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15話 フィン殿下
しおりを挟む騎士の中には、騎士の専門棟で生活している者も多くおり、通いの者も、訓練や仕事内容次第で何日も休みなく泊まり込むことがある。その中で家族が荷物を届けに来たりもするでしょうけど……普通は、身元がハッキリしていることが大前提で、両親や妻がするもの。
それを、ただの昨晩の逢瀬の忘れ物って……呆れて物が言えません。
「……でしたら、道をお間違えでは?騎士の専門棟はあちらですよ」
「知ってますよぉ。私はキアナと違って、何度も王家主催のパーティーに来た事がありますから」
「……では何故、こちらに来たんですか……マックスの忘れ物を届けに来たんですよね?」
「え、だって、私はミルドレッド侯爵令嬢ですよ?少しくらい自由に歩いても構わないでしょう?」
何食わぬ顔で、当然でしょう?と言わんばかりの台詞。
「私をここで止めるということは、ミルドレッド侯爵令嬢に向かって、『王宮に害をなす者は中に入るな』と言っているようなものですよ?そんな酷い事、キアナには出来ないですよね?」
――これ以上私に逆らって、コンスタンス男爵家がどうなってもいいの?――
そんな副音声が、頭に響いた。
この人はこうやって、家の権力を盾に好き勝手過ごされてきたのでしょうね。私も……きっと、男爵令嬢のままなら、ここで引き下がるしかなかった。でも――――
「お帰り下さいアシュリーお嬢様。ここはアシュリーお嬢様が、お散歩感覚で出歩ける場所ではございません」
「!なっ……!」
今の私は、コンスタンス男爵家を気にする必要は無い。今の私には――エメラルド公爵様がいる。
エメラルド公爵様にこれ以上ご迷惑をおかけしたくなかったけど……王家に迷惑をかけようとするアシュリーお嬢様を、侍女としてこのまま見過ごすワケにはいきません。
胸を張り、堂々と歯向かった私に、アシュリーお嬢様はとても驚かれていた。
「……酷い……どうしてそうやって、私を虐めるの!?この前の手紙だってそう……!今は、お父様が忙しくて見逃してあげているけど……きっといつか、お父様が私を助けて下さるんだから!私は……お父様が私を助けてくれるのを、信じています!」
相変わらずヒロイン補正されるのが好きですね。
か弱いヒロインを助けてくれるヒーローをお望みのアシュリーお嬢様。ヒロインは自分、ヒーローはミルドレッド侯爵様、悪役令嬢は私、ラスボスは……エメラルド公爵様ですか?ヒーローでも倒せない強敵だと思いますが……
「マックスだって、私を助けてくれます!」
「……」
「昨日だって、マックスは私を抱き締めながら、絶対に私を守るって言ってくれたんです!『キアナなんかに、アシュリーを傷付けさせない』って――!」
「……」
「『未だに娘を擁護するコンスタンス男爵家も見損なった、それで家が没落しようと自業自得だ』って」
「――っ!」
私の事は……まだいい、でも……コンスタンス男爵家を……お義父さまやお義母様、モーリスのことまで……マックスは悪く言うの?モーリスは貴方を……本当の兄のように慕っていたのに……!
また、心が砕けたような、激しい胸の痛みが広がった。
アシュリーお嬢様は傷付いた私の表情にとても満足されているようで、満面の笑顔で私を見つめていた。
「これ以上私を虐めるのは止めて下さいね、キアナ。私だって、こんな本当のことを言ってキアナを傷付けたくないですし、キアナの家族に酷いことしたくないんですよ?貴女が大人しく、役目を果たしてくれればそれでいいんです」
「役目……?」
「キアナは無知なんですね。いいですよ、私が教えてあげますね!キアナのような、か弱いヒロインを虐める悪役令嬢は、大人しく断罪されて、舞台から退場するのが当然なんですよ――だから、早く消えて下さいね、私の前から」
――もう、私の役目は終わったから、用は無い。
アシュリーお嬢様にとって私は、ただの貧乏男爵令嬢は、道具でしかないんですね……貴女の物語を彩るための道具。
自然と、目から涙が溢れた。頬を伝って落ちる涙。
アシュリーお嬢様は、平気で涙を流すけど、私は、アシュリーお嬢様に泣いている姿を見られたのが……とても、嫌だった。私の涙を見て、嬉しそうに笑うアシュリーお嬢様を見るのが、とても嫌だった。
「王家には私から、キアナは今日で辞める事になったと伝えておいてあげますね。それとも、またキアナに虐められたって言おうかなぁ。ああ!そっちの方が良いですよね、そっちの方が――」
「――そっちの方が何?ミルドレッド侯爵令嬢」
「!」
「!やっっだ……フィン……殿下!?」
左右の異なる瞳の色は、この国の王族の証――
(……フィン殿下……!?第二王子であるフィン殿下が、どうして……)
フィン殿下は音も無く私達の前に現ると、笑顔で、アシュリーお嬢様に問いかけた。
「そっちの方が何?うちの侍女に虐められたことにしたら、何が良いのかな?僕に教えてよ」
「あ……その、フィン殿下はいつからそちらに?」
アシュリーお嬢様は、居心地が悪そうに身じろぎしながら、質問に答えず、逆に質問を返した。
「僕が最初からここにいたら、何か都合が悪いことでもあるんですか?」
「いえ、そんな……」
……最初から話を聞かれていたら、私がアシュリーお嬢様を虐めていないのがバレていますもんね。
嘘がバレているのに、嘘を付くメリットは無い。
「……フィン殿下!実は……キアナは以前、ミルドレッド侯爵家に仕えていたのですが、その時に、問題を起こしているんです!だから、私……王家の――フィン殿下の為に、辞めさせた方がいいと思って……!」
「彼女の噂は知っていますよ。ですが、それでも彼女は王家に認められた、今は王家の侍女です。彼女を勝手に辞めさせられては困ります」
「!」
……どうして、フィン殿下が私を助けてくれるの?私、まだフィン殿下とは面識も無いのに……
「そん……な!酷いです……フィン殿下……私の気持ちを知っているのに、そんなこと言うんですか?私の味方には……なってくれないんですか?」
「それとこれとは話が別だと思いますよ。それに、ミルドレッド侯爵令嬢、用が無いのに王宮に来てはいけないと言ってありましたよね?」
「いえ、用はあります!私、知人の忘れ物を届けに来たんです!」
「……では早くその者に忘れ物を届けてあげて下さい」
「あ……でも、折角こうして会えたのですから、私、少しフィン殿下とお話をしたくて……」
「残念ですが、またの機会にお願いします」
「本当ですか!?嬉しい……!ではまた明日、フィン殿下に会いに来てもいいですか?」
「明日もご遠慮下さい」
全くフィン殿下に相手にされていないように見えるのに、アシュリーお嬢様は一切めげず、グイグイ続ける……ポジティブなんですか?社交辞令を知らないんですか?私なら、完全に脈ナシと思って、諦めてしまう……!
色恋沙汰に疎い私でも、アシュリーお嬢様がフィン殿下のことを好きだと分かる。分かる、けど……マックスは?今、アシュリーお嬢様は、マックスと付き合っているんじゃないの?
恋人のはずのマックスがまるで存在しないように、アシュリーお嬢様はフィン殿下に熱い視線を送り続けた――
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