落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

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第一部

痣の正体

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「せわしない猫だな」
「あはは……じゃあ、ごはんを食べたら私たちも行きましょうか。母も姉も忙しい人たちですので、待たせてはいけませんから」
「そうだな。君と結婚できるよう交渉するのに、時間がかかるかもしれないからな」

 プロポーズを承諾した覚えはないのだが、ディルクはすでにその気のようだ。
 でも、決して悪い気はしない。どうせ落ちこぼれと結婚しようなんて酔狂な男はいないんだし、一緒に過ごした時間はとても幸せだったから、恋愛感情があろうとなかろうと結婚するのはいい選択肢のように思える。

 たとえそれが叶わぬ夢だとしても、夢を見るくらい許されていいはずだ。

 朝食を終えてディルクと共に小屋を出ると、彼はおもむろにたたんでいた翼を広げ、二、三回軽く動かしたのち、大きく羽ばたいて宙に浮かんだ。

「わっ、もう飛べるんですか?」
「長距離は無理だが、少しくらいなら。歩くより早いし、君と同じ目線で外を見てみたいんだ」

 恥ずかしいセリフをさらっと言ってのけるドラゴンから顔を背け、赤くなった頬をごまかすように足早に歩き出した。

 道すがら、魔女たちの好奇と恐怖の視線が突き刺さったが、ひそひそと揶揄が聞こえても、ディルクがひと睨みしたらたちまち消えたので、ちょっぴり気分がよかった。
 ……虎の威を借る狐ならぬ、ドラゴンの威を借る落ちこぼれの自覚はある。

「君は一生懸命里のためになるの仕事をしてるのに、どうしてあんな風に悪口を言われないといけないんだ? まったく腹立たしい奴らだ。何様のつもりだ?」
「仕方ないですよ。落ちこぼれですから」
「だからって、こんなに美して優しくて働き者のオフィーリアを悪く言うなんて、俺は許せないぞ」

 プンスカ怒るディルクを宥めつつ、少しだけ遠回りをして里の中を案内しながら実家への道を歩き、屋敷の門の前でウロウロしているロイドに出迎えられた。

 まだ怯えているのか挙動不審な彼に案内され、ディルクと共に家の裏手に向かった。
 バーディー家の裏はかつて自前の薬草畑があったが、オフィーリアが世話する薬草園にその役割を譲り、現在は空き地になっている。

 使い魔の契約を行う場所に制約はないが、ディルクに魔力が行き渡れば本来の大きさを取り戻すかもしれず、広い空間でやるにこしたことはない。上空にいたから正確な大きさは把握していないが、少なく見積もっても普通の家くらいの大きさはあるに違いない。

 屋敷に沿って細い道を通り、開けた場所に出ると、母と姉がそこで待っていた。

「いらっしゃい。オフィーリア」

「うふふ。こんにちは、ドラゴンさん。お会いできて光栄よ。わたくしはマリアンナ・バーディー。オフィーリアの姉なの。こちらは私の母のベアトリクス。あなたの傷を治したマナテリアル薬を作った魔女よ」

 気持ち悪いくらい機嫌のいい笑みを浮かべ、猫なで声でクズではなく名前で呼ぶ二人に、オフィーリアは顔が引きつりそうになった。自分以外の人当たりがいいのは知っているが、なんだか背中がゾワゾワするような妙な感じがするのだ。

「ディルクだ。その節は世話になった」

 一旦地面に降り、丁重に頭を下げるドラゴンに「可愛い!」とマリアンナは指を組んで黄色い悲鳴を上げ、思わずといった様子で駆け寄って抱き上げようとするが、ディルクはそれを睨みつけて阻止した。

「すまないが、まだ君を主人と認める前に一つ確認したいことがある。首の後ろに大き目の星形の赤い痣はあるか?」
「え? あ、あるけど……どうしてそれを?」

 巻き毛の上から痣があるだろう箇所を押さえ、マリアンナは首をかしげる。
 髪を上げているわけでもなく、ましてや正面に立っているディルクにそれが見えるはずがないのに、的確に言い当てられて気味が悪いと言いたげな表情だ。

「オフィーリアが教えてくれた。その様子では消えてないんだな」
「ええ……自分では見えないけど、見苦しいから人前では髪は絶対下ろしてなさいって……そういえば、お母さんにもあったわよね、赤いのが――って、お母さん?」

 マリアンナは横にいる母を見やりつつ同意を求めたが、何故か彼女の顔色が悪い。

「どうしたの、お母さん。具合悪いの?」
「具合も悪くなるだろうな。禁術を暴露されそうになってるんだから」
「「禁術……!?」」

 姉妹は声をそろえ、見開いた目で母を見た。

 ベアトリクスは一言も発しなかったが、青を通り越して真っ白になった顔と、立っているのがやっとの足腰の震えが、それを如実に肯定していた。

「ベアトリクス様……!?」
「お、お母さん、どういうこと!?」

 禁術と聞いて、姉妹も顔色を変えてうろたえる。

 魔女が魔力を使って生み出すのは、何も形あるマナテリアルだけではない。
 その気になれば魔法のような超常的な現象を起こすことも可能だ。

 しかし、遠い昔にそのせいで差別を受け、時に処刑された同胞も数多くいた。だからこそ、そういう“魔法”を禁術と呼び、決して使ってはならないと掟で定められている。

 とはいえ、現代ではすでに禁術自体が失われた技術で、使おうとして使えるものではないはずなのに、母はどこでそんなものを。
 そもそも禁術を知らない姉妹には、母がどんな種類の禁術を使ったのかすら想像もつかない。

 青ざめたままこちらの呼びかけに応えない母にじれ、オフィーリアがディルクをすがるように見ると、重いため息と共に答えてくれた。
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