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6話、デザートフィッシュ(8)“ご飯パート2”

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「ところでリリ? これ煙がすごくてよく見えないけど大丈夫?」
「感覚でやってるから、分かんないわ」

 手を降ろすと魔法が解けてしまう直感があるので、煙のボールに手を向けながら、リリは答えた。

(折角だし名前をつけなきゃ、ドライオーブン! ドライウィンド! ……しっくりこないわね)

「っあ! アシュットウィンド! これは良い」
「どういう意味?」
「っ……えぇーっとぉ……ナイショ!」

 リリは可愛く舌を出し答えた、その姿を見たラーナはハァーと大きくため息をつく。

 アシュットはイタリア語で乾燥、なのでドライウィンドとは同じ意味、イタリア語なんて言ったら色々と危険がありそうなのでそこは隠すことにした。
 イタリア語にしたのは、ただ単に響きが良いからだ。

(ちょっとやりすぎたかもしれないけど、ファンタジーだからオールオッケー!)

「ボク、リリがどんな人か何となく分かってきたよ……」
「っん? 何か言った?」
「なんでもなーい」

 そのまま言うとめんどくさくなることは火を見るより明らか、なのでラーナはぐらかした。

「そう? ならいいわ」
「このまま乾燥させるの?」
「一気にやっちゃう、ラーナは水でも飲んで少し待ってて」
「大丈夫? 魔力切れにならない?」

 気を使い心配そうに聞くラーナ。
 彼女の方がお腹は空いているであろう、だからこそ嬉しかった、リリはこれ以上ラーナには気を使わせないように気楽に答えた。
 
「疲れたらやめるし、問題ないわ」
「大丈夫ならいいんだけど……」

 リリは風の流れを操るのは得意なようで、攻撃には使えないが精密な動きはできるし、維持するにも体力も魔力もそれほどは使ってない。

「ラーナは休んでていいわよ?」
「ボクもこの煙のボール見ててもいい?」
「楽しいの?」
「ナイショ!」

 ラーナはニカッと歯を見せると、その場に座り込んだ。
 リリはその笑顔が眩しくて、同じくニカッと笑うとラーナにお願いする。

「ならわたしはラーナの肩がいいな」
「自分で飛べそう?」
「ちょっと無理っぽいわ、力をアシュットウィンドに向けすぎてるもの」
「じゃあ持ち上げるからここに乗って」

 ラーナはリリのすぐ横に手のひらを差し出す。
 訓練でゴツゴツでボロボロとなったラーナの手、差し出す際の優しい素振り、リリにはどうもアンマッチに感じたが、とても温かい気持ちになった。


<リリの体感で一時間は経っていた>


 二人は和気あいあいと語り合っていた、他愛もないガールズトークだが面白い話も幾つか聞けた。

「ラーナって怖いものとかあるの?」
「あるよ?」

(あるんだ、無いかと思ってた)

「昔、オークに絡まれた時の師匠は怖かったなぁ」
「なんで? 守ってくれたんじゃないの?」
「まっさかー」
「一緒に住んでたんでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「だけど?」
「会って間もない頃、見本だって言って、三倍以上はあるオークを相手に、投げナイフ一本でボコボコにしちゃったんだよねぇ」
「っえ?」
「それで最後に真似してみろって言うの、あの時の師匠は怖かった」

 うんうんと頷きながら、ラーナは言った。

「それ、本当にゴブリンですか?」
「いまのボクと同じ背丈だしホブゴブリンですらないはずだよ?」
「それ化け物じゃあないですか」
「確かに、師匠は化け物だったなぁ……」

 その後も二人は煙の玉を見ながら、ラーナの小さい頃の昔話に花を咲かせていた。

「小さい頃からラーナは戦うのが好きなのねー」
「楽しいじゃん、一応は相手の男の子を怪我させないようにしてたんだよー」

 グゥーーーー!!

(っは! 今度はわたしのお腹がなっちゃった、言われてみれば味見程度にしか物を食べてなかったわ)

 リリがびっくりしてお腹を抱えた表紙に魔法が解けた、一面に煙がふわぁっと広がり、燻製の香ばしい匂いが遅れてやってくる。

「んー、リリ、美味しそうな匂いだね!」
「そうね。とりあえず味見しよ!」

(流石に少し疲れたわ、魔力的なことよりも手を上げ続けるのが苦痛だったわね)

「うん、すぐ切るから食べてみよ」

 切り分けた身を、リリは期待せずに手で摘まみあげ口に運ぶ。

「「いただきます」」

 心なしか二人の声が明るい、期待感が溢れ出ていた。

 モグモグ、モグモグ……

「美味しいじゃない」
「美味しいー!!」

 二人は同時に反応して顔を見合わせた、今度は出がらしの時とは違い満面の笑顔だ。

(良いじゃない、美味しいじゃない!)

 生では無味に近かったデザートフィッシュだが、干物にしたら濃縮されて魚のような味が顔を出してきた。
 リリは初めての感覚に、何とも不思議な気持ちになる。

(味はタラなのに高野豆腐みたいな食感ってなにこれ?)

 リリは考え込んでいるからか、少し複雑そうな表情をしていたが、その横でラーナが大きく切り取った燻製を手に持ち、かぶりつきながら話しかけてくる。

「美味しいねー!!」
「ねー! ラーナの言う通りオレガノで燻製にして正解だったわ!」
「いい匂いだよねー!」

 オレガノの森林を思わせる香りがしかっりと中までついていて、噛めば噛むほどに森の中に立っていると錯覚をするほどの、芳醇な香りが鼻先を抜ける。

(香りが付きやすい食材なのか、魔法のおかげなのかは分かんないけど、いい香りー)

「ボクはスープよりこっちのが好きだなぁー」
「わたしもこっちのが好きー!」
「だよねー」
「かなーり時間は掛かっちゃったわね、ごめんね」
「美味しければいいよ!」

 弾ける様な満面の笑みで答えるラーナに、リリもつられて笑顔になった。

「ありがと! わたしも、もう少し食べよっかな?」
「じゃあボクが切ってあげる、大盛りにする?」
「ラーナの大盛りは怖いわね」
「じゃあ普通? せっかく美味しいのにー」
「いやいやいやっ、ごくごく小盛で!」

 焚火を囲む二人の前には高級スープとデザートフィッシュの丸焼き。
 明らかに昨日とは違う豪勢な晩餐だ、その光景をうっとりと見つめたラーナは、勢いよく手に取り、豪快に頬張りだした。

(はー、よかった!)

 リリはなんとかデザートフィッシュを食べれるものに出来たことに、心から安堵し肩の荷を降ろすと、ラーナの食べっぷりを見てフフッと笑みを零した。
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