それで失敗してるってのが俺たちにとって幸運だったな」
「良い反面教師だ」
「ただ流すだけじゃだめだよねぇ」
「いや、奴らもちゃんと説明しようとしたらしい……アピールしようとした痕跡はあったんだ……」
　滋行がリアル側でそっと目を伏せた。筑波で相対した脳波コン否定派閥の実行犯が一生懸命シェアしようとした投稿を滋行は見たが、素人丸出しの、面白さも弄り甲斐もない説明的なものだった。閲覧数は二桁止まり。滋行は実行犯の個人ページをそっと閉じた。
「奴ら、なんも分かってないよ。脳波コンがそんなに嫌いなら、そのヘイトの気持ちをもっと活かせばいいのにさぁ」
「灯台下暗しってやつだろ」
「日本は全体的にそうだろ」
　国彦と滋行がほぼ同時に肩をすくめる。
「ハァ……」
「暗いねぇ」
「そのヘイトだよ。誰も問題にしてなかっただけで、そのねちっこいヘイト感情が国内対立を生んで、ビジネスも技術発展も足踏み。お先真っ暗だ」
「誰も何も思わなかった訳ぇ？」
「入れてない者は入れる価値を認めず、入れた者は入れた者同士でつるみ、相互に監視し合って価値を隠す……どっちも晃五郎が仕組んだんだ」
「大変そう」
「他人事だなぁ」
「だってキョーミない」
「ま、そうだな。俺は仕事をこなすだけ。ガルドさんと交換だ」
「むぅ……」
　チヨ子はプレイヤーネームに反応し、ぶすくれた。