落ちこぼれ魔女とドラゴン

神無月りく

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第二部

勝利の鍵は”逆鱗”

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「ジークフリードはどんなドラゴンなの? 同族殺しって言ってたけど」
「……奴は一言で言えば“純血至上主義”のドラゴンだ。俺たちのような混血を見下すだけでなく滅ぼすべき存在だと考え、殺して回っているらしい。年端のいかない子供も、希少なメスも、混血であれば容赦なく殺す。それが同族殺しの由来だ」
「そんな……」

 混血だから殺す。
 実に短絡的な考えではあるが、子を残すために他種族と交わることに対する疑問や嫌悪感は分からなくはないし、純血であることに誇りを持っているのだというのも想像ができるが、だからと言って命を奪っていいはずがない。

「混血として生まれたのは、その人の責任じゃないのに」
「そうだな。だが、奴の思想は『正しい血統を残せないなら、いっそすべて滅びてしまえ』という過激なものだ。高潔と言えば聞こえはいいが、そんなものただの自己満足だ。オフィーリアの言う通り、俺だって好きで混血で生まれたわけじゃ……」

 悔しさをにじませるように奥歯を噛みしめるディルクを気づかわしげに見つめ、膝の上で握られた拳を包むように優しく自分の手を重ねる。

「ディルク……」
「ああ、誤解しないでくれ。両親を恨んでいるわけじゃない。ただ、奴との圧倒的な力量差を見せつけられた時には、混血であることに絶望を感じたな。血の濃さがそのままドラゴンとしての力に繋がる――そんなの負け犬の遠吠えだって思ってたんだが、それが事実だって痛感して……どうにもやるせない気持ちになるんだ」

 努力では覆しようもない“素質”や“才能”を前に絶望する気持ちは、長らく落ちこぼれと言われてきたオフィーリアにはよく分かる。彼女の場合は禁術によりあるべきものが奪われていただけだが、この十六年間で味わった惨めさや虚しさは、決して忘れることはできない。

「……ねぇ、ディルク。ローエンさんの言葉が正しいなら、この集落は安全なんでしょう? 無理に戦わなくたって、ここで暮らせばいいじゃない。ここなら私もマナの心配をしなくていいし――」

「それはダメだ! 可愛いオフィーリアをこんな男所帯で住まわせるなんて、狼の群れに子兎を放り込むようなものだぞ!? そんなことするくらいなら、刺し違えてでもジークフリードを殺してやる!」
「え、ちょっとディルク!?」

 突然ギュッと抱きしめられて全身の血が沸騰するかと思ったが、言っていることは駄々をこねる子供のようで、何故か肩透かしを食らった気分になる。
 こういうのを世の女性は“残念なイケメン”と呼ぶのだが、世情に疎いオフィーリアの脳内辞書にはなかった。

「ふふふ、待たせたな――おや、お邪魔だったかな?」

 ……幸か不幸か、沈鬱だった空気が一変したところで、ケリーが小さな木箱を持って再登場した。

「い、いえ、全然!」
「待ってない。今すぐ帰れ」
「まあまあ、そう邪険にしないでくれ。今の君には必要なものだと思う」

 第三者の登場で渋々体を離すディルクは、胡乱な言葉とまなざしをケリーに向けるが、彼女はそれらを華麗にスルーしながら木箱を開け、隙間なく敷き詰められた緩衝材の中から一本のガラス瓶を取り出した。

 黒と紫と緑がマーブル状になった謎の液体が入った、手のひらサイズのそれは、何も言われなくても怪しげな薬物……むしろ劇物だと察知できる。

「あの、それは……?」
「よくぞ聞いてくれた。これは対ドラゴン専用の麻痺薬だ」
「え? 麻痺?」

「鱗越しではほとんど効果はないが、傷口ないし経口から一滴でも体内に入れば、たちまち痺れて動けなくなるという代物だ。ああ、本当に痺れるだけで命までは奪わないのはローエンで実験済みだし、人間に効果がないのも私で試したから安心してくれ」
「ひえっ!?」

 ドラゴンにとって凶器にも等しい劇物をドラゴンの集落で研究した上に、知人を実験台にするケリーの神経が理解できないし、自分をも実験台にする図太さも驚愕の一言だ。

 周りのドラゴンたちが止めないところをみると、彼女は悪用しないと信頼されているのだろうが……それにしたって物騒なものを開発したものだ。

「そ、それは……まさか独学で?」

「ははは、違う違う。以前仕入れたレシピ本にたまたま載っていたものを、興味本位で再現してみただけだ。昔の魔女はドラゴンの鱗や角を使用してマナテリアルを作っていて、素材採取を行うためにこの麻痺薬を使ったらしい。言い換えれば麻酔だな。
今となってはそのレシピは失われ、それぞれに袂を別って暮らしているが、魔女とドラゴンは深く関わりがあったという事実を後世に伝える必要があるだろう?」

 研究者独特の熱っぽい瞳で饒舌に語るケリーは、キラキラと輝いていた。
 彼女の言う通り歴史を伝えることは大事だと思うし、もしそうなら見知らぬ過去の魔女たちとも親近感も湧くというものだが……だからといって、古の劇薬を現代に蘇らせていいという話ではない。

「おっと、話が逸れたな。まあ、痺れるといっても二分前後だ。クオーターハーフのローエンでそれなら、純血なら五分は効果があるだろうと踏んでいる。で、爪にでもこれを仕込んでおいて、痺れさせている隙に“逆鱗”を破壊する――これが、ディルクが勝利する唯一の方法だ」

「……げきりんって、なんですか?」

 知らない単語が出てきて首を傾げるオフィーリアに、ケリーは片眉を上げた。

「おや、君は知らないのか。ドラゴンの顎の下には、一枚だけ逆さに生える鱗がある。そこはマナを効率的に取り込み、膨大な魔力を体内に正しく循環させるための重要な器官だ。ドラゴンにとっては第二の心臓のようなものだな。ディルク、見せてやれ」

 ディルクは「その薬を開けるなよ」と繰り返し念を押し、渋々といった様子でぬいぐるみサイズのドラゴンに転じると、オフィーリアの膝の上に乗って顎をクイッと上げる。

 確かに、顎の下と喉元の間あたりに、一枚だけ向きが逆の鱗があった。

 周りと色も形も変わらないし、単に偶然逆さまに生えただけの鱗に見えるが、そんな重要な役目を担っているとは。
 思わずしげしげと眺めるオフィーリアを横目に、ケリーは解説を続ける。

「逆鱗は他の鱗より強固ではあるが、破壊されると二度と再生しない。まあ、壊れたところで死にはしないけどね。生命維持に必要なマナの供給は呼吸等で十分事足りるし。だが、圧倒的なパワーや最強のブレスは永遠に封じられる」

「じゃあ、逆鱗さえ壊せば、どんなドラゴンでも無力化できるってことですか?」
「ご名答。理解が早くて助かる。だが、場所が場所なだけに破壊は困難だ。そこで、これの出番というわけだな」

 ガラス瓶を軽く振りながら、ケリーは不敵に笑った。
 なるほど。一撃でも食らわせて麻痺薬を体内に混入させ、効果が発揮しさえすれば、十分にディルクに勝機はある。ジークフリードを退けることはできるはずだ。
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