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第4話
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今日は実家に帰るから、と言い残して恭佳ちゃんは出掛けてしまった。市佳ちゃんも友達の家に遊びに行っているので、現在寮部屋には私一人。寂しくないと言えば嘘になる。
部活動や委員会活動に属していない私は交友関係が狭く、同室の二人を除いてあまり友達らしい友達もいなかった。反面、漆原姉妹は共に顔が広く、私以外の生徒とも色々と付き合いがある……ように、見える。少なくとも私の目には。
「はあ……」
端的に言って、退屈だった。
趣味もなく、部活にも属さず、親しい友人もほとんどいない。
そんな私の数少ない希望が、恭佳ちゃんだと言うのに。
どうせ彼女に会えないのなら、いっそ授業でもあった方がまだ退屈しのぎになったかもしれない。
一度机に向かって読書なり勉強なりをしようと試みたが、どうにも気分が乗らずに、結局今はベッドの上。
今朝は確かに残っていた恭佳ちゃんの体温は、無情にも最新型の空調機の風に吹かれて跡形もなく消え去っていた。
辛うじて彼女の残滓を感じ取れるのは、私の隣に置かれた枕と、そこに何本か散らばる茶色がかった髪の毛くらい。
そう、思っていたのだが。
「…………」
私としたことが、なぜこんな素晴らしいものを見落としていたのか。いや、気づいていたのかもしれないが、頭が自動的に考えることを放棄していたのだろうか。
ベッドの柵に引っ掛けてある、水色の可愛らしい寝間着。
普段見慣れたものでも、その主と一緒でないとなんだか新鮮に感じられた。
昨晩寝る前に、私はこの寝間着ごと恭佳ちゃんを抱きしめたのだ。そう思うと不思議な気持ちになる。
あの抱き心地は、どうやったって何物にも代えられないけれど、せめて気分だけでももう一度味わいたい。私はすっかり、彼女の温もりの虜になってしまった。
腕を伸ばそうとして初めて、私は自分の指先が震えていることに気がついた。
ごくり。
部屋が静かな分、生唾の音まではっきりと聞こえてしまう。
なにも緊張することはないはずだ。友達がちょっと前まで着ていたシャツに、軽く触れるだけ。こんなもの、ただの水色の布切れで……。
そう言い聞かせるも、体はなかなか言うことを聞いてくれない。
震える指先を騙しながら、なんとかシャツの裾を摘み上げ、自分の顔の前まで引きずる。シャツとの距離に反比例して、心拍数がどんどん高まってくる。
恭佳ちゃんは昨日、シャツ一枚で寝ていたはずだから、つまり、今私の目の前にある「これ」は、彼女の肌を直に、まんべんなく包んでいた訳で。
部屋には誰もいないんだから、少しくらい「おいた」をしてもどうってことない、と頭の中の悪魔が囁く。
いやいや、どうせ誰も見ていないなら、心ゆくまで楽しまなければ勿体ない、ともう一匹の悪魔が囁いた。私の頭の中に天使はいないようだった。
意を決して、鼻先をちょっとだけ近づけて、まずは軽めにその匂いを確かめる。
「あぁ…………」
陶酔。
私は人よりも鼻がいい。だから、ほのかに漂うばかりの彼女の香りを、しっかりと味わうことができた。
辛うじて雀の涙ほど残っていた私の理性は、そこで完全に吹き飛んでしまった。
恭佳ちゃんの枕の上に寝間着を置き、うつぶせになって思い切り強く鼻を押し当てる。
「んぁ……恭佳ちゃんっ……」
シャンプーと、人肌と、髪の毛と、汗と、柔軟剤の匂いがいっぺんに脳内をかき回して、数秒間トリップ状態に陥る。
呼吸が荒くなり、頭の後ろ側が甘く痺れ、段々意識が朦朧としてくる。
もう止めなきゃ、と頭の片隅では思うものの、押し寄せてくる幸福感の波にはあらがいようもない。
結局、これ以上は本当に息が続かなくて死ぬという直前まで、夢中で匂いを嗅ぎ続けていた。。
「はぁー……はぁー……」
しばらく放心状態で白い天井を見つめているうちに、ばらばらに散った理性の欠片が少しずつ再結合を始める。
呼吸が整ってくるにつれて、徐々に罪悪感が私の体を支配してきた。
こんな邪な気持ちを抱いたままで、明日の夏祭りを無事に過ごすことができるのだろうか。そもそも、恭佳ちゃんをまともに見ることができるのかどうかさえ、よく分からなかった。
ともかく、当分は彼女のことを思い出さないようにして今日をやり過ごすしかなさそうだった。漫画でも小説でもゲームでもネットでもなんでもいいから、ある一つのことに没頭しないとまたおかしな気を起こしそうだ。
私の休日は、こうして無為に消費されていくのだった。
部活動や委員会活動に属していない私は交友関係が狭く、同室の二人を除いてあまり友達らしい友達もいなかった。反面、漆原姉妹は共に顔が広く、私以外の生徒とも色々と付き合いがある……ように、見える。少なくとも私の目には。
「はあ……」
端的に言って、退屈だった。
趣味もなく、部活にも属さず、親しい友人もほとんどいない。
そんな私の数少ない希望が、恭佳ちゃんだと言うのに。
どうせ彼女に会えないのなら、いっそ授業でもあった方がまだ退屈しのぎになったかもしれない。
一度机に向かって読書なり勉強なりをしようと試みたが、どうにも気分が乗らずに、結局今はベッドの上。
今朝は確かに残っていた恭佳ちゃんの体温は、無情にも最新型の空調機の風に吹かれて跡形もなく消え去っていた。
辛うじて彼女の残滓を感じ取れるのは、私の隣に置かれた枕と、そこに何本か散らばる茶色がかった髪の毛くらい。
そう、思っていたのだが。
「…………」
私としたことが、なぜこんな素晴らしいものを見落としていたのか。いや、気づいていたのかもしれないが、頭が自動的に考えることを放棄していたのだろうか。
ベッドの柵に引っ掛けてある、水色の可愛らしい寝間着。
普段見慣れたものでも、その主と一緒でないとなんだか新鮮に感じられた。
昨晩寝る前に、私はこの寝間着ごと恭佳ちゃんを抱きしめたのだ。そう思うと不思議な気持ちになる。
あの抱き心地は、どうやったって何物にも代えられないけれど、せめて気分だけでももう一度味わいたい。私はすっかり、彼女の温もりの虜になってしまった。
腕を伸ばそうとして初めて、私は自分の指先が震えていることに気がついた。
ごくり。
部屋が静かな分、生唾の音まではっきりと聞こえてしまう。
なにも緊張することはないはずだ。友達がちょっと前まで着ていたシャツに、軽く触れるだけ。こんなもの、ただの水色の布切れで……。
そう言い聞かせるも、体はなかなか言うことを聞いてくれない。
震える指先を騙しながら、なんとかシャツの裾を摘み上げ、自分の顔の前まで引きずる。シャツとの距離に反比例して、心拍数がどんどん高まってくる。
恭佳ちゃんは昨日、シャツ一枚で寝ていたはずだから、つまり、今私の目の前にある「これ」は、彼女の肌を直に、まんべんなく包んでいた訳で。
部屋には誰もいないんだから、少しくらい「おいた」をしてもどうってことない、と頭の中の悪魔が囁く。
いやいや、どうせ誰も見ていないなら、心ゆくまで楽しまなければ勿体ない、ともう一匹の悪魔が囁いた。私の頭の中に天使はいないようだった。
意を決して、鼻先をちょっとだけ近づけて、まずは軽めにその匂いを確かめる。
「あぁ…………」
陶酔。
私は人よりも鼻がいい。だから、ほのかに漂うばかりの彼女の香りを、しっかりと味わうことができた。
辛うじて雀の涙ほど残っていた私の理性は、そこで完全に吹き飛んでしまった。
恭佳ちゃんの枕の上に寝間着を置き、うつぶせになって思い切り強く鼻を押し当てる。
「んぁ……恭佳ちゃんっ……」
シャンプーと、人肌と、髪の毛と、汗と、柔軟剤の匂いがいっぺんに脳内をかき回して、数秒間トリップ状態に陥る。
呼吸が荒くなり、頭の後ろ側が甘く痺れ、段々意識が朦朧としてくる。
もう止めなきゃ、と頭の片隅では思うものの、押し寄せてくる幸福感の波にはあらがいようもない。
結局、これ以上は本当に息が続かなくて死ぬという直前まで、夢中で匂いを嗅ぎ続けていた。。
「はぁー……はぁー……」
しばらく放心状態で白い天井を見つめているうちに、ばらばらに散った理性の欠片が少しずつ再結合を始める。
呼吸が整ってくるにつれて、徐々に罪悪感が私の体を支配してきた。
こんな邪な気持ちを抱いたままで、明日の夏祭りを無事に過ごすことができるのだろうか。そもそも、恭佳ちゃんをまともに見ることができるのかどうかさえ、よく分からなかった。
ともかく、当分は彼女のことを思い出さないようにして今日をやり過ごすしかなさそうだった。漫画でも小説でもゲームでもネットでもなんでもいいから、ある一つのことに没頭しないとまたおかしな気を起こしそうだ。
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