199 / 324
消えた久遠 2
しおりを挟む
屋敷の中はしんと静まり返り、まるで自分ひとりがこの世に取り残されてしまったような錯覚を覚える。
離れにある久遠の部屋へと歩き出した翡翠の足は、裏口から出ようと釜屋の入口まで来た時、ギクリと歩みを止めた。
ぽそぽそと紙を震わせるように響く女たちの言葉に、翡翠の顔は瞬く間に色をなくしていく。
「結局、久遠様は間に合わなかったね・・・・。」
「・・・・いったいどこにいっちまったんだろうねぇ。」
「あんなに睦まじく兄妹のように過ごしていたのに、お別れもできなかったんじゃ、翡翠様も心残りだったろうに。」
「あんなにいい娘をこんな風に無くすことになるなんて・・・・・・。酷すぎるよ。」
翡翠は聞きたくないと怯える心の声をふさぎ、冷たく震える指先を拳の中へ握りこんだ。
「翡翠様・・・・さぞ恐ろしかったろうに・・・声も上げず棺に入って静かに待っていたそうだよ。」
「・・・・・・・」
一人の女の言葉に、他の女たちの泣きすする声が静かに応える。
翡翠は何を言っているのか分からず・・・・いや、分かりたくなくて、じりじりとわずかに後ずさった。
表門の辺りから、ふいに何人もの気配が沸き、女たちが息をのむ。
「儀式が・・・・終わったみたいだ。・・・・みんな戻ってきた。ほら私らも、仕事だ。」
力なく放たれたその言葉を背に、翡翠は履物も履かず、夢中で雨の中へと飛び出した。
雪のようだった白い足袋や紫の染みを残した装束が、雨に濡れそぼり泥にまみれていく気持ち悪さなど、今の翡翠の意識には一切触れなかった。
引き裂かれそうな胸の痛みに呼吸を乱しながら、心が呼び続けるただ一人の愛おしい者を、狂いそうなほど求め、もつれる足を動かす。
身体が崩れ落ちそうになる強烈な不安と、耳の奥に残る久遠の言葉とが、凍り付くような恐怖で翡翠の鼓動を激しく打ち鳴らし、感覚を無くした身体をひたすらに前へと進ませた。
ヒリヒリ痛む肺を抱えながら川辺へたどりつくと、翡翠は泥にまみれた真新しいたくさんの足跡をそこに見つけた。
青草に足を取られ何度も転びながら、それを必死でたどる。
ごうごうと轟く激流の傍らに、雨と土の匂いを漂わせたその場所を見つけた翡翠は息をのんだ。
泥がめくれ上がった跡に倒れ込むように跪くと、一心不乱に重い泥をかき分ける。
ぐちゃりとまとわりつく泥にまみれながら、必死で掻きだし続けると、翡翠の指先に平たく固いものが当たった。
「久遠っ!」
翡翠の、涙に濡れた叫びが嗚咽とともに吐き出される。
水の立てる大小さまざまなうなり声以外、自分の声に応えるものはなくて、翡翠は恐怖に追い立てられながら、痺れて力の入らなくなっている腕を無理やり動かし、再び必死で泥を掻きだし始めた。
「触れるな・・・・。それは、儂のものだ。」
前触れもなく、胸を氷で貫くような恐ろしい声を背に突き付けられ、翡翠の細い身体は石のように固まった。
離れにある久遠の部屋へと歩き出した翡翠の足は、裏口から出ようと釜屋の入口まで来た時、ギクリと歩みを止めた。
ぽそぽそと紙を震わせるように響く女たちの言葉に、翡翠の顔は瞬く間に色をなくしていく。
「結局、久遠様は間に合わなかったね・・・・。」
「・・・・いったいどこにいっちまったんだろうねぇ。」
「あんなに睦まじく兄妹のように過ごしていたのに、お別れもできなかったんじゃ、翡翠様も心残りだったろうに。」
「あんなにいい娘をこんな風に無くすことになるなんて・・・・・・。酷すぎるよ。」
翡翠は聞きたくないと怯える心の声をふさぎ、冷たく震える指先を拳の中へ握りこんだ。
「翡翠様・・・・さぞ恐ろしかったろうに・・・声も上げず棺に入って静かに待っていたそうだよ。」
「・・・・・・・」
一人の女の言葉に、他の女たちの泣きすする声が静かに応える。
翡翠は何を言っているのか分からず・・・・いや、分かりたくなくて、じりじりとわずかに後ずさった。
表門の辺りから、ふいに何人もの気配が沸き、女たちが息をのむ。
「儀式が・・・・終わったみたいだ。・・・・みんな戻ってきた。ほら私らも、仕事だ。」
力なく放たれたその言葉を背に、翡翠は履物も履かず、夢中で雨の中へと飛び出した。
雪のようだった白い足袋や紫の染みを残した装束が、雨に濡れそぼり泥にまみれていく気持ち悪さなど、今の翡翠の意識には一切触れなかった。
引き裂かれそうな胸の痛みに呼吸を乱しながら、心が呼び続けるただ一人の愛おしい者を、狂いそうなほど求め、もつれる足を動かす。
身体が崩れ落ちそうになる強烈な不安と、耳の奥に残る久遠の言葉とが、凍り付くような恐怖で翡翠の鼓動を激しく打ち鳴らし、感覚を無くした身体をひたすらに前へと進ませた。
ヒリヒリ痛む肺を抱えながら川辺へたどりつくと、翡翠は泥にまみれた真新しいたくさんの足跡をそこに見つけた。
青草に足を取られ何度も転びながら、それを必死でたどる。
ごうごうと轟く激流の傍らに、雨と土の匂いを漂わせたその場所を見つけた翡翠は息をのんだ。
泥がめくれ上がった跡に倒れ込むように跪くと、一心不乱に重い泥をかき分ける。
ぐちゃりとまとわりつく泥にまみれながら、必死で掻きだし続けると、翡翠の指先に平たく固いものが当たった。
「久遠っ!」
翡翠の、涙に濡れた叫びが嗚咽とともに吐き出される。
水の立てる大小さまざまなうなり声以外、自分の声に応えるものはなくて、翡翠は恐怖に追い立てられながら、痺れて力の入らなくなっている腕を無理やり動かし、再び必死で泥を掻きだし始めた。
「触れるな・・・・。それは、儂のものだ。」
前触れもなく、胸を氷で貫くような恐ろしい声を背に突き付けられ、翡翠の細い身体は石のように固まった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
ペットになった
ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる