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3話、革鎧(1)

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 グゥーーー!!

 ラーナのお腹が大きな音を立てて鳴った。
 ラーナは恥ずかしそうにお腹を抱えながら、わたしに聞こえたかを確認するかのようにそっとこちらを見る。

「元気になった証拠ね!」
「……恥ずかしいから、あんまり言わないでよ~」

(女の子だし聞こえていない振りをしようかとも思ったけど、流石に白々しいわよね)

「ちなみに、食べられるものって持ってるの?」
「あったらこんなところで倒れてないかな」
「それもそっか」

(んーここで問い詰めるのは違う気がする……)

「じゃっ、わたしは食べ物でも探してくるわ」
「あるわけないじゃん」

 ラーナは辺りを見渡し投げやりに言った、それはそうであろうあれば既にラーナの胃の中に収まっているはずである。

「まぁまぁ、お水は出しておいたから、ラーナさんは少し休んでて」
「っえ、うん。ありがとう、リリ」

 砂漠は思っていたよりも歩きづらい、多少の傾斜ですら足を取られるので、リリは登るために身体に力を入れた。
 するとなぜだかふわふわっと身体が浮き上がる。

「うわっとっと……あれ? あれれ?」
「いってらっしゃーい、気を付けてねー」

 ラーナの声は届いていない。
 リリは生まれて始めて味わう浮遊感、頭の中は物凄い高揚感とちょっとの恐怖心で、いっぱいいっぱいだった。

(なんか知らないけど飛べた! 飛べたわ!! なによ、簡単じゃん!)

 不格好ながらも宙を泳ぐリリ。
 ゆっくり上昇し周りを見渡す、そこでようやく視線の隅、恥ずかしそうに手を振るラーナに気づいた。

「おーー! きれいだわぁ!」

 リリはラーナに手を振り返し視線を遠くへ向ける。
 どこもかしこも茶色い砂と蒼い空のみ、地面には岩、空には雲が、どちらもぽつぽつと点在するのみ。

(どこまでも砂に覆われた風景って、とぉーっても気持ちがいいのね)

「地球でも砂丘行っておけばよかったなぁ」

 頬に風が当たる、乾燥した空気が肌をくすぐるのがとても心地好い……。
 暫くふわふわと宙を漂い、空中散歩と流れる風の気持ち良さに浸っていた、それも束の間。

ドサッ!!

「っう! ……っーー……うぅ」

 リリはあっさりと落下した。
 やはりピクシーは軽いのだろう、目立った外傷はない。

(いったぁー、お腹打ったぁ)

 ズキズキとお腹に鈍く響く痛み。
 口の中にまで入った砂のジャリジャリとした感触。
 リリは先程までの高揚感を忘れ、とてもウンザリとした表情のまま身体をゆっくり持ち上げると、パンッパンッとドレスの砂を払った。

「はぁーーー」

 リリのため息と、砂の混じったサラサラと音を立てる風のみが響く。

(わたしなんで落ちたの? ってか、逆になんで飛べたの?)

 立ち上がるが、足は砂に取られすぐ埋もれていく、まるで蟻地獄だ。

(やっぱ立ちづらい、足の指に入った砂もジャリジャリするー)

 一瞬で手のひらを返したリリ。
 立ち姿から、砂漠への嫌悪感があらわになっているリリ。
 このまま何もせずに埋もれていくわけにもいかないので、グッと力をいれ歩き出そうとしたのだが違和感を感じた。

「んっ? なに、これ?」

 リリの前で何かが視線を横切っている。

(動いているのは……影? こんな一面の砂漠に?)

「……おかしくない?」

 リリは影が差しているであろう方向へと目を向けた。
 目を凝らすと、白い虫のような物体がこっちを見ている気がする。

(あれは……サソリ? めちゃくちゃおっきい)

「もしかしてだけど……わたしより、大きいんじゃ? っえぇ!?」

(そ、そういえば熊と出会った時は、目を見たまま後ろに下がる、って言うわよね?)

 混乱したリリの頭は、あらぬ方向へと考えを進める。
 身体は恐怖から、目の前の脅威から逃げるため、勝手に後ずさりをする。

「目がたくさんあるー、どれと目を合わせれば……キャッ!」

 後ろが坂になっていたので、リリは尻もちをつくように転んでしまった。
 しかし、追い詰められたリリに名案が浮かぶ!

(っあ! 飛べばいい!! 飛べばいいのよ!!)

 閃いた自分を良くやったと称賛してやりたい、そんな気持ちでいっぱいになる。
 リリは背中にグッと力を入れ飛ぼうとする、しかし羽根は多少動くだけ、今回も身体が浮く気配すらない。

「えぇ、なんでなのよっ! さっきは飛べたじゃない!!」

 焦るリリ、頭の中もどんどん暴走していく。

(心の持ちよう? 魔法少女みたいに飛べると信じれば飛べる、的な?)

「そんなバカな!」

 必死に考える頭の中では『どうにもならない』この答えが何度もフラッシュバックする、リリは頭をブンブンと振り改めて考えるが、混乱する中ふと口をついて出たのは

「ラーナ……さん?」

(彼女なら、巨人だし何とかなるんじゃ)

 まだ頭の中は混乱しているらしい、先程の会話すら覚えていない。
 しかし解決策としては悪くない、ラーナからしたら小さな普通のサソリである。

「ラーナさーん!!」

 初対面の人に、大声で助けを求めるのは少しだけ恥ずかしい。
 ましてや自分が助けたばかりの少女に頼むのだからなおさらだ、しかし気にする余裕などない、リリは大声で叫んだ!

「助けてくださーい!!」

 叫んだあと暫く返事を待つが、特に何も聞こえない。
 その間にもサソリはガサガサと一直線に近づいてくる。

「サ、サソリが! めちゃくちゃ怖いー。どんどん近づいてくるー!」

(やばいやばいやばいやばいやばい!)

「ラーナー、助けて~!」

 蟻地獄のような坂に捕まってしまい、前からは襲い掛かる巨大なサソリ、助けを求めたラーナからの返事もない。
 リリの心も頭も、絶望的な気持ちに支配されていく。

(今度は、わたしが死の淵に立つなんてーー!!)

 たくさんの無機質な目。
 両腕の大きなハサミ。
 今から振り下ろさんと頭上に構えた尻尾の棘。
 サソリという生き物は獲物を襲うため「だけ」に作られたようなフォルム、リリには殺戮兵器の様に見えた。

(人間大のサソリって、怖っ! これ、生きた戦車じゃない!)

「いやぁぁぁぁ!! 近い、速い、怖いってばー!」

 物凄い勢いで近づいてくるサソリ、リリはあまりの恐怖に目を閉じてしまう。

「わ、わたしは食べても、美味しくないですよー!」

 口では穏やかに言っているが、頭の中では罵倒が飛び交う。

(少しは様子見とかするもんでしょ、一気に詰めよってこないでよ! バカなの? 危機意識とかないの? もう無理ー! もーいやーーー!!)
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