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第一部
すべて、あるべき姿へ
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オフィーリアではそれを止めることはできない。
でも、どうしてもディルクを渡したくなくて、守られた分守ってあげたくて、ドラゴンの体をぎゅっと抱きしめた。
「オ、オフィー……!?」
「禁術は解かなくていい! 私は落ちこぼれのままでいい! ずっとマリアンナに魔力はあげる! でも……でも、ディルクさんは取らないで!」
「ふざけたことを! クズのくせに、未来の大魔女様に、逆らってる、ん、じゃ……――!?」
マリアンナの吠える声はしりすぼみになり、次第に魔力が霧散していく。
その散り散りになった魔力は彼女に戻ることはなく、それどころか今まで彼女にとどまっていたはずの魔力まで、ディルクを腕に抱くオフィーリアのところに一斉に集い始めた。
禁術が解かれたのだ。
オフィーリアは自分に吸い込まれるように戻ってくる魔力の煌めきに、状況も忘れて見とれてしまう。
「これが……私の……?」
それまで空虚だった自分の中が暖かいもので満たされていく。
あるべきものがあるべき場所に納まっていく感覚に、自然と涙がこぼれた。
腕の中のディルクはそれを拭いつつ、満足げに目を細める。
一方、力を削がれたマリアンナが忌々しそうに振り返ると、いつの間にか自由の身になっている母と、自在に跳ね回って使い魔たちを翻弄しつつ、鋭い爪で引っ搔いて攻撃する黒猫のロイドがいた。
元の姿に戻って拘束をすり抜け、反撃に出たようだ。
「お前、従えてる使い魔の数は多いけど、命令に忠実なだけでテメェのオツムがない連中ばっかりなんだよ。俺くらい自我を持ってるヤツを一匹くらい用意しておくべきだったな!」
「ちぃっ! でも、まだ今なら……!」
もう一度魔力を練り直し、ディルクを従えようとするマリアンナだが、それを遮るようにベアトリクスが娘を芝の上に突き飛ばす。
「オフィーリア、早く契約を!」
母の言葉に我に返り、オフィーリアは抱きしめたディルクを見つめる。
「ディルクさん……私の使い魔になってくれますか?」
「もちろんだ。君以外のものになる気はない。君の命が尽きるまで傍にいる。どんなことがあっても守ってみせる」
愛の告白じみた同意の言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやらで真っ赤になりつつも、オフィーリアは小さい頃教わった通り、ディルクに魔力を注ぐ。
魔力が移動するたび、二人を繋ぐ見えない糸が紡がれているような気がした。
やがて、その糸がきっちりと両者の間で結ばれた感覚がした直後、ディルクがオフィーリアの腕から離れて空へ飛び上がる。
上昇しながらドラゴンの体はみるみるうちに大きくなり、数日前に見た巨大な体躯へと変貌を遂げた。
魔力が満たされたおかげかわずかに残っていた傷跡も癒え、鱗もすべて生え変わり、陽光に煌めく銀色が眩しい。
「そ、そんな……」
上半身を起こした状態で銀のドラゴンを茫然と見上げるマリアンナを、ベアトリクスが懺悔と慈しみを込めて抱きしめた。
「ごめんなさい、マリアンナ……ごめんなさい……」
あなたなら《癒しの大魔女》を越える魔女になれる、そうマリアンナに言い聞かせてきたのは自分だ。
彼女が母の期待に応えるため、大魔女になるという夢を叶えるため、一生懸命頑張ってきたのを一番近くで見て来たのも自分だ。
ただ、その過ぎた才能ゆえに、傲慢な性格が形成されているのも知っていた。
優等生の外面は保っていたようだが、時折言動の端々に他者を見下すものが混じっていたのを知っていた。知っていて見ないふりをしていた。自信に満ち溢れた娘を見ていると、真実を口にはできなかった。
だから、悪いのはマリアンナではない。己の犯した過ちに彼女を巻き込んでしまっただけ。
あの時つまらない嫉妬をこじらせ、禁術を続行してしまった自分が悪いのだ。
ただただ謝り続ける母に視線を落とし、マリアンナは怒りとも絶望ともつかない、やり場のない感情を震えながらぶつける。
「こ、こんなの嫌……認めない、認めないんだから! わたくしは選ばれた魔女よ! お母さん、すぐに禁術をかけ直して! あのクズから魔力を奪って、全部わたくしにちょうだい!
お母さんに分けなければ、わたくしはすぐに大魔女になれる! リリーナ・バーティーなんか足元にも及ばないくらいのね! お母さんはいつも私の夢を応援してくれてたもの、やってくれるわよね!?」
「マリアンナ……」
「戯言はそれくらいにしたらどうだ」
ディルクが上空からゆっくり降下し、巨体から生まれる体重も風圧も感じさせない静かな着地でオフィーリアの傍に並ぶと、金色の瞳で喚き散らすマリアンナを射抜いた。
「確かに、ベアトリクスが見せた幻想に翻弄されたのは哀れだと思うし、偉人を越えたいという向上心は尊敬に値する。だが、仮に再び禁術を施したとしても、オフィーリアが病や事故で死ねば、あっという間に君のメッキは剥がれるんだぞ?」
「うるさい! クズの面倒くらい、死なない程度に使い魔たちに見させるわ! 禁術でクズの魔力ごとあんたを取り込んで、二度とそんな生意気なこと言えないようにしてやる! ちょっと、お母さん。早くして――」
「いい加減にしなさい!」
ベアトリクスの悲鳴にも似た怒号と共に、バチンと頬を叩く音が響いた。
マリアンナが赤くなった頬を押さえ、涙目で母を見上げる。
「お、お母さ……」
「誰かを犠牲にして得た成功なんて、まったく意味がないの。オフィーリアの魔力を奪っていた最初の頃は、これまでにない全能感に恍惚としたものだわ。でも、すぐに恐怖に変わった。以前と違うことを怪しまれないか、禁術を使っているとばれやしないか、気が休まる日はなかったわ」
でも、どうしてもディルクを渡したくなくて、守られた分守ってあげたくて、ドラゴンの体をぎゅっと抱きしめた。
「オ、オフィー……!?」
「禁術は解かなくていい! 私は落ちこぼれのままでいい! ずっとマリアンナに魔力はあげる! でも……でも、ディルクさんは取らないで!」
「ふざけたことを! クズのくせに、未来の大魔女様に、逆らってる、ん、じゃ……――!?」
マリアンナの吠える声はしりすぼみになり、次第に魔力が霧散していく。
その散り散りになった魔力は彼女に戻ることはなく、それどころか今まで彼女にとどまっていたはずの魔力まで、ディルクを腕に抱くオフィーリアのところに一斉に集い始めた。
禁術が解かれたのだ。
オフィーリアは自分に吸い込まれるように戻ってくる魔力の煌めきに、状況も忘れて見とれてしまう。
「これが……私の……?」
それまで空虚だった自分の中が暖かいもので満たされていく。
あるべきものがあるべき場所に納まっていく感覚に、自然と涙がこぼれた。
腕の中のディルクはそれを拭いつつ、満足げに目を細める。
一方、力を削がれたマリアンナが忌々しそうに振り返ると、いつの間にか自由の身になっている母と、自在に跳ね回って使い魔たちを翻弄しつつ、鋭い爪で引っ搔いて攻撃する黒猫のロイドがいた。
元の姿に戻って拘束をすり抜け、反撃に出たようだ。
「お前、従えてる使い魔の数は多いけど、命令に忠実なだけでテメェのオツムがない連中ばっかりなんだよ。俺くらい自我を持ってるヤツを一匹くらい用意しておくべきだったな!」
「ちぃっ! でも、まだ今なら……!」
もう一度魔力を練り直し、ディルクを従えようとするマリアンナだが、それを遮るようにベアトリクスが娘を芝の上に突き飛ばす。
「オフィーリア、早く契約を!」
母の言葉に我に返り、オフィーリアは抱きしめたディルクを見つめる。
「ディルクさん……私の使い魔になってくれますか?」
「もちろんだ。君以外のものになる気はない。君の命が尽きるまで傍にいる。どんなことがあっても守ってみせる」
愛の告白じみた同意の言葉に、嬉しいやら恥ずかしいやらで真っ赤になりつつも、オフィーリアは小さい頃教わった通り、ディルクに魔力を注ぐ。
魔力が移動するたび、二人を繋ぐ見えない糸が紡がれているような気がした。
やがて、その糸がきっちりと両者の間で結ばれた感覚がした直後、ディルクがオフィーリアの腕から離れて空へ飛び上がる。
上昇しながらドラゴンの体はみるみるうちに大きくなり、数日前に見た巨大な体躯へと変貌を遂げた。
魔力が満たされたおかげかわずかに残っていた傷跡も癒え、鱗もすべて生え変わり、陽光に煌めく銀色が眩しい。
「そ、そんな……」
上半身を起こした状態で銀のドラゴンを茫然と見上げるマリアンナを、ベアトリクスが懺悔と慈しみを込めて抱きしめた。
「ごめんなさい、マリアンナ……ごめんなさい……」
あなたなら《癒しの大魔女》を越える魔女になれる、そうマリアンナに言い聞かせてきたのは自分だ。
彼女が母の期待に応えるため、大魔女になるという夢を叶えるため、一生懸命頑張ってきたのを一番近くで見て来たのも自分だ。
ただ、その過ぎた才能ゆえに、傲慢な性格が形成されているのも知っていた。
優等生の外面は保っていたようだが、時折言動の端々に他者を見下すものが混じっていたのを知っていた。知っていて見ないふりをしていた。自信に満ち溢れた娘を見ていると、真実を口にはできなかった。
だから、悪いのはマリアンナではない。己の犯した過ちに彼女を巻き込んでしまっただけ。
あの時つまらない嫉妬をこじらせ、禁術を続行してしまった自分が悪いのだ。
ただただ謝り続ける母に視線を落とし、マリアンナは怒りとも絶望ともつかない、やり場のない感情を震えながらぶつける。
「こ、こんなの嫌……認めない、認めないんだから! わたくしは選ばれた魔女よ! お母さん、すぐに禁術をかけ直して! あのクズから魔力を奪って、全部わたくしにちょうだい!
お母さんに分けなければ、わたくしはすぐに大魔女になれる! リリーナ・バーティーなんか足元にも及ばないくらいのね! お母さんはいつも私の夢を応援してくれてたもの、やってくれるわよね!?」
「マリアンナ……」
「戯言はそれくらいにしたらどうだ」
ディルクが上空からゆっくり降下し、巨体から生まれる体重も風圧も感じさせない静かな着地でオフィーリアの傍に並ぶと、金色の瞳で喚き散らすマリアンナを射抜いた。
「確かに、ベアトリクスが見せた幻想に翻弄されたのは哀れだと思うし、偉人を越えたいという向上心は尊敬に値する。だが、仮に再び禁術を施したとしても、オフィーリアが病や事故で死ねば、あっという間に君のメッキは剥がれるんだぞ?」
「うるさい! クズの面倒くらい、死なない程度に使い魔たちに見させるわ! 禁術でクズの魔力ごとあんたを取り込んで、二度とそんな生意気なこと言えないようにしてやる! ちょっと、お母さん。早くして――」
「いい加減にしなさい!」
ベアトリクスの悲鳴にも似た怒号と共に、バチンと頬を叩く音が響いた。
マリアンナが赤くなった頬を押さえ、涙目で母を見上げる。
「お、お母さ……」
「誰かを犠牲にして得た成功なんて、まったく意味がないの。オフィーリアの魔力を奪っていた最初の頃は、これまでにない全能感に恍惚としたものだわ。でも、すぐに恐怖に変わった。以前と違うことを怪しまれないか、禁術を使っているとばれやしないか、気が休まる日はなかったわ」
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